企業法務への道(20)
―拙稿の背景に触れつつ―
日本毛織株式会社
取締役 丹 羽 繁 夫
《NECエレクトロニクス株式インサイダー取引事件-東京地判平成25・6・28の検討》
本事件は、元経済産業省大臣官房審議官による株式インサイダー取引事件として、紙面を賑わせた事件である。事案の詳細については、拙稿「NECエレクトロニクス株式、エルピーダメモリ株式インサイダー取引事件-東京地裁平成25年6月28日判決の検討」NBL1010号(2013.10.1))に譲るが、以下では、前者の株式インサイダー取引事件における『業務執行を決定する機関』の意義について、再論しておきたい。
株式インサイダー取引事件における重要事実認定の嚆矢となった前述の日本織物加工株式インサイダー取引事件において、最高裁判決平成11年6月10日(刑集53巻5号415頁)は、上場会社等の重要事実を決定する「業務執行を決定する機関」について、「証券取引法166条2項1号にいう『業務執行を決定する機関』は、商法所定の決定権限のある機関には限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りると解されるところ、D社長は、A織物加工の代表取締役として、第三者割当増資を実施するための新株発行について商法所定の決定権限のある取締役会を構成する各取締役から実質的な決定を行う権限を付与されていたものと認められるから、『業務執行を決定する機関』に該当する」と認定した。
本事件において前掲東京地判(以下、この稿では「本判決」という)は、平成21年3月2日に、NECエレクトロニクスのN社長が、日本電気株式会社(以下「NEC」という)のK取締役執行役員専務からの提案を受けて、ルネサステクノロジとの事業統合(以下「本件事業統合」という)を検討することとし、同月6日、ルネサステクノロジの次期社長に内定していたA氏と会談し、本件事業統合に向けた交渉を進めることについて合意し、同交渉を会社の業務として行うことを決定したとして、この時点で、「NECエレクトロニクスの重要事実」が発生したと認定した。しかしながら、同年4月16日に日本経済新聞が本件事業統合に関する記事を掲載すると、同日、NECエレクトロニクスは、日本経済新聞の「報道にあるような」事業再編を同社として決定した事実はない、という適時開示を行ったのである。また、本件事業統合については、元々NECのK取締役執行役員専務からの提案であり、経産省への説明、報告も、N社長ではなく、K取締役執行役員専務からなされており、本件事業統合への同取締役執行役員専務らの介在が無視し得ない状況であったことを考慮すると、同年3月6日に「NECエレクトロニクスの重要事実」が発生したという認定を維持するためには、N社長が実質的に「会社の意思決定と同視」し得る意思決定を行うことができる機関であったことについての追加的な認定、即ち、前掲最高裁判決のいう「商法所定の決定権限のある取締役会を構成する各取締役から実質的な決定を行う権限を付与されていた」という追加的な認定が必要ではなかったか、と考える。加えて、本判決が認定した重要事実は、本件事業統合を行うことについての合意ではなく、「本件事業統合に向けた交渉を進めること」についての合意であり、この点からも、平成21年3月6日に本件事業統合についての「重要事実」が発生したと認定するには、些か根拠が弱かったのではないかとの印象を否めない。