企業法務への道(23・完)
―拙稿の背景に触れつつ―
日本毛織株式会社
取締役 丹 羽 繁 夫
《その他の判例評釈》
以上の判例の検討では、株式インサイダー取引事件における「重要事実の認定」、「会社の業務執行を決定する機関」の意義、「違法性の認識」という3つの課題と、競走馬の名前及びプロ野球選手の氏名並びに肖像についてのパブリシティ権をめぐる訴訟事件を、これまでに行ってきた判例評釈の代表例として採り上げた。これらの判例評釈の他に、私には、下記の判例評釈が今もなお特に意義深いものとなっている。
- • 「抵当権の物上代位に基づく賃料債権の差押えと第三債務者による相殺の優劣」金法1569号(2000.2.5));
- • 「旧カネボウ株式損害賠償請求事件控訴審判決の検討-東京高判平成20・7・9」NBL923号(2010.2.15)企業判例研究会報告(6));
- • 「『ロクラク』著作権侵害差止等請求事件控訴審判決の検討-知財高判平成21・1・27」NBL935号(2010.8.15)企業判例研究会報告(11));
- • 「小沢事件判決の争点と政治資金収支報告書をめぐる今後の課題」NBL995号(2013.2.15));
- • 「ヤフー事件判決(東京地判平成26年3月18日)の争点と課題」商事法務ポータル100号(2014年10月6日)); SH0100(2014/10/06)
- • 「シャルレ株主代表訴訟判決の争点と課題-神戸地裁平成26年10月16日判決-」(商事法務ポータル(1)~(9)、226号、229号、231号、233号、234号、238号、241号、243号、246号(2015年2月24日~3月5日) SH0226 第1回(2015/02/24) SH0229 第2回(2015/02/25) SH0231 第3回(2015/02/26) SH0233 第4回(2015/02/27) SH0234 第5回(2015/03/02) SH0238 第6回(2015/03/03) SH0241 第7回(2015/03/04) SH0243 第8回(2015/03/05) SH0246 第9回・完(2015/03/06)
いずれの判例評釈においても、前掲企業判例研究会創設の意義についてのメモに記載したとおり、「我々、実務家は、まず、当該判例が認定した事実関係が何であり、その認定された事実関係を踏まえると何が法的な争点となり、これらの法的な争点について、原告、被告がどのような主張を行い、これら双方の主張を踏まえて裁判所がどのような判断を下し、当該判断が実務の常識から受け入れられるか否かを、検討する必要があります。仮に当該判断が受け入れられないとすれば、当該判断のどこに問題があるのか、即ち、事実の認定に誤りがあるのか、または過去の判例と法令の解釈・適用に誤りがあるのか、認定された事実から結論に至るロジックに誤りがあるのか、を明らかにしなければなりません。その上で、どのように事実の認定を行うべきか、また、その認定を踏まえると、どのような判断をすべきであったのかを提示することが、実務家として判例に臨み、判例から学ぶことではないか」という考え方に基づいて、分析を行ったものである。それぞれの事案の詳細と分析の結果については、ここでは割愛するが、ご関心のある方はそれぞれの前掲評釈を参照されたい。
《結びに替えて》
前に触れた『フィナンシャル・タイムズ』紙アメリカ版編集長のジリアン・テット女史は、最近の著書『サイロ・エフェクト 高度専門家社会の罠』(文芸春秋、2016年2月)の中で、以下のように述べておられる。自戒の念を込めて、紹介しておきたい。
「2008年の金融危機を検証していくと、(統合されているはずの)単一の大手金融機関の中でも所属部門が違うとトレーダーはお互いに何をしているかまったく知らないという現実が見えてきた。また巨大な規制機関や中央銀行が、官僚組織の構造的にも世界観においても呆れるほど細分化されていて身動きがとれなくなっている・・・。つまり金融危機に関係するあらゆる領域に、視野狭窄と部族主義という共通原因が存在していた。誰もがちっぽけな専門家集団、社会集団、チーム、あるいは同じ知識を信奉するグループの中に閉じ込められているようだった。」(ジリアン・テット前掲書、7頁)
これまでの自らのキャリアを振り返ると、一つの分野にとどまることなく、証券、債券営業、大企業融資、マクロ金融調査、カントリーリスク調査、国際金融案件審査、経営企画調査、法務、知的財産管理、温室効果ガス削減に係る審査・検証業務、そして、現在の日本毛織株式会社の社外監査役、そして社外取締役に至るまで、多様なキャリアを歩ませて戴いた。お陰様で、ジリアン・テット女史のいわれる「視野狭窄と部族主義」に陥ることなく、多様な分野に関心を持ち、多様な分野にまたがる執筆をさせて戴いてきた。これまで多くの執筆機会を提供して戴いた石川編集長をはじめ『NBL』編集部の方々に、改めてお礼を申し上げたい。
企業法務のこれからの更なる発展を祈念しつつ、ここで一旦筆を置くこととしたい。読者の皆様には、拙い半生記にお付き合い戴き、有難うございました。
以 上