連続法学エッセー
『民法の内と外』(1a)
京都大学法学博士・民法学者
椿 寿 夫
契約・債権・債務の売却ないし譲渡(上)
〔Ⅰ〕 プロローグ
これは論文かと問われたら「いや違う」と答えるだろうし、エッセーと称するには少々堅苦しすぎるか。途中で両三度は書き直した現在の自己感想である。例外として2回分載にしたが、テーマ自体が大きすぎた。次からは、工夫したい。
民法の内と外は、民法学あるいは民法論の意味ならば現在予定している内容は多くが“内”であり、伝統的法律論の仕方という意味で民法を使うならば“外”が増える。しばらく書きながら考えてみたい。法律とは全く関係がない“外”の話もたまにはあってよいのでは?
さて、債務引受と契約譲渡に関する金融法学会のシンポジウムに刺激を受けて「契約譲渡(契約引受・契約上の地位の譲渡)の制度について――更改・債務引受・契約加入との関連で」を論究ジュリスト2015冬号に載せてもらった。今年に入って、私法学会シンポジウムの準備会合の際、世話人の中舎寛樹からフランス民法が改正されて、いわゆるコーズが消えたほか、種々変わったらしいとの話を聞いた。――これら二つは、別々の出来事であり、何も繋がりはないが、商事法務の編集サイドからの本稿依頼は、それらを結び付けた。事の次第はこうである。
論究ジュリは、与えられた紙幅の半分余を副題の一部でしかない更改論だけに使い切ってしまい、いずれ何らかの形で本題を展開しなければと思っていたところ、本稿の依頼には解釈のアイデアを含めてという――あるいはもっと強い――希望ないし要請があった。二兎を追う遠因はここにもあった。その上、出版を待っていたダローズ2017年版のCode civilが8月に届いてから11月までに入手したフランス新法の解説書や従来からの体系書の新訂版を順次ながめていたところ、“制度相互間の関連を重視しつつ新しい方向を探索する”という私が好んで用いてきた手法にとり格好の素材であることが分かってきた。これが実は長くなった主原因である。
極力短縮しようとして、用語の説明などは切り落とすので、読んで下さる皆さんの手持ち文献活用をお願いする。なお、最終的には論究ジュリの続きに当たる稿で明確にしたい。
〔Ⅱ〕 採り上げる制度
まず、問題となりうる制度をピック・アップし、メインとするものに番号をつける。
現行民法典には当初から≪①債権譲渡≫(民466~)と<賃借権譲渡>(民612)の規定があり、≪②債務引受≫は免責的(②a)および併存的(②b)の二つが判例・学説で認められている。≪③更改≫は、債権者の交替(③a)と債務者の交替(③b)が給付内容の変更と併せて「債権の消滅」原因の中で規定される(民513~)。契約の相手方を別人に変更する行為は、≪④契約譲渡≫と呼んでおくが、<契約引受><契約上の地位の移転・譲渡>などの名称も使われ、判例・学説によって認められてきた。以上のほか、わが国ではほとんど出てこないが、④で譲渡人が離脱しないものを≪⑤契約加入≫と言う。この⑤を<併存的契約引受>と呼んでいた学説もある。
改正新法案は、衆院法務委員会の聴聞が始まったそうだが、②と④が規定となり、既存の①・③は内容が若干変更される。現行法の六法と『ポケット六法(平成28年版)』とを対比参照されたい。
〔Ⅲ〕 フランス新民法と本問
(ア) 次は、フランス民法の改正が表記のテーマにどう関係するのかという問題であるが、最初に少々「前書き」をしておきたい。
周知のように、同法は1804年、わが国で言えば江戸時代、文化・文政期直前の享和初年に生まれた。随分と長生きしてきた法律である。これの契約法と債権債務総則法を中心に2016年2月10日付けで改正が行われた。余談になるけれど、このCode civilは仏人にとり強い尊敬・誇り・愛着の対象ではないかと今回特に感じた。例えば著名な民法学者シムレールは、改正法解説書の序説で、「年老いた、善きナポレオン法典に何の落ち度もないことは確かである。彼は一世紀以上にわたって(多くの国の)“モデル”であり続けた」云々と、いたわりをもって語り始める。誰かも「彼も老いた」と書いていた。
(イ) その老法典においては、売買法の中で前記①が<債権の移転>の名で、また、契約通則の中で≪③更改≫が、さらに③の発生原因の一つとして<指図>が、それぞれ規定されていた。これら以外は、すべて――と言っても≪②債務譲渡≫と≪④契約譲渡≫――が“解釈”すなわち判例と学説により創られている。
フ民は、よく知られているとおり、法典の組み立て方が日民と非常に違っていて、昔の規定の置き所がわれわれにはすでに奇異に感じられたが、改正法もそういう独特の仕組みである点は変わらない。
(ウ) フ民新法では、既存の①③が修正存続、②④も制定法化された。前2者も条文の数字および内容が変わった。<指図>は、③から独立したsection(私の分け方では「款」)と条文(フ民新1336)を与えられたが、紙幅の都合で本稿からは原則として除く。
ここで採り上げる制度は、昔からの「第3編 人が財を取得する諸方法」――わが国では「財産取得編」と呼ばれてきた――の中に新法では①から④まで全部が規定として入った。も少し細かく見ると、「第4章 債権債務総則」の「第2節 債権債務の取引」が新設されて、①(フ民新1321-1326)・②(同1327-1328)・③(同1329-1335)となっている。④だけは、その前の第3部の「第1下部(sous-titre) 契約」におけるある場所にポツンと出てくる(同1216~)。――これらの位置と4種類の言葉は次でも少し説明する。
(在ドイツ・マンハイム 2016年12月18日稿)
〔続きは〕 当地で3月までは幾種類かの資料収集に注力する予定ですので、(1b)は1か月先の掲載となります。初めて本問に接触される方は、恐縮ながら当初見ていただいた参考文献のおさらいをよろしく!