◇SH1891◇チェックアンドバランスが機能するコーポレートガバナンス(5) 饗庭靖之(2018/06/07)

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チェックアンドバランスが機能するコーポレートガバナンス(5)

首都東京法律事務所

弁護士 饗 庭 靖 之

 

6 取締役の職務執行を監督する義務の内容

 (1) 現在の会社法では、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社の三種が設けられ、それぞれに、取締役会の職務内容が異なっている。

 ここでは、株式会社の現状で多くを占めている監査役会設置会社における取締役会における、取締役の職務の執行の監督(会社法362条2項2号)という職務の内容を検討する。

 監査役会設置会社において、取締役会が業務執行者の職務執行を監督するために、取締役会の構成メンバーである取締役に要求される職務は、会社の目的である「企業の事業種類の財・サービスを、よりコストを低くして提供し、顧客満足度を高めていく事業」を行う過程において、業務執行者が独断と暴走と無気力と背任に陥ることを防ぐことである。

 代表取締役と上下関係があった社内出身の取締役も、また社外取締役も、代表取締役などの業務執行者の独断と暴走と無気力と背任を防ぐように監督する職責を負っており、自分自身の見識に従って、取締役会が合議体として監督を行うこととなるように行動する義務がある[1]

 

 (2) 業務執行者の独断と暴走によるオーバーリスクを防ぐための監督の内容

 取締役が代表取締役などの業務執行者を監督すべき第一の事項は、業務執行者が独断や暴走によりオーバーリスクをとったり、誤った判断に基づく行動をしてしまわないように監督することである。

 オーバーリスクをとる、もしくは誤った判断をすることは、重要な会社の事業決定事項として、取締役会の決議事項となる場合が多いと考えられ、その場合は、取締役会で十分議論をすることを通じ、適正な意思決定の実現を図る必要がある。

 オーバーリスクをとったり、誤った判断に基づく行動をするとの判断は、個々の事案ごとに考慮すべき点は異なるであろうが、判断すべき事項を例示すれば、①事業判断の結果が予測のとおりにならない可能性の予測、②事業判断の結果が予測のとおりにならなかったときの会社の損害の大きさについての予測、③事業判断の結果が予測のとおりのときに会社の受ける利益と、予測のとおりにならなかったときの会社の受ける損害との比較衡量、④事業判断の結果が予測のとおりにならなかったときの損害のカバー策の有無などの検討などの総合考慮によって行われると考えられる[2][3]

 

 (3) 業務執行者が事業機会を見逃すなど不作為の過失を冒すことを防ぐ監督の内容

 取締役が業務執行者を監督すべき第二の事項は、代表取締役などの業務執行者が、不失敗願望やあるいは無気力から事業機会を見逃すなど不作為の過失を冒さないように監督することである。

 業務執行者が事業機会を見逃したり、事業状況から見て必要な対応を行わないことが、取締役会への付議事項とされている重要事項として問題となる場合には、取締役会で適切な結論が得られるように十分に議論することが必要であろう。

 取締役会の付議事項とならない場合で対処の必要があるときは、取締役は監督のために、事業機会を見逃したり、事業状況から見て必要な対応を行わないことによる問題を取締役会で積極的に取り上げる対応が必要な場合があるだろうし、また、業務執行者の人事、報酬が取締役会に付議される際に、人事、報酬の審議決定において責任に対応した内容とすることにより、問題の是正を実現させる必要もあろう。

 不失敗願望やあるいは無気力から事業機会を見逃す、事業状況から見て必要な対応を行わないなどの不作為の過失があるとの判断は、個々の事案ごとに考慮すべき点は異なるであろうが、判断すべき事項を例示すれば、①必要な対応を行わないことによる結果の予測、②必要な対応を行うことによる結果の予測、③必要な対応を行うことの困難性の程度、④必要な対応を行うことによる予測される会社の受ける利益と危険と、必要な対応を行わないことによる予測される会社の受ける損害の比較検討などの総合考慮によって行われることになると考えられる[4]

 


