日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第35回 国際仲裁手続の中盤における留意点(10)-ディスカバリーその5
7. IBA国際仲裁代理のガイドライン
IBA(国際法曹協会)は、国際仲裁手続に関するガイドラインを複数作成しているところ、その一つが前回(第34回)言及したIBA Guidelines on Party Representation in International Arbitration(IBA国際仲裁代理のガイドライン)[1]である。これは基本的に法的拘束力を持つものではないが(但し、当事者の合意、あるいは仲裁廷の命令があれば別である)、仲裁手続の指針となりうるものである。対象者は「Party Representative」であるところ、典型的には当事者の代理人弁護士であるが、それ以外にも、従業員等、当事者を代理して手続に参加する者が含まれる。
このガイドラインには、ディスカバリーに関する項目が複数ある。その一つが、前回言及した文書(電子情報を含む)の保存に関するものであり、その他の項目の内容は以下のとおりである。
一つには、不当な目的のために文書提出の要求をすること、あるいは不当な目的のために文書提出の要求に対して異議を述べることは避けるべきである(13項)。ここでいう不当な目的とは、例えば、嫌がらせ、手続の遅延といった目的である。
また、代理人は当事者に対して、文書提出に同意した場合又は仲裁廷から文書提出を命じられた場合には、これを履行する必要性があることを説明するべきであり、また、これを怠った場合に蒙る可能性がある不利益について説明するべきである(14項)。
代理人は当事者に対して、文書提出に同意した場合又は仲裁廷から文書提出を命じられた場合には、(i)当該文書を見つけるための合理的な調査を行い、また、(ii)秘匿特権で保護されていない限り当該文書を提出するように、合理的な手続をとるようアドバイスをし、またそのよう手続を支援するべきである(15項)。
代理人は、相手方当事者から提出要求を受けた文書について、隠匿し、又は当事者に対し隠匿するようアドバイスをするべきではない(16項)。
仲裁手続の係属中、提出するべき文書を、当事者が提出せずに保持していることを認識したときは、代理人は当事者に対して、提出の必要性と、提出を怠った場合の不利益についてアドバイスをするべきである(17項)。
8. ディスカバリーの手続違反に対する制裁
ディスカバリーの手続に違反した場合、例えば、仲裁廷の文書提出の命令に従わなかった場合、違反した当事者に対する制裁が問題となる。
この点、米国の民事訴訟であれば、ディスカバリーの手続違反に対しては、極めて厳しい制裁が科されうる。その類型としては、①刑事罰(法廷侮辱罪等)、②結果に関する不利益(不利益な事実が認定あるいは推定されるなど)、③主張立証の制限(特定の証拠の提出が禁止される、尋問時間や弁論時間が相手方当事者よりも短くされるなど)、④手続コストの負担がある。裁判官の裁量に基づく判断によって、これらの制裁が科される。
日本の民事訴訟であれば、訴訟当事者が文書提出命令に違反した場合には、②訴訟の結果に関する不利益として、「裁判所は、当該文書に関する相手方の主張を真実と認めることができる」との規定がある(民事訴訟法224条1項)。
国際仲裁の場合、上記①から④のうち、①の刑事罰を科すことは、その性質上不可能である。刑事罰は国家権力によって課されるところ、仲裁廷は私人であり、国家権力を行使するものではないからである。
残りの上記②から④のうち、IBA証拠規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)[2]において明示されているのは、②結果に関する不利益と、④手続コストの負担である。すなわち、IBA証拠規則は、②結果に関する不利益に関するものとしては、「当事者が、文書提出要求に関し、適時に異議を申し立てず、かつ十分な説明をしないで求められなかった文書を提出しなかったとき、又は仲裁廷が提出を命じた文書を提出しなかったときは、仲裁廷は、当該文書が当該当事者にとって不利益なものであると推認することができる」と定めている(第9章5項)。文書以外の証拠(証言を含む)についても、その提出要求について、同様の規定をおき、仲裁廷が「当該証拠が当該当事者にとって不利益なものであると推認することができる」と定めている(第9章6項)。
また、④手続コストの負担に関するものとしては、IBA証拠規則は、「仲裁廷は、当事者が証拠手続において誠実な対応をしなかったと仲裁廷が判断したときは、本規則上の他の措置に加え、仲裁費用(証拠調べ手続に関連する費用を含む)を割り当てるに際して当該事情を考慮することができる」と定めている(第9章7項)。
以上のとおり、国際仲裁においては、ディスカバリーの手続違反に対し、仲裁廷の裁量によって、②結果に関する不利益、あるいは④手続コストの負担という形の制裁が課されうる。
なお、上記③主張立証の制限という形態の制裁は、IBA証拠規則には定められていない。国際仲裁では、第25回の1項で述べたとおり、二大原則の一つとして、主張立証の十分な機会付与の原則(Full Opportunity to Present Case)があるため(日本の仲裁法25条2項参照)、これと抵触しうる上記③の制裁は用いられにくいと思われる。
9. 第三者に対するディスカバリーの要求
国家権力に基づく訴訟手続では、訴訟手続の当事者ではない第三者に対しても、文書等の証拠の提出を強制することが可能である。
これに対し国際仲裁手続は、拘束力の根拠が当事者間の合意(仲裁合意)にある。そのため、仲裁合意の当事者ではない第三者に対して、証拠提出を強制する根拠は認め難い。したがって、国際仲裁手続におけるディスカバリーは、通常は当事者間での要求であり、第三者に対する要求は含まれない。
但し、第三者に対して、任意の協力として、証拠提出を依頼することは妨げられない。
また、IBA証拠規則は、第三者から文書を取得するための措置について、当事者が仲裁廷に判断を求めることができると定めている(第3章9項)。例えば、第三者が所持する文書について、申立人(Claimant)が当該文書を入手することが困難である場合に、被申立人(Respondent)の方は、当該第三者に対して当該文書の提供を正当に要求できる地位にあるとする。この場合に、申立人は、仲裁廷に対して、被申立人に当該文書を入手するよう命じるよう申し立てることができる。
以 上
[1] IBAのホームページで入手可能である。
http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx
[2] IBAのホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx