中国:新型コロナウイルス肺炎の拡大と中国企業の労務問題
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 鈴 木 章 史
春節を直撃した中国での新型コロナウイルス肺炎の拡大は、春節後も収まることなく勢いを維持し続けており、未だ収束を見通せない状況が続いている。2月10日以降、中国企業は事業活動を徐々に再開する動きを見せてはいるものの、依然として従業員への自宅勤務や自宅待機を命じている企業も多く、事業に大きな影響が生じている。本稿では、新型コロナウイルス肺炎の感染拡大に関連して中国企業に生じる主要な労務上の問題への対応方法を紹介する。
新型コロナウイルス肺炎に感染した疑いのある従業員を発見した場合の対応
新型コロナウイルス肺炎は「伝染病防治法」の乙類伝染病に指定されており、同法第31条は、いかなる単位又は個人も伝染病患者又は伝染病の疑いのある患者を発見した場合、速やかに最寄りの疾病予防管理センター又は医療機関に報告しなければならないと定めている。このため、新型コロナウイルス肺炎に感染した疑いのある従業員を発見した場合、従業員の健康配慮の観点から速やかに従業員に医療機関で診察を受けるよう促すことはもちろん、本規定に従い、使用者としても医療機関等に報告する義務を負っていることに留意する必要がある。
新型コロナウイルス肺炎の影響で出勤できない従業員への対応
新型コロナウイルス肺炎に感染又は感染が疑われる等の事情により出勤できない従業員への対応については、人力資源社会保障部等が公布する「新型コロナウイルス感染肺炎流行状況の防止対処期間における労働関係問題の適切な処理に関する通知」(人社庁発明電(2020)5号)(以下、「人社庁5号通知」という。)を参照する必要がある。まず、人社庁5号通知第一項は、隔離治療期間又は医学観察期間にある新型コロナウイルス肺炎に感染した患者、その疑いのある病人、密接接触者及び政府が隔離措置を実施したことにより、又はその他の緊急措置を実施したことにより通常の労務を提供できない従業員に対して、企業は当該期間内の賃金を支払わなければならないと定めている。また、同通知第一項は、かかる従業員について、労働契約法40条、41条に基づき労働契約を解除してはならず、当該期間中に労働契約の期間が満了した場合でも、従業員の医療期間、医学観察期間、隔離期間の満了又は政府が採用するその他の緊急措置が終了するまで労働契約期間を延期しなければならないとしている。ここに言う政府が実施した隔離措置としては、各地方政府が伝染病防治法等の規定に基づいて実施している感染者の多い都市からの帰省者や来訪者に対する出勤や外出の禁止措置も該当する。例えば、北京市や上海市では、湖北省等の感染重点地区に立ち寄った者やそれらの地区で症状発生者と接触した者等について、14日間は隔離し外出してならないとしており、該当する従業員が出勤することは認められていない。仮に従業員に感染の疑いが無いような場合でも、かかる地域に立ち寄った従業員は14日間出勤することはできず、使用者としては当該従業員が出勤できない間の賃金も支払わなければならないほか、出勤できないことを理由として労働契約を解除することも認められない。
新型コロナウイルス肺炎の流行により生産が停止している期間の取扱い
新型コロナウイルス肺炎の流行により生産を再開することができない期間の賃金の支払いについては、人社庁5号通知第二項後段の規定を参照する必要がある。同規定によると、再開できない期間が、一回の賃金支払期間(月単位で従業員に対し賃金を支払っている場合は1ヶ月)以内である場合、企業は労働契約の条件に従って従業員に賃金を支払う。そして、再開できない期間が一回の賃金支払期間を超える場合で、(i)従業員が通常の労務を提供した場合、企業は現地の最低賃金以上の賃金を支払わなければならず、他方、(ii) 従業員が通常の労務を提供しなかった場合でも企業は各省級行政区の規定する生活費を支払わなければならない。なお、主要な都市が定める当該生活費の水準は、以下のとおりである。
- • 北京市:最低賃金の70%
- • 上海市:最低賃金を下回ってはならない
- • 広東省:最低賃金の80%
なお、人社庁5号通知第二項前段は、新型コロナウイルス肺炎の影響で生産が困難になった場合、企業は従業員と協議を行い、賃金の調整、交替制の休暇、労働時間の短縮などの方法で職位を安定させることが望ましいと規定しており、生産停止を行う場合には当該規定に基づく協議を従業員から求められる可能性がある。
業務を通じて新型コロナウイルスに感染した場合に労災となるか否か
人力資源社会保障部等が公布する「業務遂行のために新型冠状ウイルス肺炎に感染した医療・看護及び関係者の保障問題に関する通知」(人社部書簡[2020]11号)及び各地方政府が公布する通知によると、新型コロナウイルス肺炎の予防・治療作業において、医療及び医療関連の業務を行う従業員が業務遂行のために新型コロナウイルス肺炎に罹患した場合、労災として扱われ保険の適用を受けることができる。他方で、医療及び医療関連業務を除く業種において、業務遂行を通じて従業員が新型コロナウイルス肺炎に感染した場合に労災と認定されるか否かについては、各地方政府が独自に定める労災条例等の規定を確認する必要がある。例えば、広東省、四川省及び吉林省では、従業員が使用者により疫病地域に派遣され感染したと認められる場合は労災と認める旨の規定があるところ、従業員が湖北省周辺その他の地域に出張しそれが原因で新型コロナウイルス肺炎に感染した場合、労災と認定される可能性がある。他方で、従業員が通常の出勤及び退勤の際に新型コロナウイルス肺炎に罹患した場合の労災の適用の可否については、労災保険条例第14条6項が、通勤途中の労災は、本人の責任ではない交通事故または都市軌道交通、フェリー、列車事故によって損害を受けた場合に認める旨規定しており、この規定からすると労災と認定される可能性は高くないと考えられる。また、自宅作業を命じている従業員が自宅で新型コロナウイルス肺炎に感染した場合についても、業務とは無関係に家庭やコミュニティでの生活を通じて感染している可能性もあり、具体的な事情次第ではあるが、労災にはならないと判断されることが多いと考えられる。
以上、本稿は、2月19日時点での情報に基づき記載しているが、今後、中央政府や各地方政府がさらに詳細な規定や通知を公布することが考えられるため、変更・修生される可能性が十分にある。また、通知等の内容からは必ずしも明確ではない事項も多くあること、地方ごとに異なる規定が制定されるため、各地方の個別の事情に応じて当局への問い合わせを行い実務上の取扱いを確認するなどの対応が必要となる。
以上