法のかたち-所有と不法行為
第十五話 自由-「私のもの」を守ること
法学博士 (東北大学)
平 井 進
3 人の本来的な権利 (2)-クック
上記のinheritanceという言葉は、従来、国王に関しては、王国をその血統によって相続する、すなわち、その地位は固有であって、その血統以外に譲渡することはできないという意味で用いられており[1]、それはinheritance の権利によるものであり[2]、またbirthright inherentともいわれていた[3]。これは、王権流の自然権の概念であった。[4]
このような血統によるその固有な地位の資格が、イギリス臣民の場合でも同様に成り立つとすると、このinheritanceの理論は、国王であるか臣民であるかによらないことになる。
クックにおいては、(国王の場合と同様に)臣民の場合においても、その者が本来もつ固有の権利という意味でinheritanceやbirthrightが用いられている。この用法としては、第一に、古くから受け継がれてきた、人の生来的な権利というものである。[5]
第二は、上記第一をさらに進めて、(国王のinheritanceが他の血統に譲渡できないとすることと同様に)コモン・ローにおいて、臣民のinheritanceについても、臣民や議会の同意なく取り上げられないというものである。[6]
第三は、上記第二をさらに進めて、臣民がもつ最高のinheritanceは、この国の法(コモン・ロー)であるというものである。[7]
inheritanceは、字義どおりには人が生まれたときに先人から相続する遺産であり(それ故、古くから受け継いでいるということになる)、その限りでは比喩的な表現であるが、法的に主張する概念としては、人が生来的にもつことを社会が伝統的に承認してきた権能ということになる。これは、birthrightと共に、王権に対抗して人々が本来もつ自由の概念である。
[1] Cf. Part Twelve of the Reports, Of Oaths Before an Ecclesiasticall Judge, 1: 436. ここでのクックの引用は、The Selected Writings and Speeches of Sir Edward Coke, Sheppard, Steve, ed., 3 Vols, Indianapolis: Liberty Fund, 2003により、その巻と頁を示す。彼の著作は1620年代頃までに書かれていたとされる。
[2] Cf. Fourth Part of the Institutes, Of the High Court of Parliament, 2: 1138.
[3] Cf. Part Seven of the Reports, Calvin’s Case, 1:190-191.
[4] 実際に、ロバート・フィルマーは、王権を父権と同様に自然権(natural right of regal power)として説明している。Robert Filmer, Patriarcha and Other Writings, Vol. 4 (1680), Cambridge University Press, 1991, pp. 20-21.
[5] Cf. Part Five of the Reports, Preface, 1:127. Second Part of the Institutes, Magna Carta, Chapter 29, 2: 872-873.
[6] Cf. Part Twelve of the Reports, Of Oaths Before an Ecclesiasticall Judge, 1:437-438; Speeches in Parliament 1628, Petition of Right, 3: 1259; Second Part of the Institutes, Magna Carta, Chapter 21, 2: 828.
[7] Cf. Second Part of the Institutes, Magna Carta, Chapter 30, 2: 886. このことは、クックが好んで引用するところの、キケロの「inheritanceのより高度なものは、親から受け継ぐものであるよりも我々の法と立法に由来する」という言葉に対応している。First Part of the Institutes, epigram, 2: 576. Cicero, pro Caecina, 74, in M. Tulli Ciceronis Pro A. Caecina oratio, A. Mondadori, 1965.