令和元年改正会社法と社外取締役
早稲田大学法学部教授
岩 原 紳 作
Ⅰ 社外取締役設置の経緯
令和元年改正会社法327条の2は、公開会社であり、かつ大会社である監査役会設置会社で、金融商品取引法24条1項に従いその発行する株式について有価証券報告書の内閣総理大臣への提出義務のあるものは、社外取締役を置かなければならないと規定した。社外取締役の設置強制を求める考え方は、既に昭和50年6月12日の法務省民事局参事官室による「会社法改正に関する意見照会」第三2(3)に現れていた。平成14年商法改正においては、社外取締役の設置強制に関する規定を設けることが、法務省民事局参事官室から提案されたが、経済界の強い反対により、あくまで会社が定款による任意の選択により、社外取締役が過半数を占める指名委員会、監査委員会、報酬委員会を設置する委員会等設置会社(現在の指名委員会設置会社)制度の導入のみがなされた。
平成26年の会社法改正においては、社外取締役の設置強制制度の導入の是非が大きな争点となったが、その際も経済界の強硬な反対により、会社法自体には社外取締役の設置強制に関する規定は設けられなかった。しかし、金融商品取引法24条1項により有価証券報告書提出義務のある公開会社で、かつ大会社である監査役設置株式会社において、社外取締役が存しない場合には、定時株主総会で社外取締役を置くことが相当でない理由を説明しなければならないことになった(平成26年改正会社法327条の2)。また、そのような株式会社は、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を、事業報告書に記載するとともに(会社法施行規則124条2項・3項)、社外取締役候補者を含まない取締役選任議案を株主総会に提出する場合の参考書類にも記載することを、法務省令で定めることとされた(会社法施行規則74条の2第1項・3項)。
更に平成26年会社法改正の要綱案を決定した法制審議会会社法制部会第24回会議(平成24年8月1日開催)は、「1 社外取締役に関する規律については、これまでの議論及び社外取締役の選任に係る現状等に照らし、現時点における対応として、本要綱案に定めるもののほか、金融商品取引所の規則において、上場会社は取締役である独立役員を一人以上確保するよう努める旨の規律を設ける必要がある。2 1の規律の円滑かつ迅速な制定のための金融商品取引所での手続において、関係各界の真摯な協力がされることを要望する。」という附帯決議を行った。これを受けて、各金融商品取引所は上場規則を改正した(東京証券取引所有価証券上場規程445条の4、名古屋証券取引所上場有価証券の発行者の会社情報の適時開示等に関する規則42条の4等)。その後、金融庁・東京証券取引所において取り纏められたコーポレートガバナンス・コードの改訂により、上場会社は独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきであるとされた(「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」〔東京証券取引所、2018年6月1日〕原則4-8)。
Ⅱ 社外取締役設置の現状
この結果、2019年半ばにおいては、社外取締役のいない会社は、一部上場会社2,148社中2社、二部上場会社488社中5社に過ぎない。平成31年改正会社法327条の2は、このような現実を追認するものに過ぎないと言えよう。社外取締役が2名以上いる会社は、一部上場会社では2,058社、二部上場会社では403社、社外取締役が取締役の3分の1以上を占める会社が、一部上場会社では1,098社、二部上場会社では210社になる(東京証券取引所「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」(2019年8月1日)6頁)。
このように社外取締役を設ける上場会社が増えたのは、上場規則やその前提になるコーポレートガバナンス・コードによる圧力が大きいが、海外機関投資家よる我が国上場会社株式の保有割合が増える中、海外における傾向を踏まえて、海外機関投資家や海外の議決権行使助言会社が、上場会社に独立取締役設置を強く求めたことも大きいと思われる。世界の主要な先進国の立法や上場規則、そして何よりも機関投資家の要求により、上場会社は社外取締役の設置や増員を要請されていることは否定できず(田中亘「社外役員の意義と職責」商事2215号(2019)4頁、7頁参照)、我が国においても同様なプレッシャーが働いているわけである。
Ⅲ 社外取締役設置の実際の効果
