SH4109 中国:中国からの撤退方法・経済補償金支払の近年の傾向と対策(1) 鹿はせる/小澤尚子(2022/08/24)

そのほか

中国:中国からの撤退方法・経済補償金支払の近年の傾向と対策(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

弁護士 小 澤 尚 子

はじめに

 近年、事業競争環境の激化、人件費の高騰、環境規制の強化等の理由により中国から日本又は他国に製造拠点を移す動きが増えていたが、今年に入ってからサプライチェーンの見直し及び新型コロナウイルスに対する政府の厳格なロックダウン対策等の影響により、改めて中国での事業の撤退及び見直しを検討する外資企業が増えている[1]

 その一方で、中国からの撤退は現地法の規制及び従業員に払う退職手当(いわゆる経済補償金等)の支出等のために、想定外に費用及び時間がかかることがネックになり得る。本稿では、中国事業の撤退や見直しを検討する日本企業の参考となるよう、中国からの撤退の方法の概要を説明した上で、の現地法人を解散・清算する方法を選んだ場合の手続と実務上の留意点、及び近時の経済補償金の支払事例を概観する。

 

1 中国からの撤退方法の概要

 日本企業をはじめとする外資企業が中国の現地法人を再編して撤退する場合、①現地法人の持分(株式)を第三者に対して譲渡する方法、②現地法人を解散・清算する方法、③現地法人を破産させる方法の3つが代表的な手法となる[2]

 このうち最初に検討される方法は①の方法であり、清算手続を要さずに現地法人の法人格をそのまま存続させることができ、従業員の雇用が維持され経済補償金の支払も必要ないことから、売主にとってはリスク及び時間費用等のコストが低い手法である。

 しかし、前提として、現地法人の持分(株式)の譲渡先を探索する必要がある。また、実務上の留意点としては、(i)対象会社となる現地法人の持分(株式)を日本の親会社など(中国からみた)海外エンティティが保有する場合は、クロスボーダーの対価支払について、中国の外貨規制に服し手続が必要になること、(ii)(譲渡先の属性及び所在地により個別の検討が必要であるものの)中国の国有企業に持分(株式)を譲渡する場合には、国有企業による資産買取りの手続が必要となる場合があること[3]、また、(iii)実務上よく問題になるのは、持分(株式)譲渡の場合、法的には従業員の雇用関係は変わらず、経済補償金の支払が必要ないものの[4]、従業員側は会社の実質的な所有者の変更を退職・再就職と同視して(時には集結して)経済補償金を要求する事例がみられ、実務上の工夫が求められることである(2⑴を参照されたい)。

 そして、近年では、現地法人の持分(株式)の譲渡先を要さず、外資企業側で手続を主導できることをメリットとして、②や③の方法による撤退を模索する事例が増えている。

 そのうち、③の破産による撤退は、少なくとも日本企業においては、今後の中国での事業展開やレピュテーションへの影響等を懸念して、未だ採用されることは多くない。しかし、かつて中国では企業破産に関し必要となる裁判所の認可を得ることが難しかったところ、2016年以降は認可が得られやすくなり倒産件数が増加していることから[5]、外資企業にとっても破産による撤退が現実的な選択肢となりつつあり、今後現地の債務超過企業の撤退手段としては検討に値する。

 ②の解散・清算は、現在日本企業が現地法人の持分(株式)の譲渡先を確保できない場合に検討する主な撤退手段であり、近時の事例も多いことから、その方法についての手続及び留意点を以下ので詳述する。

 

(2)につづく



[1] 報道によると、中国で欧州連合(EU)商工会議所が4月下旬に実施したアンケート調査(372社回答)では、23%が中国からの撤退や投資先の見直しを検討していると回答し、8割弱が中国の投資先としての魅力が落ちたと答えた。米商工会議所が5月初旬にかけて実施した調査(121社回答)では、対中投資を「減らす」との回答は26%、「延期する」も26%に上り、「増やす」はわずか1%にとどまった。https://www.jiji.com/jc/article?k=2022052400543&g=int

[2] その他、日本側株主と中国側株主によるJVであれば、日本側株主からの中国側株主に対する持分譲渡の他に、日本側株主が保有している分の持分を減資する方法等も考えられるが、減資に関する現地規制に服する必要があり、個別の検討が必要になる。

[3] かつては持分(株式)の譲渡自体に当局の認可が要求されていたが、現在は原則として当局の認可を受ける必要はない。

[4] 後述するように、原則として経済補償金は使用者側からの申出により労働者との雇用関係を終了する場合にのみ求められる。

[5] 背景としては、2016年以降最高人民法院の指示で各地の地方裁判所に倒産の専門法廷が設立されたことが大きい。2019年から2021年の3年間において、全国の企業倒産件数は毎年1万件を超えている。


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(ろく・はせる)

長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行なっている。

(おざわ・しょうこ)

2014年東京大学法学部卒業。2016年東京大学法科大学院修了。2017年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。中国法務プラクティスグループに所属し、企業再編及び一般企業法務を中心に幅広い分野を取り扱っている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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