マレーシア贈収賄法制(上)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 長谷川 良 和
1. はじめに
昨年から今年にかけて政府系投資会社ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)が絡むナジブ首相の汚職疑惑に係る一連の報道により、マレーシア腐敗対策委員会(Malaysian Anti-Corruption Commission:MACC)が大きくクローズアップされたことは記憶に新しい。
マレーシアは、国策として贈収賄等の腐敗対策に積極的に取り組む姿勢を見せており、NGOトランスペアレンシー・インターナショナルの2015年腐敗認識指数によれば168カ国・地域中54位とされ、ASEANではシンガポール(8位)に次いで贈収賄等の腐敗が少ない比較的クリーンな国と評価されている。
国・地域(ASEAN主要国・インド) | 腐敗認識指数に係る順位 |
シンガポール | 8位 |
マレーシア | 54位 |
タイ | 76位 |
インドネシア、インド | 88位 |
フィリピン | 95位 |
ベトナム | 112位 |
もっとも、企業活動に関連して、時として腐敗が問題となる事例が存在するのも事実である。そこで、本稿では、マレーシアの腐敗対策法制の概要を2回に分けて解説する。
2. マレーシアの腐敗に係る主要法制
(1) 主要な法令・執行機関
贈収賄等の腐敗行為を規律するマレーシアの主要な法令としては、2009年マレーシア腐敗対策委員会法(Malaysian Anti-Corruption Commission Act 2009)が挙げられる。それ以外にも刑法等が個別の規定により所定の腐敗行為を規律しているが、腐敗対策委員会法の方が刑法よりも贈収賄等の腐敗行為に関する処罰範囲が広く、また重い法定刑が規定されていること等から、実務上、腐敗行為に対する捜査は、腐敗対策委員会が腐敗対策委員会法に基づいて行うことが多い。具体的には、腐敗対策委員会は、関係者の取調べや捜索・差押え等の所定の捜査権限を行使して腐敗対策委員会法の執行を行っている。
(2) 処罰対象行為と罰則
腐敗対策委員会法においては、自ら又は他者によって若しくは他者とともに、実際の若しくは提案された若しくは発生する可能性が高い何らかの事項若しくは取引に関するいずれかの者の何らかの作為若しくは不作為、又は公的機関が関係する当該事項若しくは取引に関する公的機関の職員の何らかの作為若しくは不作為の誘因若しくは褒賞として又はそのために、自ら若しくは他者のために何らかの利益を不正に要求若しくは収受し、若しくは収受する約束をし、又は自ら若しくは他者のために不正に利益を供与若しくは約束し、若しくはその申入れを行ったことが処罰対象行為として規定されている。
かかる処罰対象行為を行った者は、20年以下の禁錮、及び当該犯罪の対象利益額の5倍(算定可能な場合)又は1万リンギットのいずれか高い額の罰金の責を負う。
また、代理人として本人に関する事項について利益供与等の上記類似行為を行った者や、公的機関の人物又は外国公務員に対し不正に利益供与等を行った者も処罰対象とされている。