しかし本当に社外取締役はコーポレートガバナンスの改善に役立っているのであろうか。社外取締役に会社の業績を改善させる効果があるか否かに関する実証研究においては、我が国やアメリカにおいてはそのような効果を示す実証データはないが、イギリスにおいてはそのような実証データがあるとも指摘されている(田中・前掲4頁以下)。
従前からの社外取締役に対する批判は、社内事情をよく知らない社外取締役にどこまで有効な働きができるかとか、社外取締役といっても、実際には社長・CEOのお友達が選任されることが多く、お飾りに過ぎなくなるのではという批判もある。しかし社内取締役は、社内事情に詳しくても、そもそも立場上、社長、CEOや他の社内取締役に遠慮して発言できない可能性が大きいうえ、自分の担当領域以外のことは必ずしも詳しくはない可能性もある。社内取締役の方がよいとも言い切れないわけである。
恐らく、社内取締役のみによる経営にも良いものと良くないものがあるように、社外取締役が参加する経営にも良いものと良くないものがあり、社外取締役の存否や数のみによって経営の良し悪しが決まるものではないのではなかろうか。問題は、社外取締役が良く機能するような条件を備えているか否かにあるように思われる。
Ⅳ 社外取締役に求められる役割
前述したように、世界の主要な先進国においては、社外取締役が取締役の過半数を占めることが求められるようになっている。即ち、アメリカにおいては、監査委員全員が独立取締役であることを要求するサーベンス・オックスリー法301条を受けて、証券取引所の規則が取締役の過半数が独立取締役であることを要求している(The New York Stock Exchange Listed Company Manual §303A.01)。イギリスの上場規則であるガバナンス・コード等も原則として取締役の過半数が独立取締役であることを要求している(The UK Corporate Governance Code B.1.2)。韓国商法は、上場大会社の取締役の過半数が社外取締役であることを要求している(權鐘浩「韓国における社外取締役・監査委員会制度の問題点と最近の動向」落合誠一先生還暦記念『商事法への提言』(商事法務、2004)299頁参照)。OECDのコーポレート・ガバナンス原則(2015年9月)や(G20/OECD Principles of Corporate Governance(2015) ⅣE)、バーゼル銀行監督委員会の「銀行のためのコーポレートガバナンス諸原則」ガイドラインは(Basel Committee on Banking Supervision, Guidelines, Corporate governance principles for banks, July 2015, paras.47~56)、上場会社や銀行には十分な数の独立した取締役会メンバーがいなければならないとしている。
これら各国の法律、証券取引所規則、国際的なソフトロー等が独立(社外)取締役の設置を求めている背景には、取締役会が果たすべき機能に関するモニタリング・モデルの考え方が基本にある。即ち、モニタリング・モデルの考え方は、取締役会自身が直接業務執行を担うマネージング・ボードの考え方とは異なり、具体的な業務執行は専門的な経営者である執行役(officer)に委ね、独立取締役が過半数を占める取締役会は、基本的な経営方針の決定と、執行役による業務執行をモニターし、それに基づく執行役の選任・解任や報酬の決定を主たる役割とするというものである(川濱昇「取締役会の監督機能」森本滋ほか編『企業の健全性確保と取締役の責任』(有斐閣、1997)3頁、8頁以下)。例えば、バーゼル銀行監督委員会の前記ガイドラインは、銀行の取締役会の役割・責務として、銀行の事業の目的と戦略を設定しモニタリングすること、銀行の企業文化を醸成すること、適切なガバナンスの枠組みの実施を監視すること、上級管理職やCROとともに銀行のリスク選好を策定すること、RAS・リスク方針・リスク限度額の遵守を監視すること、銀行の所要自己資本評価プロセス、資本計画・流動性計画、コンプライアンスに係る方針と義務、内部統制システムの実施を承認・監視すること、上級管理職の選出を承認し、その実績を監視すること、報酬制度の設計・運営を監視すること、報酬制度の設計・運営を監視すること、等を挙げている。
