◇SH3011◇債権法改正後の民法の未来75 詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(1) 赫 高規(2020/02/18)

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債権法改正後の民法の未来 75
詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(1)

関西法律特許事務所

弁護士 赫   高 規

 

1 最終の提案内容

 改正前民法における判例法理(最判昭和39年1月23日民集18巻1号76頁等)では、取消債権者は、取消しの相手方(受益者または転得者)に対し、詐害行為取消とともに、金銭の支払請求する場合に、相手方から直接金銭の支払を受け、これを事実上、被保全債権の弁済に充当することができるものとされていた(事実上の優先弁済)。これに対し、中間試案(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」法制審議会民法(債権関係)部会第71回会議平成25年2月26日決定)では、取消債権者は、取消しの相手方(受益者または転得者)に対し、詐害行為の取消しとともに、逸出財産である金銭その他の動産の返還または価額償還を請求する場合に、相手方から直接金銭の支払等を受けることができるものの、当該金銭等の債務者への返還債務と被保全債権を相殺して被保全債権の回収を図ることを禁止する規律を設けて(下記8⑷)、いわゆる事実上の優先弁済を否定することが提案されていた。なお、そもそも取消債権者が相手方から直接金銭等の支払を受けることができないものとする規律を設けることにより(下記(注1))、事実上の優先弁済を否定することや、事実上の優先弁済を否定しないこととすること(下記(注2))も、あわせて、検討対象として提案されていた。

 

「民法(債権関係)の改正に関する中間試案

第15 詐害行為取消権

  1.   8 逸出財産の返還の方法等

    1.  ⑴ 債権者は,前記1⑵又は5⑵により逸出した財産の現物の返還を請求する場合には,受益者又は転得者に対し,次のアからエまでに掲げる区分に応じ,それぞれ当該アからエまでに定める方法によって行うことを求めるものとする。

      1. ア (省略)
      2. イ (省略)
      3. ウ 詐害行為によって逸出した財産が金銭その他の動産である場合
      4.   金銭その他の動産を債務者に対して引き渡す方法。この場合において,債権者は,金銭その他の動産を自己に対して引き渡すことを求めることもできるものとする。
      5. エ (省略)
    2.  ⑵ 上記の現物の返還が困難であるときは,債権者は,受益者又は転得者に対し,価額の償還を請求することができるものとする。この場合において,債権者は,その償還金を自己に対して支払うことを求めることもできるものとする。
    3.  ⑶  (省略)
    4.  ⑷ 上記ウ又はにより受益者又は転得者が債権者に対して金銭その他の動産を引き渡したときは,債権者は,その金銭その他の動産を債務者に対して返還しなければならないものとする。この場合において,債権者は,その返還に係る債務を受働債権とする相殺をすることができないものとする。
    5. (注1)上記ウ及びについては,取消債権者による直接の引渡請求を認めない旨の規定を設けるという考え方がある。
    6. (注2)上記については,規定を設けない(相殺を禁止しない)という考え方がある。」

 

2 提案の背景

 改正前民法の判例法理では、取消債権者が、逸出財産の返還ないし価額償還として金銭の支払や動産の引渡しを求める場合に、金銭支払等を直接取消債権者に対してするよう請求できるものとされていた(大判大正10年6月18日民録27輯1168頁、大判昭和7年9月15日民集11巻1841頁、最判昭和39年1月23日民集18巻1号76頁等)。そして、改正前民法の判例法理においては、詐害行為取消しの効力は、取消債権者と、取消しの相手方である受益者または転得者の間でのみ生じ、債務者に対して取消しの効力は及ばないものと解されていたことから(相対的取消しの法理。大判明治44年3月24日民録17輯117頁)、取消債権者は、受領した金銭を債務者に対して返還する義務を負わず、当該金銭をもって、事実上、被担保債権の弁済に充当することができるものと解されていた。

 しかし、このようにして債権者が詐害行為取消権の行使によって被保全債権の回収の結果を得ることについては、責任財産を保全して強制執行を準備するとの詐害行為取消権の制度目的を越えるものであるとの批判がなされていた。特に、詐害行為取消権によって、債務者の弁済行為が取り消された場合に、受益者が債権者に返還した弁済金をもって債権者が自己の被保全債権の満足を得る結果となることについては、いわば先んじて債権を回収した受益者が敗北し、後から債権回収に着手した取消債権者が勝利する早い者負け(遅い者勝ち)の不公平が生じているとして、批判が強かった。

 

