コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(72)
―企業グループのコンプライアンス⑤―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、組織間パワーの形成と資源依存関係について述べた。
組織は、自らの自律性を保持し、他組織への依存を回避しようとすることから、できるだけ他組織を自らに依存させ、自らの支配の及ぶ範囲を拡大しようとする。
依存度は、他組織が保有しコントロールしている資源の重要性と、他組織以外からの資源の利用可能性(資源の集中度)の関数であり、組織は他組織にとって希少であり重要である資源を保有しているほど、また資源を独占しているほど、他組織に対するパワーを持つ。
一般に、組織と組織の依存関係を調整する戦略としては、①依存の吸収・回避を目指す自律化戦略、②依存を認めた上で、他組織との間で、折衝により互いの妥協点を発見し、他組織との良好な関係を形成しようとする協調戦略、③第3者機関の介入又はこれへの働きかけを通じて、間接的に操作する政治戦略がある。
今回は、組織間コミュニケーションと対境担当者について考察する。
【企業グループのコンプライアンス⑤:組織間コミュニケーションと対境担当者】
1. 組織間コミュニケーション
コミュニケーションは、組織内でも組織間でも存在し、協働を促進あるいは制約する。
組織間のコミュニケーションは、「2つ以上の組織の情報交換及び意味形成プロセス」である。
そこには、情報の送り手と受け手の関係が存在し、2つ以上の組織の新たな意味の形成・共有プロセスでもあり、組織間コミュニケーションは、ある組織が他の組織に「意図」を持って働きかけることであり、影響力を発揮することである。
その機能は、組織間の協力体制を維持する①組織間調整機能、組織間の意味を形成する②価値共有機能、組織間の資源交換を円滑に行う③組織間取引機能である。
そして、組織内でのコミュニケーションは組織内の階層を基盤としているのに対して、組織間コミュニケーションは階層の基盤は組織内よりも少なく、それ故により自律的で相互依存性が高く互いの交渉力・情報力が重要な役割を果たす。
組織間コミュニケーションは、組織を代表する個人間のコミュニケーションに支えられることにより円滑・順調に展開するので、対境担当者の役割が大きい。
組織間コミュニケーションは、ルールによって規定されたフォーマルなコミュニケーションだけではなく、インフォーマル・コミュニケーションに配慮することも重要である。
対境担当者は職能別で言えば、営業、購買、人事、広報部門の担当者等、様々な部署の者が想定される。
親会社と子会社のコンプライアンスの浸透・定着に関しては、コンプライアンス部門の担当者、担当役員、経営トップ、経営企画部門の関連会社担当者等が対境担当者に相当するが、その具体的役割については、グループ会社のコンプライアンス施策の項で具体的に検討する。
2. 対境担当者
組織間関係は、組織と組織の間にいる対境担当者を媒介として実施される。
対境担当者は、組織の内外の接点に位置するゲートキーパーであり、経営環境の情報源にもなり、時には革新のイニシエーターになるが、組織間関係においては、組織間の情報を収集・交換するコミュニケーションの担い手であり資源交換の担い手であるとともに、他組織との連結を維持する役割を担う。
したがって、対境担当者について考察することは、極めて重要である。
対境担当者の行動に影響を与えるものは、規模・環境・技術などの状況要因の他に、対境担当者の交渉力や影響力等の能力や組織内での地位やパワーである。
以上のことから、親会社が子会社にコンプライアンスの浸透、定着を図る際に重要なことは、コンプライアンス部門の組織内での地位を高め権限を強化するとともに、単にコンプライアンス部門にのみに任せるのではなく、経営トップや担当役員、監査役、内部監査部門、経営管理部門、経営企画部門、人事部門、総務部門等、しかるべき地位の者や複数の部署が、コンプライアンスの重要性を伝えることが効果的であることが想定される。
また、組織間で情報を伝える場合には、コンプライアンスの価値観を組織文化に浸透・定着させるような複雑な課題については、定型的な問題の処理と異なり、様々な手段で情報が伝えられる(情報が多義的である)ほうが、議論や素早いフィードバックを可能にするので有効である。
コンプライアンス研修について言えば、単に本社に担当者を呼び集めて一方的に情報を伝える集合研修よりも、むしろ、担当者が現場に出向いて研修するほうが、議論や素早いフィードバックを可能にするとともに、専門知識を持たない現場の多数の成員に直接コンプライアンスの重要性を伝えることができるので有効である。
大規模な企業グループのコンプライアンス担当者は、全ての子会社に出向くのは難しい面があるが、コンプライアンス部門のメンバーが手分けして計画的に実施するか、顧問弁護士の協力を得る等の方法も考えられるので、可能な限り出向いての研修を実施するほうが良い。
次回は、組織間関係の調整メカニズムについて考察する。