弁護士の就職と転職Q&A
Q19「外資系にはリストラされても挑む価値があるのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
サブプライムローン問題とそれに続くリーマンショックがもたらした金融危機が日本のリーガルマーケットを縮小させてから、まもなく10年が経とうとしています。日本の弁護士業界において、「転職市場」が成立したのは、この金融危機に先立つ「不動産バブル」時期でした。当時、「外資系投資銀行」や「外資系法律事務所」におけるキャリアは、経済的にも見返りの大きい「花形」職業でした。しかし、金融危機後に行われた大規模な人員リストラは、「外資系はリスクが高い」という印象を強く残す結果となりました。そのリスクを踏まえた上で、今、なお、外資系に挑む魅力がどこにあるのかを整理してみたいと思います。
1 問題の所在
投資銀行のビジネスモデルは、人員リストラを内包したものであると言われます。つまり、景気がよい時期には、人員を増員して利益の最大化を目指して、その波が引けば、人員を削減して、スリムな人員構成で次の波を探ることになります。景気の減退期にはリストラが予定されており、そこにサプライズはありません(コアな人材は維持される、という期待があるために、自分自身がリストラ対象とされることにはサプライズがあるかもしれませんが)。
また、法律事務所についても、国内系事務所であれば「撤退」はありえません。「弁護士業務=生きがい」という前提の下では、安い家賃のオフィスに引っ越したり、賃金カットをしてでも、「事務所を維持して業務を継続すること」が至上命題となります。これに対して、欧米事務所の「支店」である東京オフィスは、「ビジネス」として弁護士業務が営まれています。経営は数字で管理されているため、業績が低迷すれば、それに応じて人員を削減すること(パートナーの削減やオフィスの閉鎖までを含めて)が合理的な経営判断となります(賃金カットは、事務所で働くことの評判を下げて、優秀な人材の確保に支障が生じると考えられているため、ワークシェア的発想にはつながりません)。
労働の対価たる給与の設計について言えば、日系企業では、ジョブ・セキュリティは手厚いですが、「弁護士有資格者も通常の社員の給与体系と同じ」という慣行が確立しつつあります。また、国内系法律事務所では、定期昇給でアソシエイトの年棒を高額化させるよりも、一定年次以降には「歩合給」的な給与体系が広まりつつあります。そのため、(自営業者としての商業的成功ではなく)「高額の給与所得」を求める弁護士にとっては、外資系は今でも魅力的な選択肢です。外資系への挑戦はキャリア形成上も合理性があるのでしょうか。
2 対応指針
キャリアのリスクは「リストラされること」ではありません。「有為な経験を積むことなく、年次を重ねてしまうこと」にあります。有為な経験さえ積めていれば、リストラされても、人材市場で次の職場を見付けることは難しくありません。業務を通じて、外国クライアントや外国人弁護士からの信頼を獲得できていれば、独立または半独立的な事務所選択の道も開かれます。外資系に行くことのキャリア形成上の魅力は、「欧米のトップロイヤーと連携して英語で仕事をする経験を得ること」、「外国企業や外国人弁護士との人脈を作ること」と「自己の能力と経験を正当に評価した給与を得ること」にあると言えます。
3 解説
(1) 経験
クロスボーダー案件を大別すれば、「外国クライアントに対して英語を用いて日本法のアドバイスを行う」というインバウンド業務と、「日系クライアントに対して海外のリーガルリスクについて、現地弁護士の知見も借りて助言を行う」というアウトバウンド業務に分けることができます。国内系大手事務所も、新興国での拠点や提携は急速に広げていますが、新興国へのアウトバウンド業務は、「日本のプラクティスのほうが高い水準を誇っている」という自負の下に、日本の取引類型を、現地の法規制を遵守する形に調整して輸出することがメイン業務となります。
これに対して、欧米のトップロイヤーと連携する業務は、国内の定型化された取引とは異なるタイプの知的センスを必要とする創造的業務です。欧米では「法律事務所の序列化」が進んでいるため、定型的な業務は二流以下の事務所に任せられており、創造性が求められる仕事であるからこそ、トップファームに(その高いアワリーレートを甘受してでも)依頼が行われます(インバウンド案件では、外国クライアントが不合理と感じる日本の法規制にぶち当たった時には、外国人にも納得できるような合理的説明を行うか、彼らを納得させられないならば、不合理な法規制に邪魔されずに目的を達成できるような解決策を提示しなければならない苦労も伴います)。
欧米のトップロイヤーとも英語でコミュニケーションを取りながら、複雑な法律問題を解決する経験を積むことができれば、人材市場において、他の外資系企業からも、グローバル化を進めようとする日系企業からも、それら企業の代理を務める法律事務所からも、高い評価を得ることが期待できます。
(2) 人脈
かつては「外資系事務所では、事務所のクライアントをメンテナンスすることが求められるため、パートナーになっても、自分のクライアントを確保することができない」と言われていました。しかし、最近では、欧米系事務所出身の弁護士が、東京で独立して事務所を構えることも増えてきました(その背景には、欧米系事務所が、期待していたほどのスピードでは東京オフィスを拡大できていない、という事情も影響していると言われています)。このような事務所は、欧米系事務所からの紹介で、東京オフィスではコンフリクトやフィー水準の関係で受けられない類型の案件を受任したり、又は、日系企業の海外案件に関して、欧米系事務所の海外オフィスと連携した対応が行われています。
国内系大手事務所のほうが、マンパワーもあり、日本語文献に関するリサーチ能力や日本法関連のメモランダムでは遥かに豊富なノウハウの蓄積があります。しかし、欧米のクライアントが、問題解決に求める助言は、分厚いレポートやメモランダムではありません。外資系のトップファームや一流企業の法務部において、クライアントや事業部門に対して、ポイントを突いた助言を英語で行うことができるようになれば、国内系事務所や国内企業で働く同世代を上回る信頼を得ることもできるようです。
(3) 金銭報酬
外資系の給与体系は、企業は年棒制が多く(役職が上がるほどに株式が組み込まれる割合も増えてきます)、法律事務所のアソシエイトも経験年次に即した年棒制の給与テーブルが用意されています(パートナーの給与体系は、英系では年功序列的なロック・ステップが基本で、米系では自己の売上げに応じて決定される要素が大きいと言われています)。
外資系の採用の現場では、ドライに条件交渉が行われます。要求を受け入れられるかどうかは別ですが、高い給与を求める交渉態度自体が非難されることはありません。日系の採用で「愛社精神が高い候補者を優遇するので、事前に給与額を尋ねると悪印象を与えるおそれがある」と注意されるのとは対照的です。ただ、外資系で働く弁護士が「強欲」というわけではありません。むしろ、「自分の価値を正当に評価してもらいたい」という意識が強いと表現する方が適切です。安い給与に甘んじることには、自分の価値を貶める危険を感じるのです。
そのため、一旦、外資系で高額の給与を得た候補者が、その後の転職で、日系の企業又は法律事務所の採用選考を受けると、その意識と相場観の違いから、条件交渉がスムースに進まない場面も生じています。
以上