ブラジルM&Aの実務 (1)
M&Aのストラクチャー及びデューディリジェンス
西村あさひ法律事務所
弁護士 清 水 誠
1 はじめに
本稿から数回に亘り、ブラジルの経済情勢の直近の状況も踏まえつつ、ブラジルのM&Aに関する法制度の基礎及び実務上の留意点について解説する。
なお、ブラジルにおいては多様な法人形態が存在し、中でもSociedade Limitada(日本の合同会社や米国のLLCに類似する法人形態)及びSociedade por Ações(日本の株式会社や米国のCorporationに類似する法人形態)が事業を行うに当たって主に利用されている(ブラジルにおけるこれらの法人形態については、SH0527 ブラジルにおける主な法人形態 清水 誠(2016/01/18)も参照されたい。)。前者に対する出資はQuota(持分)、後者に対する出資は株式の形を取るなど、両者の間には様々な差異が存在するものの、本稿においては、特に断らない限り、両者を特に区別することなく「会社」と表現するとともにその出資は「株式」と表現することとする。
2 M&Aのストラクチャー
ブラジルのM&Aは、資産譲渡、発行済株式の譲渡、新株の第三者割当てのほか、吸収合併、新設合併、株式交換、スピン・オフ(日本法上の会社分割に類似)及びドロップダウン(承継会社に対する資産の現物出資)といった各種の組織再編行為等の形で行われる。
もっとも、資産譲渡は、(i) 譲り受ける対象となる資産が一定の「事業」を構成する場合、資産譲渡契約上負債を承継しない旨を明示的に規定したとしても、一定の債務(特に環境債務、労働債務や租税債務)を買主が承継したと解釈される可能性がある、(ii) 資産譲渡の場合、当該資産を用いて行う事業について必要な許認可等の再取得が必要となることがしばしばあり、単純な資産譲渡を行った場合、クロージングと同時に事業を行えない可能性がある、(iii) 資産譲渡と比較して、株式譲渡の場合には、税務上より効率的にストラクチャリングできる可能性がある等の理由から、資産譲渡が選択されることは比較的稀である。
なお、日本企業がブラジル事業から撤退するに当たっては、子会社を清算したり破産その他の倒産手続で処理したりすることも考えられるが、これらの手続を実施するには相当の時間を要すること等を理由に、子会社株式を第三者に譲渡する方法が選択されることが多い。
また、ブラジルにおいては、過去のハイパーインフレ時代にはクロスボーダーM&Aの買収対価は外貨(特に米ドルや欧州の通貨)が用いられることが多く、その後レアル建の取引が増えてきているという状況にあったが、近時のレアル安等を受け、再びクロスボーダーM&Aの買収対価を米ドルやユーロ等で定める例が増えてきている。
3 デューディリジェンスに関する実務上の留意事項
ブラジルにおいても、M&A契約の締結に先立って、買主及びそのアドバイザーである弁護士や会計士などが対象会社ないし譲受対象資産のデューディリジェンスを行うことが極めて一般的である。対象会社がブラジル企業である場合における典型的な留意点ないし検出事項として、例えば以下の点が挙げられる。
(1) 税務
ブラジルにおいては、税務が複雑かつ頻繁に改正されることや、税務当局が行政上及び司法上の手続を利用することに積極的であることなどから、一般的に言って、ブラジル企業は、日本を含む他の法域における企業と比較して多くの税務紛争その他税務上の問題を抱えていることが通常である。したがって、税務に関するデューディリジェンス及びその検出結果の評価を慎重に行うことが肝要である。なお、税務当局が租税債務に関する恩典措置を講じることもしばしばあるため、現実に支払うべき租税債務の金額は、制度上支払が義務付けられることとなる金額より結果的に少なくなる場合もあり得る。
(2) 労働
ブラジルの労働法制は極めて複雑であり、かつ非常に労働者保護的な性格を有している。加えて、労働者が使用者に対して訴訟を提起しやすい環境にある。その結果、極めて多数の労働訴訟が労働裁判所に提起されている(2015年に新たに提起された労働訴訟は約380万件に上る。)。そのため、ブラジルの企業は数百件から数千件の労働訴訟を抱えていることも珍しくない。したがって、ブラジルのM&Aにおいては、労働訴訟の数を過大なリスクと捉えず、客観的な評価を行うことが重要である。
(3) 環境
環境問題に関するデューディリジェンスは、通常、(i) 環境関連の許認可の取得状況、(ii) 環境関連の裁判手続及び行政手続、並びに合意の状況、(iii) 環境関連の発生済み/潜在的な債務及び環境法の遵守状況などを対象として行われる。ブラジルの環境法令は厳格であり、これらの法令の違反が深刻な結果をもたらすこともあるため、環境問題がディール・キラー(M&A取引の交渉を決裂させる主要因)となることもあり得る。
(4) コンプライアンス
法人の厳格責任を定めた新腐敗防止法が2014年1月に施行され、その関連下位規範も順次制定されている。また、ブラジルにおける腐敗行為は米国Foreign Corrupt Practices Act(FCPA)、英国Bribery Actや日本の不正競争防止法といった海外法令の適用対象にもなり得る。加えて、ペトロブラスを巡る一連の捜査からも明らかなとおり、近時ブラジル国内において贈収賄行為の摘発の機運は高まっており、デューディリジェンスにおいて、対象会社の腐敗行為の有無や腐敗防止に向けた内部統制システムの運用状況などを確認することの重要性が増している。このような状況を踏まえ、法律事務所によるデューディリジェンスにおいて、インタビュー事項の追加、充実やインタビュー対象の拡大等がなされるようになってきている。また、法律事務所によるデューディリジェンスに加え、贈収賄等の専門家によるデューディリジェンスを行うこともある。
同様に、カルテル防止やその他のコンプライアンスの状況についても慎重に確認する必要がある。
(つづく)
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。