これらを受けて、改訂された我が国のコーポレートガバナンス・コードは、原則4-3において、「取締役会は、独立した客観的な立場から、経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うことを主要な役割・責務の1つと捉え、適切に会社の業績等の評価を行い、その評価を経営陣幹部の人事に適切に反映すべきである。また、取締役会は、適時かつ正確な情報開示が行われるよう監督を行うとともに、内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべきである。更に、取締役会は、経営陣・支配株主等の関連当事者と会社との間に生じ得る利益相反を適切に管理すべきである。」としている。
Ⅴ 社外取締役に求められるもの
そこでこのようなモニタリング・モデルの考え方を踏まえて、上場会社においては社外取締役を設置することが当然となった今日、問われるのは社外取締役の質と、実際に果たすことのできる効果であろう。これらを充たすためには社外取締役にいかなることが求められようか。
1 独立性
社外取締役に第一に求められるのは、経営陣からの独立性である。社長、CEO、社内取締役に遠慮することなく、おかしいことはおかしいと発言できなければ、社外取締役としての存在意義はない。そのためには真に独立した社外取締役が選ばれるよう、社外取締役候補者選定のプロセスを慎重に構築する必要がある。(社外)取締役候補者を選ぶ指名(諮問)委員会の過半数が社外取締役によって構成されること、できれば社外取締役が中心になって社外取締役候補者の選考がなされることが望ましい。
そのようなことを法的に担保するためには、指名委員会等設置会社か、せめて監査等委員会設置会社形態が採られることが望ましいし、監査役設置会社であっても、任意の指名(諮問)委員会等を設けて、実務的な運用により社外取締役が中心となった(社外)取締役候補者の選考を実現することが望ましい。実際、東京証券取引所一部上場会社においては、指名委員会(任意)の過半数が社外取締役である会社が、61.4%を占めている(東京証券取引所・前掲9頁)。しかし指名委員会設置会社や監査等委員会設置会社や指名諮問委員会の形式を整えたからといって、真に独立性のある社外取締役候補者が選定されるとは必ずしも限らない。これらの委員会自体が実際上、経営者の強い影響下にあることもありうるからである。
最終的に社外取締役の独立性を判断するのは株主総会である。特に機関投資家を始めとする株主や議決権行使助言会社等は、社外取締役候補者の人物や経歴等をよく調べ、本当に独立性のある社外取締役候補者であるのかをよく吟味して、株主総会の選任決議で議決権行使をしたり、議決権行使の助言を行うことが求められる。社外取締役候補者をよく調べて、その人物を知れば、経営陣のコーポレートガバナンスに関する意識の本気度を計ることができるのであり、それを見抜くのが株主や議決権行使助言会社の務めである。
2 財務・会計等に関する知識
モニタリング・モデルにおいては、社内事情に必ずしも詳しくない社外取締役が、経営者の個別的な意思決定や業務執行の合目的性を審査することを予定しているわけではない。モニタリングの趣旨は経営者に結果に責任(Accountability)を負わせることにあるとされる。即ち、経営陣は今後の収益予想に基づいて経営戦略方針を決定し、業務執行に当たる。取締役会によるモニターは、その成果が、当初の方針に照らして妥当であったかどうかを吟味する。経営者はその成果が妥当であったか否かを取締役会に説明し、納得させなければならない(Melvin A. Eisenberg, The Structure of the Corporation (1976) p.165)。
社外取締役に期待されるのは、モニタリング・モデルにおけるモニターとしての役割である。経営の成果や問題点を会計成果等から正しく読み解き、経営の適切な評価を取締役会で行わなければならない。そのために社外取締役は、経営者の選解任や報酬の決定を行うのに当たって、財務・会計など数字で表れる経営の成果やそれに含まれる問題について、十分に理解できる知識と能力を有し、経営陣に適切な指摘をし質問をして問題に対する対策を求め、評価することができなければならない(川濱・前掲28頁以下)。例えば、財務諸表やそこに現れてくる諸問題を理解する能力を有することはもちろん、総資産利益率(ROA: Return On Assets)、株主資本利益率(ROE: Return On Equity)に始まり、税引前金利償却前利益(EBITDA: Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization)、キャッシュフロー投資収益率(CFROI: Cash Flow Return On Investment)等の基本的な財務指標を理解して経営を分析する能力を有することが求められる。アメリカのサーベンス・オックスリー法が、監査委員会には一名以上の財務専門家がいることを原則とし、財務専門家がいない場合はその理由の開示を求めているのもそのためである(サーベンス・オックスリー法407条(a))。勿論、経営、リスク管理や法務等に関する専門家も、社外取締役に含まれることが望ましい。
このような社外取締役に求められる資質を評価することも、最終的には株主総会の役割である。特に、機関投資家等の株主や議決権行使助言会社等には、社外取締役候補者がそれらの資質を備えた人物かをよく吟味して、選任決議において議決権を行使したり、議決権行使の助言を行うことが求められる(Ronald J. Gilson and Reiner Kraakman, “Reinventing the Outside Director: An Agenda for Institutional Investors,” 43 Stan. L. Rev. 863 (1991) 参照)。
Ⅵ 社外取締役の規律と報酬
以上のように社外取締役を評価し、選任決議を通じて規律付けをするのは、最終的には株主総会であるが、実際上、株主総会による規律付けを期待するだけで足りるであろうか。一部機関投資家を除く一般株主の場合、社外取締役の評価を行うことは困難であろう。経営者の監視者である社外取締役を監視するのはだれかという問題である。
経営者に会社の企業価値、即ち、株式価値の最大化を実行させるインセンティブを持たせるために、ストック・オプション等のインセンティブ報酬が広く用いられるようになった。そこで社外取締役についても、株式報酬等を取り入れることが考えられる。現に、社外取締役に株式報酬を取り入れている売上高1兆円以上の大企業が、アメリカでは99%にのぼる。ところがイギリスでは29%であり、日本では9%に過ぎない。尤も、ドイツでは4%、フランスでは3%とさらに少ない(ウイリス・タワーズワトソン「『日米欧社外取締役報酬比較』2019年調査結果を発表」(2019年8月15日付プレスリリース))。結局、営利を目的とする株式会社の経営の規律を担う社外取締役の規律は、社外取締役のモラルや評判に頼っているのが皮肉な現実なのである(川濱・前掲32頁)。
ヨーロッパにおいて社外取締役に株式報酬が広まっていないことは、社外取締役の果たす役割についての考え方の違いや、余りにも株価最大化を求めることへの懸念、株式報酬が増えすぎることによる株式価値の水割りへの懸念等があるのかもしれない(Glass Lewis & Co., 2019 Proxy Paper Guidelines, An Overview of the Glass Lewis Approach to Proxy Advice JAPAN, p22参照)。我が国においても、社外取締役への株式報酬導入の是非等、社外取締役への規律付けの方策につき、議論が必要なように思われる。
Ⅶ 社外取締役へのサポート
最後に、社外取締役が以上のような役割を果たす上で重要な、社外取締役をサポートする社内体制について付言したい。
以上のように社外取締役は、会計情報等の客観的数字から経営者をモニターすることが、その中心的な役割になると考えられるが、依然としてマネージング・ボードの体制をとっている我が国の多くの監査役設置会社においては、社外取締役といえども個別の業務執行の意思決定等にも加わらなければならない。指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社においても、経営の基本方針の決定や経営者の選解任等に当たって、また会計情報の意味するところを理解するうえでも、社内事情等に通じていることがやはり必要な面があると考えられる。そこで社外取締役が会社の実情をよりよく知ることができるように、社外取締役をサポートする社内体制の整備が必要である。そのためには、取締役会の事務局を充実させるだけでなく、監査部、経理部、リスク管理部、企画部、関連会社を統括する関連事業部等の社内の関連部局も、社外取締役とコミュニケーションのチャネルをもってサポートすることが望ましい。また、前述した財務・会計・法務等の知識についても、社内の専門家がサポートすることが望まれる。その他、社外取締役が公益通報の窓口となりうるような体制を設けることも考えられよう。
結び
社外取締役は設置をすることが課題である時期を過ぎ、その質と実際に果たす機能が問われる段階になっている。法制度により社外取締役の質や機能の向上を実現することは、実際上難しいことから(川濱・前掲32頁)、本稿において検討したような様々な実務的な工夫をこらして、社外取締役が実際に機能するように努力がはらわれることを期待したい。
以上