◇SH0786◇冒頭規定の意義―典型契約論― 第8回 冒頭規定の意義―制裁と「合意による変更の可能性」―(5) 浅場達也(2016/09/06)

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冒頭規定の意義
―典型契約論―

冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(5)

みずほ証券 法務部

浅 場 達 也

 

Ⅰ 冒頭規定と制裁(1) ―金銭消費貸借契約を例として―

(3) 合意による変更の可能性

 ここで、金銭消費貸借契約書の作成において、「当事者の合意による変更・修正がどの程度可能か」について、もう少し細かく考えてみよう。

ア 金銭の貸付けを行う者
 例えば、「金銭の貸付けを行う者」の内容について、どこまで当事者の合意で変更できるだろうか。別の言葉でいえば、冒頭規定の定める一方当事者(貸し手)が、出資法上の「金銭の貸付けを行う者」であることを、当事者の合意で変更・排除することは可能だろうか。次のような文言を考えてみよう。

 

 【契約文例2】第○条 (確認事項)

  本金銭消費貸借契約において、金銭の貸付者である甲が、出資法に定める「金銭の貸付けを行う者」に該当しないことを、甲及び借入者乙は確認する。

 

 このような出資法の趣旨を潜脱するような条項を契約書の中に盛り込むことは、もちろん困難であろう。つまり、冒頭規定の定める一方当事者(貸し手)が、出資法上の「金銭の貸付けを行う者」であることを、当事者の合意で変更・排除することは難しい。これは、出資法が消費貸借の冒頭規定をそのまま取り込んだ上で金銭消費貸借契約書の内容規制を行う以上、当然ともいえるだろう。このように、金銭消費貸借契約書の作成の際、「貸付けを行う者」の意味内容の変更が困難であること、そして、その結果、「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」(→1Ⅳ1.(2) における「契約規範」を参照)が作り出されることに留意する必要があるだろう。

イ 元本 利息 利率
 消費貸借とは、「当事者の一方が相手方から金銭その他の代替性のある物を受け取り、これと同種、同等、同質の物を返還する契約」であり(民法587条)、この規定自体は無償の消費貸借を想定している。しかし、現代の取引社会では、対価として利息を支払うのが通常であるので、金銭消費貸借契約書の作成に際しては、原則として「利息」を意識する必要がある。そこで、やや口語的になるが、金銭消費貸借契約の定義を、ここでは、「一方が貸した金銭を、他方が利息を付して返還することを約する契約」と考えておこう[1]

 こうした契約の内容を、当事者の合意によって、どの程度変更したり修正したりすることができるだろうか。

 まず、「貸した金銭」は一般に「元本」といわれている。この「元本」の意味内容を、当事者の合意で変更・修正することは可能だろうか。民法の消費貸借の節の中に「元本」の定義は見当らないが、民法13条1項1号で「元本を領収し、又は利用すること」と規定されている。民法13条は保佐人の同意を要する行為等を定めており、強行規定と解されるであろうし、また、同条2項で家庭裁判所の介入を想定していることも併せて考えると、当事者の合意による「元本」の意味内容の変更の余地は少ないであろう。

 出資法においても、「元本」の定義規定は見当らないが、同法5条の4第3項において、「利息を天引きする方法による金銭の貸付けにあっては、その交付額を元本額として利息の計算をするものとする」としていることに留意する必要があるだろう。高金利罪を規定する第5条が、元本の意味内容を含む「利息計算の方法」に重大な関心を寄せるのは当然といえる。この「元本」の意味内容を、当事者の合意で変更することは可能だろうか。例えば、「出資法5条の4第3項の定めに拘わらず、交付額に天引きした利息を加えたものを元本とする」と当事者間で合意することは、可能だろうか。同条の趣旨を考えれば、極めて困難というほかはないであろう。すなわち、出資法の規定は、当事者が金銭消費貸借契約書の中の「元本」の意味内容を変更・修正することをより難しくしていると考えられる。

 では、「利息」(民法590条)はどうだろうか。一般に「利息」とは、「元本利用の対価であり、貸付額と貸付期間に比例して支払われる金銭その他の代替物である」と説明される[2]

