クロスボーダー訴訟と合意管轄(4・完)
―最近の二つの裁判例を中心として―
大阪大学大学院経済学研究科非常勤講師
西 口 博 之
Ⅴ 今後の問題点-特にアップル事件に関連して-
民事訴訟法11条2項「一定の法律関係に基づく訴え」についてのこれまでの議論並びに裁判例がない中で、今回の東京地裁の判断は今後の同様ケースでの国際的な管轄合意に係る紛争が生じる場合、大いに参考になるものと考えられる。
今回のケースでは、アップル社の管轄合意に関する契約上の規定(約款)があまりにも広範囲で不特定なものであったため我が国の民事訴訟法の合意管轄の要件に該当しなかったもので、いわば敵失による原告の勝利ともいえる。
しかしながら、本来的には米国での国際商取引の契約書の裏面(約款)等に規定される管轄規定は、「XY間に生じる将来の紛争に関する全ての訴訟」といったような、管轄約款として包括的に記載されており、我が国の法律の規定に合致しないケースがあっても、訴訟等表面化しなかったのではないかと推察される。また、日本商社のごとくあらゆる商品・サービス役務等の取引がある場合には、その内容に応じていちいち契約書を民事訴訟法11条2項の規定に沿って特定の売買に関するすべての訴訟という規定にすることも難しかったのではないかと思われる。
したがって、今回の新しい判断の出現により、我が国での裁判管轄を希望する日本企業にとっては、外国企業の日本以外での裁判管轄の提案に対して自国管轄を主張する口実にもなることと、国際裁判管轄の合意についての契約の規定を慎重に定めることなど自社の国際紛争解決の戦略面で大いに参考となるものと考えられる。
VI おわりに
我が国の国際商取引に係る紛争は今後とも増加するものと考えられ、その紛争回避策としての契約時の契約書の準拠法規定並びに国際裁判管轄の規定の重要性も益々増えるものと思われる。
本稿でのMRI出資金返還請求事件は、消費者金融取引に係る外国企業対日本人個人の事件として、またアップル社対島野製作所事件は、特許侵害並びに独禁法違反に係る日本企業対外国企業の事件として、いずれも本案の外国企業による不法行為との戦いであるが、その国際裁判管轄の問題は、その戦いを有利に導くための日本企業にとって有利な訴訟戦略の一つとして注目を浴びている。