3 審議の経過

(1) 審議の経過一覧

会議等 議事録
(PDF版)
開催日等 資料
部会第5回 34頁~ H22.3.9開催 部会資料7-1、7-2(70頁~)
部会第6回 2頁~ H22.3.23開催 同上
部会第21回 48頁 H23.1.11開催 部会資料21(22頁~)
部会第25回 H23.3.8開催 部会資料25(28頁)
部会第26回 H23.4.12開催 部会資料26(28頁)
中間的な論点整理パブリックコメント H23.6~実施 補足説明(79頁~)
部会第41回 47頁~ H24.2.14開催 部会資料35(53頁~、91頁~、94頁~)
部会第42回 24頁、36頁~ H24.3.6開催 同上
部会第43回 7頁 H24.3.27開催 同上
第2分科会第3回 41頁 H24.5.15開催 同上
部会第62回 9頁~、50頁~ H24.11.13 部会資料51(11頁~)
部会第65回 41頁~ H24.12.18 部会資料54(31頁~)
部会第70回 38頁~ H25.2.19 部会資料58(66頁~)
部会第71回 H25.2.26開催 部会資料60(27頁~)
中間試案パブリックコメント H25.4~実施 補足説明(176頁~)
部会第82回 54頁、57頁~ H26.1.14開催 部会資料73A(53頁~)

(2) 審議経過の概要

 ア 中間的な論点整理の取りまとめまでの審議状況

 上記2のとおり、改正前民法の判例法理における事実上の優先弁済について批判が強かったことから、今般の債権法改正の審議においては、審議の当初より、事実上の優先弁済を否定ないし制限する規律を設けることが検討課題として取り上げられた。

 中間的な論点整理(「民法(債権関係)に関する中間的な論点整理」法制審議会民法(債権関係)部会第26回会議平成23年4月12日決定)においては、審議の当初からその当時までの議事の状況が、次のようにまとめられている(同補足説明79頁)。

 「第6回会議においては、債権回収機能(事実上の優先弁済)は、消費者被害救済の場面や労働債権の回収の場面で活用されていることや、取消債権者が裁判所に請求してまで詐害行為取消権を行使することへのインセンティブとなっていることから、否定すべきではないとの意見があった。また、こうした意見に関して、詐害行為取消権を全ての債権者のための制度に位置付ける民法第425条の規律を所与の前提とする必然性はないとの見地から、詐害行為取消権を取消債権者が自己の権利を確保するための制度として捉えることにより、債権回収機能(事実上の優先弁済)を真正面から肯定することができるとの指摘もあった。これらの意見に対しては、詐害行為取消権がインセンティブを与えてまで行使を促進させなければならないものであるのかどうかについての疑問が提起されたほか、不動産は債務者の下に戻るのに金銭は債権者に回収されるということへの違和感や、債権回収に先に着手した受益者が遅れて着手した取消債権者に劣後することということへの違和感を示す意見があった。」

 イ 中間的な論点整理取りまとめ後、中間試案とりまとめまでの審議状況

 上記アのとおり、法制審部会の審議では、事実上の優先弁済を否定ないし制限する規律を設けることについて、意見は必ずしも一致している状況ではなかったものの、これを否定する規律を設ける意見のほうが優勢であつた。その具体的方法としては、改正前民法の判例法理と同様に債権者が受益者等に対し金銭の直接支払等を請求できることとするものの、改正民法において詐害行為取消しの効力が債務者に対しても及ぶものとすることを前提として、受益者等から受領した金銭の債務者への返還債務と被保全債権を相殺することを禁止する規律を設ける案(中間試案、第15、8(1)ウ後段、(2)後段、(4)(上記1))が有力であった。この方法によれば、直接支払を受けた取消債権者としては、被保全債権について債務名義を得たうえで、債務者の取消債権者自身に対する金銭返還請求権を自ら差押えて取り立てることにより被保全債権の回収を図ることになる。

 そのほかに、そもそも取消債権者が、受益者等に対して、金銭の直接支払等を請求することができないものとする規律を設ける方法(中間試案、第15、8(注1))も検討された。この方法によれば、取消債権者は、もっぱら、詐害行為取消しによって発生する債務者の受益者に対する金銭等の返還ないし価額償還の請求権を、被保全債権の債務名義をもって差押えて取り立てることにより回収を図ることになる。

 これらいずれの方法も、取消債権者は債権執行手続により被保全債権を回収することとなるため、他の債権者も、民事執行法のルールに従って仮差押えの執行、差押えないし配当要求を行って債権執行手続に加入することにより、按分額の回収をすることが可能となるものである。

 もっとも、なおも、取消債権者のインセンティブ確保の観点から事実上の優先弁済を残すべきものとする見解も根強かった。

 以上を踏まえ、中間試案では、相殺禁止の規律を設けて事実上の優先弁済を否定する案を正案としつつ、取消債権者が受益者等に対して金銭の直接支払等を請求できないこととして事実上の優先弁済を否定する案や、事実上の優先弁済を残す案が存することが注記された。

 ウ 中間試案のパブリックコメント後の判断

 しかしながら、中間試案のパブリックコメント後に開催された法制審部会第82回会議で、部会事務当局より、事実上の優先弁済を否定する規律を設けるのを見送って事実上の優先弁済を維持することとする旨の提案がなされ(議事録54頁、部会資料73A・55頁)、事実上の優先弁済の問題点を指摘する意見が複数あったものの当該提案が了承されるかたちとなった。

(2)につづく

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