東京商工リサーチ、「不適切な会計・経理を開示した上場企業」調査結果を公表
岩田合同法律事務所
弁護士 松 田 貴 男
1 「不適切な会計・経理を開示した上場企業」調査結果概要
東京商工リサーチは、2016年2月10日、「不適切な会計・経理を開示した上場企業」の調査結果を発表した。その要旨は以下の通りである。
- • 調査は、証券取引所などの公表情報をもとに、「不適切な会計・経理」により過年度決算に影響が出た又は今後影響の可能性があることを開示した有価証券報告書提出企業を集計
- • 調査の結果、2015年度(2015年4月から1年間)は本年2月9日の時点で対象企業が43件に達し、2007年4月の調査開始以来、年度ベースでの最多記録を現時点で更新
- • 「不適切な会計・経理」の内容は、利益水増しや費用先送りなどの「粉飾」が全体の約42%を占め、経理ミスなどの「誤り」が約28%、会社資金の「着服」が約23%と続いている。また、不適切会計の発生当事者別では、子会社・関係会社が関与した事例がもっとも多く、役員への不正な利益提供や職員による着服といったコンプライアンス意識が欠落した事例も見られる
2 不正会計・不適切会計防止へ向けた近時の取組み
今回の調査結果は「不適切な会計・経理」の開示の集計であり、その調査結果で抽出された事例のすべてが、必ずしも、いわゆる粉飾決算や不正会計に該当するものではない。しかし、近年だけ見ても、2005年のカネボウの損失隠し、2006年のライブドアの利益水増し、2011年のオリンパスによる損失隠しといった、対象企業のみならず監査を担当した監査法人や資本市場全体の信頼を揺るがす上場企業の不正会計問題が発生している。また、直近では、2015年12月25日に、東芝が、有価証券報告書等の虚偽記載により金融庁から73億円強という多額の課徴金納付命令決定を受けたことが記憶に新しい。
これらの有力な上場企業における大規模な不正会計ないし不適切会計問題が発生すると、対象企業及びその役員等に対する民刑事・行政上の事後的・個別的な責任追及が社会的な耳目を集めるところであるが、並行して、かかる問題を契機として、全体として不正会計・不適切会計の再発防止や適正性確保へ向けた取組みも各分野で行われることとなる。上場企業の不正・不適切会計問題に関する投資家・社会からの期待・要請を把握し、もって企業経営におけるコンプライアンスを確実なものとする上で、これらの取り組みを整理して全体像を理解することは有用と思われる。そこで、下表において、上場企業の会計の適正性確保や開示情報に対する投資家の信頼の確保へ向けた各分野における取り組みを、東芝問題に関する金融庁の行政処分内容も含めて、時系列順に列記する。
時 期 | 取 組 み | 概 要 |
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2015年3月31日 |
日本取引所グループ
「最近の新規公開を巡る問題と対応について」を公表 |
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2015年5月1日 |
平成26年改正会社法の施行 |
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2015年6月1日 |
東京証券取引所
「コーポレートガバナンス・コード」の適用開始 |
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2015年9月18日 |
金融庁
「会計監査の在り方に関する懇談会」の設置 |
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2015年12月22日 |
金融庁
東芝の財務書類に対する虚偽証明等に関し、新日本有限責任監査法人及び公認会計士7名に行政処分 |
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2015年12月25日 |
金融庁 東芝に対する課徴金納付命令決定(合計73億7350万円) |
課徴金の内訳は以下の通り
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2016年1月27日 |
日本公認会計士協会
「公認会計士監査の信頼回復に向けた監査業務への取組」 |
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3 近時の取組みの概観から分かること
上表を概観すると、上場企業による不正会計・不適切会計の防止に関しては、特に外部会計監査人による会計監査の実効性確保に対する期待が大きいことは明らかである。経験則上も、過去に行われた上場企業による大規模な不正会計・不適切会計の事案は、その多くが、経営陣の関与ないし認識の存在が報道されており、かかる場合には当該企業の内部統制システムはいかに堅牢に構築されていようとも、実際には、機能が麻痺し、期待されていた内部統制による自浄のための能力が失われていた可能性が高い。したがって、企業の不正会計・不適切会計防止については、同種事案が蓄積すればするほど、ゲートキーパーたる、独立性・専門性の高い外部会計監査人による実効的な監査への期待が高まっていくことは自然な帰結といえる。
かかる文脈に照らせば、日本公認会計士協会が、2016年1月27日に公表した「会長通牒」において、経営者が財務諸表の重要な虚偽表示に関与する場合の内部統制無効化リスクを軽視しないよう会員に対して戒めたことは、日本公認会計士協会が、外部会計監査人による監査の実効性確保に対する社会全般・投資家からの期待(及び懸念)の内容を正確に理解していることを示している。
外部監査を巡っては、これまでも、特に、業績の悪化した企業に関して、業種を問わず、具体的な会計処理を巡って経営陣と会計監査人の見解の相違や緊張関係がしばしば報じられてきたが、今後は、いわゆる「平時」の企業の会計監査においても、会計監査人が、経営者による財務諸表の虚偽表示への関与に伴う内部統制無効化リスクの存在を意識した上で、職業的懐疑心をもって従来以上に批判的に各種財務書類を監査することになるだろう。外部監査に伴う緊張関係や各種負担感が増大することは避けがたいものの、特に監査を受ける企業の経営陣は、かかる過程を経ることが、自社の会計の適正性を確保し、投資家をはじめとするステークホルダーの要請に応えるためには必要不可欠であることを認識した上、建設的な視点に立ち、監査の実効性確保へ向けた体制構築を行う必要があろう。