 この定義において、「比例して」とあるが、当事者の合意でこれを変更できるだろうか。例えば、日利で付利する場合に、当事者間で、「毎週日曜日を、『付利しない日』と甲乙の間では定め、各週の残る6日間のみ付利し、その結果得られる利息額合計を本契約では『利息』と呼ぶこととする」と約することは可能だろうか。

 ここで重要なのは、「利息」が貸付期間(日利の場合は日数)に「比例して」いることが、民法に書かれていない暗黙の前提となっていることである。そして、「利息」の計算内容が出資法で定める制裁の前提となっている以上、当事者の合意でこれを変更することは(少なくとの借り手が不利になるよう変更することは)困難であろう。また、「利息」と直接関連する概念に「利率」があるが、「利率」(年利)とは、元本に対する1年間の利息額の割合を%で表したものとされている。これら「元本」「利息」「利率」の関係については、一般に、次のような算式が成り立つ[3]

 

   利息額 = 元本 × 日数/365 × 利率

 

 そして、この計算方法を当事者の合意で変更することは、(少なくとも金利規制の文脈においては、)難しいといえるだろう。(この点については、後に「規範的概念」(1Ⅳ1.(3))に関する検討において言及する。)換言すれば、この算式を構成する概念内容の変更・修正は、(当事者の間では契約文言上、変更・修正は不可能ではないかもしれないが、)裁判でその点が争われた場合には、通常の「元本」「利息」「利率」の意味に強制的に戻されてしまうだろう[4]

 このように、出資法は、すべての「金銭消費貸借契約書」の中の「元本」「利息」「利率」といった概念の内容を固定する方向で働く。そして、これら概念の内容を、当事者の合意によって変更するのが難しいことは、金銭消費貸借契約書を作成するすべての人が留意しておく必要があるだろう。

 これまでわれわれは、「合意」と「民法の規定」の優先関係について、その規定が任意規定なら合意が優先し、強行規定ならその強行規定が優先すると考えてきた。しかし、われわれの契約行動を規律する契約規範について検討するためには、「任意規定か強行規定か」という枠組みが不十分であることは、上の検討が強く示唆しているといえるだろう。

 以上を簡単にまとめると、「当事者の合意による変更の可能性」という観点からは、次の2点が重要であろう。第1に、リスク(=何らかの制裁が課される可能性)の増大可能性を回避するために合意が制約を受けることがあり、これは「強行規定か任意規定か」とは次元が異なる規律であるという点である。第2に、「元本」や「利率」という語の意味内容の変更を、当事者の合意で行うことが困難になる場合があること、すなわち、(民法上「言明」となっていない)「概念」の意味内容について、合意による変更が難しい場合があるという点である。第2の点については、「契約法の体系化」における1つの項目と捉えるため、後に(→1Ⅳ1.(3) 規範的言明と規範的概念)更に検討を加えることになろう。



[1] 無利息の金銭消費貸借契約も、個人間では多く行われているようだが、取引社会で行われている大部分は利息付きであり、実際に金銭消費貸借契約書を作成することに伴うリスクを考える場合、まず利息付きの金銭消費貸借を念頭に置く必要がある。

[2] 我妻榮『新訂 債権総論』(岩波書店、1964)42頁及び山下末人=安井宏「注釈404条」『新版注釈民法(10)Ⅰ』(有斐閣、2003)340頁を参照。

[3] 初日算入や閏年の考え方にバリエーションはありうるが、年利の計算式としては、この算式が一般的であるといえよう。

[4] ここで、「元本」「利息」等の内容をなす言明を、「強行規定である」と本稿で考えていない点について確認しておきたい。「元本」「利息」等の内容は、一種の強制力を持つと考えられるが、それは「特定の文脈において」ということを前提としており、「強行規定である」と考えることはむしろ不正確となるからである。例えば、社債の分野では、「本社債の利息は、1年を1ヵ月30日の12ヵ月からなる360日として日割り計算される」と定められることがあるが、この規定の効力につき疑問が呈されることはないようである。このことは、「利息」の内容がある種の柔軟性を持っており、出資法・利息制限法等の「利息」概念の一種の強制力が特定の文脈(個人貸付の金利規制という文脈)の中でのものであることを示しているといえるだろう。

 

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