東京地裁民事29部、「規約」の著作権侵害を認定
岩田合同法律事務所
弁護士 工 藤 良 平
東京地方裁判所民事第29部(知的財産権部)は、平成26年7月30日、時計修理サービス業を営む原告が管理するウェブサイトに掲載していた修理規約の文言全体についての著作物性を肯定し、この修理規約の文言と実質的に同一と解される規約を自身の管理するウェブサイトに掲載した被告について複製権(著作権法21条、2条1項15号)の侵害を認め、被告に対する損害賠償と規約文言の使用差止め等に係る請求を一部認容する判決を下した。
従来の裁判例で、契約書等の書式の著作物性が争われた事案では、作成者個人の思想、感情を表現したものとはいえないとして、契約書等の書式の著作物性は否定されてきた(東京地判昭40・8・31下民集16巻8号1377頁、東京地判昭62・5・14判時1273号76頁)。学説においては、契約書等の記載事項については、大同小異のものとならざるを得ないことも多く、たまたま最初に作成した者に長期間の独占を認める弊害が大きいとして、著作物性を否定すべき場合が多いとされる一方で、独占による弊害の少ない場合には著作物性が認められることもあり得るものとされていたところである(中山信弘『著作権法』(有斐閣、2007年)40-41頁)。
本裁判例も、原告の規約文言の個別的な表現については著作物性を否定し、「通常の規約であれば,ありふれた表現として著作物性は否定される場合が多い」と従前の裁判例の立場を踏襲する一方、「その規約の表現に全体として作成者の個性が表れている(注:下線部は筆者による)ような特別な場合」には、著作物として保護される場合もあり得ると述べた上で、原告の修理規約の文言全体について、「疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述」している点に原告の個性が表れている特徴的な表現である等と認め、「規約文言全体」としての著作物性を肯定した。そして、被告がウェブサイトに掲載した被告規約文言全体について、原告規約文言全体と比較し、「見出しの項目」、「各項目に掲げられた表現」、及び「記載順序」等が、原告規約文言と同一、又は実質的に同一であるとして、複製権侵害が認められた。
本裁判例は、東京地裁知財部が、「規約」という書式について、個別の条項の表現については著作物性が認められない場合でも、別途「規約文言全体」として「表現全体に作成者の個性が表れている場合」には著作物性が認められ得る旨判示した点、並びに規約文言全体の著作物性認定手法として、「見出しの項目」、「各項目に掲げられた表現」、及び「記載順序」の類似性を検討するという判断枠組みを示した点において、契約書作成等の実務に影響を与えるものと考えられる。
もっとも、契約書案等の書式について、「同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述」されている場合のほか、どのような記述が行われている場合に「表現全体に作成者の個性が表れている」として著作物性が肯定されるのかという点については未だ明らかにされていないため、今後の事例の蓄積が待たれるところである。
以上
(くどう・りょうへい)
岩田合同法律事務所アソシエイト。日本及び米国(NY州)弁護士。2002年東京大学法学部卒業。2006年コロンビア大学ロースクール(LL.M.)修了。2010年東京大学法科大学院修了。2013年シンガポール国際仲裁センター出向。国内外における紛争解決に加え、企業法務全般(特に国際商取引)に係る助言を行う。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
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1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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