実学・企業法務(第60回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4. 販売(営業)
(3) 営業の主要機能
7) サービス、メンテナンス
補修部品については、家電メーカーでは自主的な内規等で、製品の機能維持に必要な「補修用性能部品の最低保有期間」を過去の経済産業省(通産省)通達等を参考にして製品毎に定め[1]、取扱説明書・カタログに記載している。
設備機器のメンテナンスは、国家資格等を有する専門業者[2]に委託する例が多い。
例えば、ガス業界についてみると、ガス主任技術者・特監法[3]資格者・その他付帯工事に関連する土木工事施工管理技士等の国家資格に加え、内管工事資格・設備点検員資格・ガス機器設置技能資格・長期使用製品安全点検資格等の業界資格、及び各事業者の社内自主資格を有する作業者を、それぞれの工事・設置・メンテナンス等の事業の必要に応じて各企業が確保し、これらの企業が一体となってガス事業を運営している。
ガス機器の事業についてみると、設計・製造・設置・点検・修理等の業務を、必要な資格者を擁する製造・販売・メンテナンス・サービス等の多くの専門会社が全体の事業の中の一部をそれぞれ分担している。特定の企業の修理・メンテナンス等の失敗情報(ヒヤリ・ハット情報を含む)を、同業者が共有できる形で蓄積し、安全管理技術の向上に活用できれば、事故の再発防止に役立つと考えられる。
ただし、この連携は独占禁止法に抵触するおそれがあるので、企業法務・弁護士等を交えて合法性を確保できる範囲・方法で行う必要がある。
8) お客様相談窓口
ブランド・イメージを大切にし、多数の消費者を相手にする比較的大規模な企業では、顧客・一般消費者・販売店等からの相談や苦情を受け付けるために、お客様相談窓口を設置している。
対面・電話(多くはフリーダイヤル)・インターネット・郵便等で窓口に寄せられる相談の大半は、商品の取り扱い方や次期モデルのコンセプト・発売予定等に関する質問だが、一部に、使い勝手の悪さや事故に関する情報が混在する。
事故情報を受け付けた場合は、直ちに現場で現物を確認して事故が発生した状況をできるだけ正しく把握し、必要に応じて点検や修理等の適切な措置を講じる。この間の一連の経緯は書面や録音等で記録し、後日の顧客等との紛争を回避するとともに、企業内で再発防止策を講じるために用いる。
企業で万全の商品安全設計を行っても、消費者が想定外の使用をすることがあり、事故発生のリスクを完全に除去することは難しい。消費者の誤使用による事故が多発する場合は、商品企画や設計時の検討が十分であったか検証し、必要に応じて改善策を講じなければならない。
お客様相談窓口には、消費者目線で市場の実態を把握し、社会常識、公的な基準や規格、社内規程等に照らして必要と認める場合は、問題商品をリコールすべきことを経営責任者に進言する役割が期待される。
商品に対する顧客の苦情は、商品・表示の改善に有用なアイデアの宝庫であり、これを次期商品の企画・設計に反映して改善を重ねる企業は、市場の信頼を獲得して発展する。お客様相談窓口は、クレームの事後処理役だけでなく、次の改善モデルの発案者でもある。
a. コールセンター
コールセンターの主な業務内容は、電話・メールによる顧客サポート、通信販売等における受注、消費者(購入者・利用者)の相談・苦情への対応等であり、近年、電話勧誘を行う事例も現れている。ICT(情報通信技術)時代は、購入者と直接接するコールセンターのオペレータから受ける印象が、会社の印象になる可能性が大きい。例えば、損害保険会社のコールセンターは、夜間を含めて、事故受付・書類整理・申込みや解約、事故の調査等の多種の重要な業務を行っており、会社の好感度を左右する立場にある。コールセンターが聞いた消費者の声(意見・要請等)を分析して、次期モデルの商品企画に反映することを継続できれば、市場の企業好感度が向上する。
コールセンターの設置場所としては、通信コストの安いIP電話・インターネット等の使用が便利で、人材(女性雇用が多い)を確保し易い地方都市が有利とされる。
コールセンター機能は、企業内に専門部門を設ける例と、外部の専門企業に委託する例がある。いずれにしても、対応レベルの高いオペレータを確保することが重要で、対応履歴を担当者間で共有するシステムを構築するとともに、消費者(購入者、利用者)の質問を聴取して問題点を整理するスキルや電話対応等の研修を行って社員業務の高位平準化を図る企業が多い。
近年、運営コスト競争力や深夜受付対応力等の特徴を備えてコールセンター事業を行う企業が増えているが、この業務委託契約では、委託業務の内容、日常の業務内容の報告、情報セキュリティ管理、業務レベル向上の状況の確認等について詳細に定め、業務運営上の紛争が生じないようにする。特に、外国のコールセンターに委託する場合は、日本の社会常識との違いにも注意する。
b. 反社会的勢力(暴力団等)への対応