[1] 取締役の行為規範は、法令上は善管注意義務と忠実義務が基本となる。我が国では、アメリカ法のように善管注意義務と忠実義務の要件・効果を截然と区別する発想に乏しく、判例(最判昭和45年6月24日)は忠実義務の規定は「会社法330条、民法644条に定める善管義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであって、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものと解することができない」としている。
 この論稿では取締役会の存在意義を受託者責任により説明しているので、受託者責任として忠実義務を説明するアメリカ法に従って考察する。
 忠実義務につき、アメリカの州判例法は、取締役が地位を利用し会社の犠牲において自己の利益を図ってはならない義務(duty of loyalty)を指すと解している。会社に対し最大の誠意を尽くすべきで、判断が公正かつ誠実になされるために会社以外の利益により動かされてはならないことを忠実義務の内容とする。
 そしてアメリカ法は、取締役・会社間に利害対立の可能性のある「忠実義務」の領域と、それがない注意義務(duty of care)の領域を峻別している。
 善管注意義務(duty of care)は職務執行に際し相当の注意を尽くすべきとする取締役の判断の是非に関する注意義務であるが、裁判所の介入は緩和傾向にあり、経営の専門化と、裁判所が後知恵で経営判断を非難するのは酷であり不適切との経営判断の原則が確立した。経営判断の原則についてのアメリカでの支配的な理解は、「利害相反関係にない」取締役が合理的な意思決定プロセスを経て下した経営の是非については、裁判所は原則として介入しないとするものである。
 これに対して忠実義務(duty of loyalty)の違反は、裁判所にとって判断が容易であるため、厳重な法規制を加えることによって、取締役の不正行為から会社を守ろうとする傾向にある。
 我が国の裁判所のとる経営判断の原則は、経営判断を下した状況下で事実認識・意思決定過程および経営判断が著しく不合理でない限り、これを裁判所も尊重し、取締役(執行役)の裁量を認めるというもので、経営判断に裁量性を認めながら、裁判所がその内容を審査することとされている(岩原紳作「株式会社の機関に関する法体系」『商事法論集Ⅰ 会社法論集』(商事法務、2017)174頁)。

[2] 実例を挙げれば、日本経済新聞平成30年2月27日の記事によれば、東芝株式会社では、パソコン事業で、バイセル取引という中間製品を委託先に売却し完成製品を買い戻すという取引により売り上げを完成品の売却前に計上できる取引が多用されて、財務の数字の健全性が害されたという。それ自体適法な会計処理であるが、多用すれば財務の数字の健全性を害すような取引を多用することは、業務執行者が会社の財務の数字をよく見せかけるために使うことの誘惑にかられるテクニックである。バイセル取引については、会社経営陣はその話題が出ると話を変えていたと報道されるが、それ自体適法な会計処理であるが、多用すれば財務の数字の健全性を害すような取引に問題があることの認識はあったことを示しており、このような取引を多用することとならないようにしていくことが、取締役会に求められる役割だと言えよう。

[3] 「株主の所有する株式会社は、リスクをおそれず利益の獲得を目指すことにインセンティブが働く中で、業務執行者として取締役自身が独断と暴走をしてしまわないようにする義務」は、上記のうち、善管注意義務(duty of care)に属するであろう。したがって、代表取締役が独断と暴走をしているかどうかについては、アメリカ法では、経営の専門化と、裁判所が後知恵で経営判断を非難するのは酷であり不適切であるから、利害相反関係にない業務執行者が合理的な意思決定プロセスを経て下した経営判断の是非についてはアメリカの裁判所は原則として介入しない扱いとなると考えられる。

[4] 「会社所有者である株主と執行機関が分離する中で、執行機関がさぼって何もしないという無責任状態に陥ったり、業務執行者が自己の利益を図ることをしてはならない義務」は、上記のうち、忠実義務(duty of loyalty)に属するであろう。したがって、業務執行者が無気力に陥り、あるいは背任をしているかどうかについては、アメリカ法では、会社に対し最大の誠意を尽くすべきで、判断が公正かつ誠実になされるために会社以外の利益により動かされてはならないという行動原理からはずれていることの判断は容易であり、裁判所によって厳しく評価される扱いになると考えられる。しかし、日本の裁判所の用いる経営判断原則は、善管注意義務の問題と忠実義務の問題を截然と区別しないので、この問題についても経営判断原則が適用されよう。したがって、経営判断を下した状況下で事実認識・意思決定過程および経営判断が著しく不合理でない限り、これを裁判所も尊重し、業務執行者の裁量を認めることとなろう。

 

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