◇SH0985◇最一小決 平成28年7月27日 覚せい剤取締法違反被告事件(池上政幸裁判長)

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1 事案の概要等

 本件は、被告人が、2回にわたり、営利の目的で知人に覚せい罪を譲渡した、という事案である。

 原々審、原審とも量刑が争点であったところ、原判決後、本件が上告審係属中であった平成28年6月1日に、刑の一部の執行猶予制度を新設する2つの法律、すなわち、刑法等の一部を改正する法律(平成25年法律第49号)及び薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律(同年法律第50号)が施行された(ただし、本件は刑法による刑の一部の執行猶予のみが問題となり得る事案である。)。

 弁護人は、上告趣意において、刑の一部の執行猶予制度の新設は、刑訴法411条5号が職権破棄事由として定める原判決後の「刑の変更」に当たるなどと主張した。

 

2 説明

 刑訴法411条5号は、控訴審に関する同法383条2号に対応する規定とされており、その趣旨としては、原判決後に刑の変更等があった場合に、原判決にその時点では瑕疵がなかったにもかかわらず、原判決前に刑の変更があった場合との衡平の観点からみて、原判決を維持することが法的正義に反するという政策的理由でこれを破棄するものであるなどと説明されている(河上和雄ほか編『注釈刑事訴訟法(7)〔第3版〕』(立花書房、2012)553頁[井上弘通])。そして、刑訴法411条5号にいう「刑の変更」は、同法383条2号のものと合わせ、刑法6条にいう「刑の変更」と同一意義(ただし軽く変更された場合のみを指す)と解されている(前掲・注釈刑事訴訟法(7)284頁[小林充]。通説とされている。)。

 本件論点に関する議論状況をみると、刑の一部の執行猶予制度の新設が「刑の変更」に当たるか否かについて刑法6条との関連で考察した論考が一部にあったが(例えば刑の一部の執行猶予制度の新設は刑法6条にいう「刑の変更」に当たらないと明言するものとして、白井智之ほか「刑法等の一部を改正する法律及び薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律について」法曹時報68巻1号(2016)74頁)、明示的に刑訴法411条5号との関係で考察された論考や判例は見当たらなかった。

 一方、刑の全部の執行猶予の条件に関する規定の変更と「刑の変更」については以下のように、判例が存在し、学説上も議論が行われていた。

 最大判昭和23・11・10刑集2巻12号1660ノ1頁は、刑法6条は特定の犯罪を処罰する刑の種類又は量が法令の改正によって犯罪時と裁判時とにおいて差異を生じた場合でなければ適用されない規定である、などと理由を示し、刑の全部の執行猶予の条件に関する規定の変更は、同条にいう「刑の変更」には当たらないなどと判示した。また、刑訴法の注釈書等における同法383条2号に関する記述には、前記昭和23年大法廷判決を挙げるなどして、判例は刑の全部の執行猶予の条件の変更が刑訴法383条2号の「刑の変更」に含まれないという態度である旨紹介し、特に異論を述べていないものが多い(前掲・注釈刑事訴訟法(7)285頁[小林充]等)が、平場安治ほか『注解刑事訴訟法 下巻〔全訂新版〕』(青林書院新社、1983)121頁[中武靖夫]など反対説もみられる。これに対し、刑法6条に関する学説をみると、実質的な処罰の上で重大な意味を有するなどとして、刑の全部の執行猶予の条件に関する規定の変更も刑法6条の「刑の変更」に該当するという説が有力である(団藤重光『刑法綱要総論〔第3版〕』(創文社、1990)77頁、大塚仁『刑法概説 総論〔第4版〕)(有斐閣、2008)72頁、大谷實『刑法講義総論〔新版第4版〕』(成文堂、2012)507頁、前田雅英『刑法総論講義〔第6版〕』(東京大学出版会、2015)54頁等)が、大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法(1)〔第3版〕』(青林書院、2015)114頁[古田佑紀=渡辺咲子]では判例の立場が支持されている。

 刑の一部の執行猶予制度新設の趣旨についてみると、以下のとおりである。近年の我が国において犯罪をした者の再犯防止・改善更生が重要な課題となっていたところ、今回の改正前の刑法では、刑の言渡しの選択肢として全部実刑か刑の全部の執行猶予かのいずれかしか存在しなかった。しかし、犯罪をした者の再犯防止・改善更生のためには、施設内処遇後に十分な期間にわたり社会内処遇を実施することが有用な場合があると考えられた。そこで、裁判所において、宣告した刑期の一部を実刑とするとともに、その残りの刑期の執行を猶予することにより、施設内処遇に引き続き、必要かつ相当な期間、刑の執行猶予の言渡しの取消しによる心理的強制の下で、社会内における再犯防止・改善更生を促すことを可能とするような刑の言渡しの選択肢を増やすべく、刑の一部の執行猶予制度が新設されたものである(白井ほか・前掲39頁)。

 以上を踏まえると、まず、刑法6条は、法定刑ないし処断刑を定めるために新旧どちらの法律を適用するかという場面で用いられる規定であり、ここでいう「刑の変更」とは、法令の改正によって特定の犯罪に対して科される刑の種類又は量、すなわち、特定の犯罪に対する法定刑又は処断刑が変更された場合を意味すると考えられる。前記昭和23年大法廷判決の背景には以上のような判断があると思われ、本決定も基本的に同様の判断に立っているものと思われる。

 また、上訴に関する刑訴法383条2号、411条5号の前記のような趣旨や、「刑の変更」と並んで破棄事由とされているのが「刑の廃止」及び「大赦」であることからすれば、これらの規定にいう「刑の変更」は、改正法を適用しないことによって衡平の観点から法的正義に反するほどの重大な事態が生じる場合を意味すると解され、同一文言解釈の統一性の要請も考慮すると、刑法6条の場合と同一の意味に解するのが相当である。本決定もこのような解釈を前提としていると思われる。

 その上で、本決定は、刑の一部の執行猶予の前記のような制度趣旨を踏まえ、それが特定の犯罪に科される刑の種類や量を変更するものではないことを前提として、刑の一部の執行猶予に関する刑法の各規定の新設は刑訴法411条5号にいう「刑の変更」に当たらないと結論付けたものと思われる。

 

3 本決定の意義等

 本決定は、新制度に関して行われた新判断であり、特に上訴審実務における参照価値は高いと考えられる。

 なお、刑の一部の執行猶予制度については、これを上訴審における刑の不利益変更の問題や量刑不当の審査との関係でどのように扱うべきかなどについても問題となり得るところであるが、これらの点については本決定が直接述べるところではなく、今後の議論に委ねられていると解される。

以上

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