お客様相談窓口にとって悩ましいのは、受け付ける消費者の苦情の中に、暴力団等の反社会的勢力から寄せられるものが含まれることである。暴力的な要求行為や法的な責任を超えた不当な要求には、企業全員で一致して応じない姿勢が重要である。
日本政府[4]は、暴力団等[5]による企業の被害を防止するために、①組織としての対応、②外部専門機関との連携、③取引を含めた一切の関係の遮断、④有事における民事と刑事の法的対応、⑤裏取引や資金提供の禁止、という「5つの基本原則」を推奨している。
既に、全都道県が暴力団排除条例を制定[6]しており、全国銀行協会では、取引相手が暴力団であることが判明すると、その口座・貸金庫を強制解約する旨の契約条項(暴力団排除条項)の参考例を制定し[7]、会員銀行宛に通知している。
c. クレーム・事故への対応
商品に関するクレームや事故の第一報の大半は、営業(お客様相談センターを含む)に入る。そして、企業の第一印象は、この第一報を受けた者の対応によって形成される。このように、営業は「企業の顔」の役割を果たしている。
個々のクレーム・事故には、営業・品質管理・製造・技術等の関係部門が必要な情報を共有して連携し、迅速かつ適切に対応する。そのためには、①日頃から、事実関係を、正確性・客観性・分類要素の妥当性等が確保されるように整理して分析可能なデータとして蓄積し、②事故等が生じた場合は、社内で一元化された関係データを迅速に分析して必要な措置を講じる。このための対応マニュアル作成や日常の訓練が欠かせない。
社内情報の質と量が不十分な場合、または分析結果を市場・官公庁に提示するスピードが遅い場合は、社外から追及を受けて、釈明に追われることになる。このため、重大な案件では、初期対応の段階から情報収集及び経営判断の権限を持つ経営幹部が対応に関与する例が多い。
日本国内の重大事故は、行政機関の長・都道府県知事・市町村長・国民生活センターの長から法定の方法で内閣総理大臣(消費者庁長官に委任[8])に通知され[9]、最終的に、消費者庁と国民生活センターが連携して運営する「事故情報データバンクシステム」に登録されて、一般に公開される[10]。企業内の関係者がこの情報を共有して対策していないと、外部の第三者が公開情報を検索して事業者名・型式を先に知ることになり、対応が後手に回る。
[1] 保存期限は5~9年が多い。
[2] 例えば、ガス工作物に関する技術基準適合義務及びガス主任技術者(ガス事業法31~36条、28条、ガス事業法施行規則37条)・消費機器設置時の技術基準適合義務(ガス事業法40条の3)、LPガス・石油製品に関する保安点検義務(液化石油ガス法)、消防用設備等の点検を行う防火対象物点検資格者(消防法、消防法令)、消防設備士、エレベーター・エスカレーターに関して建築士(1級・2級)又は昇降検査資格者による検査報告書提出義務(建築基準法8条、12条、建築基準法施行令129条の3)、消防設備士・消防設備点検資格者による消防用設備の点検(消防法17条の3の3)
[3] 特定ガス消費機器の設置工事の監督に関する法律
[4] 平成19年(2007年)6月19日 犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ
[5] 暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等の属性を有する。
[6] 東京都暴力団排除条例(2011年10月11日施行)の例: 【目的】暴力団が都民の生活や事業活動に介入し、これを背景とした資金獲得活動によって、都民等に多大な脅威を与えている現状にかんがみ、都民の安全かつ平穏な生活を確保し、事業活動の健全な発展に寄与すること。【基本理念】暴力団を恐れない、暴力団に金を出さない、暴力団を利用しない、暴力団と交際しない 1.暴力団排除活動の推進に関する基本的施策等 (1)都の事務事業に係る暴力団排除措置 (2)青少年の教育に対する支援 (3)暴力団からの離脱支援 (4)保護措置 2.都民等の役割(努力義務)(1)青少年に対する措置 (2)祭礼等における措置 (3)事業者の契約時における措置 (4)不動産譲渡等における措置 3.禁止措置 (1)暴力団事務所の開設及び運営禁止 (2)青少年を暴力団事務所へ立ち入らせることの禁止 (3)妨害活動の禁止 (4)他人の名義利用の禁止 (5)事業者の暴力団関係者に対する利益供与の禁止。これらに対して罰則・命令・勧告・公表(自主申告者には適用除外制度)で実効性を担保する。
[7] 2009年9月24日 全国銀行協会「普通預金規定、当座勘定規定および貸金庫規定に盛り込む暴力団排除条項の参考例の制定について」
[8] 消費者安全法47条1項
[9] 消費者安全法12条1項(事故情報の通知)、4項(全国消費生活情報ネットワークシステム「PIO-NET」への入力)
[10] 2016年12月末(2009年9月登録開始以降蓄積)の登録事故情報は188,407件である。