実学・企業法務(第80回)
第2章 仕事の仕組みと法律業務
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅶ 法務
多くの企業の法務部門は、業務時間の大半を、契約・約款の作成・審査、他部門からの法律相談対応、訴訟・事件対応に充てている。
どの企業でも、法務は最も新しく形成された機能の一つだが、法務部門が組織される以前も、その法務機能は他のいずれかの部門が担当しており、法律業務自体は企業内に存在していた。法務が組織として独立した後でも、(1)販売・宣伝部門では消費者対応、景品表示規制対応、著作権・肖像権等の権利処理、独占禁止法遵守等、(2)技術・品質管理部門では技術基準等の法令遵守・製造物責任対応・リコール対応、(3)製造関係では下請規制対応、購買・営業・経理関係では取引先の倒産対応等の法律業務を、法に従って適切に遂行している。
また、経理は税務・会計、人事は労働法関係の法令に精通し、それぞれその分野の訴訟を自ら担当する力を備えている。
他の部門が高度な専門知識を有している場合は、法務には、紛争解決のための法的助言に加えて、民事訴訟の準備書面の作成協力や、再発防止のための助言が求められる。
近年、企業の違法行為が発覚して経営の危機に直面し、トップが辞任に追い込まれる事件が多いことに鑑み、これまで法務機能に含まれていた「遵法」と「リスク・マネジメント」の両機能の中から「遵法」機能を分離・独立させて「コンプライアンス部門」として機能強化を図る企業が増えている。
米国の企業では、法務部門の責任者(米国弁護士)がゼネラル・カウンセル(General Counsel)として経営幹部の一員となり、幹部が経営判断する際に中立的立場で法的観点から意見具申する例が多い。このゼネラル・カウンセルの仕組みは、日本企業が法務機能、遵法機能、リスク・マネジメント機能等の強化を検討する際に、参考になる。
〔法務の3機能〕
法務部門が企業経営の中で果たす役割を、次のように、案件対応(臨床)、予防、戦略の3種類に分けて考えると分かり易い。
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(ⅰ) 案件対応(臨床)
どの企業の法務も、(1)法令が制定・変更されると自社への影響を分析して対応策を検討し、(2)事件や紛争が発生した場合は裁判・和解・ADR[1]等で事後的に解決する、という「案件対応」を行っている。開発・設計・製造・販売・代金回収の業務に直接かかわることがない法務部門が自ら案件対応の経営責任者になることはほとんどなく、法務は専ら他部門で生じた案件の法的処理・解決を支援する立場にある。
企業内で個々の案件への対応を検討するとき、法務には、法律的視点で論点を整理し、複数の解決策を挙げてそれぞれの根拠法と長所・短所を事業責任者等に示すことが求められる。事故・紛争の場合、関係者間の話し合いで解決できればよいが、まれに、裁判になることがある。裁判では、準備書面の作成に慣れた法務担当者が、依頼した弁護士ととともに、さまざまな準備作業を行って、社内で訴訟事務の中心的役割を果たす。小さな事故・紛争も、対応を誤ると、マスコミが注目する大きな事件になる可能性があるので、気が抜けない。
なお、反社会的勢力(又はその疑いがある者)との取引に係る債務に関して紛争が生じた場合は、裁判を避けず、判決を得てそれに従うのが禍根を残さない解決方法である。司法の判断に従えば、世間は納得する。 -
(ⅱ) 予防
トラブルや不具合の発生を事前に予想し、適切な措置を講じることによって負のリスクの発生を防ぎ、又は、発生した場合の損害を最小にするのが「予防」である。
リスクを最小化するためには、原因を除去し、現象の発現を抑制し、もし発現した場合は損害を最小にする対策を講じる。損害の発生に備えて保険を掛けると、対策の選択肢が多くなる。どの企業でも、事業遂行に伴って生じるさまざまなリスクを想定し、必要と考える範囲で予防策を講じている。
契約を締結する場合は、契約の中に、リスクが事業に与える影響を最小化するための条項を入れる。一般的に、損失を招くリスクの洗い出しと対策が行われるが、想定外の利益が出た場合も、その利益を「分配する」か「拡大再生産のために投入する」か等の方針について当事者間で摩擦が生じることがあるので注意する。
市場で製造物責任のクレームが発生する可能性がある商品が見つかった場合は、社告して回収することの必要性を検討する。しかし、法務担当者には、このような紛争処理からさらに一歩踏み込んで、商品への警告表示や取扱説明書への記載の方法等の予防についても指導・助言することが期待される。商品が生産・出荷される工程からできるだけ上流に遡って、商品企画・設計等の段階で対策すれば、遡った分だけリスクを小さくできる。
ただ、これを実践するためには、技術法規を含む関係法令、現場の作業方法、消費者動向等を含む事業全般の総合的な知識やリスク低減のノウハウを身につける必要がある。 -
(ⅲ) 戦略
予防より一段と高い視点に立ち、将来の事業のあり方を考えて、事業再編の方法、提携候補の選出、新ビジネス・モデルの構築、事業インフラの構築、既存の法令の変更等を検討・起案・実施する取り組みを「戦略法務」ということがある。
その定義は人によってさまざまで、一律ではない。 - 次に二つの例を示す。
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(例1) 法律を手段(道具)として活かす。
事業のあり方を企画して実践する。事業再編、業務提携、通商問題に起因する生産拠点のシフト等を検討する際の、条件・代替案の提示等がこれにあたる。ハーバード流交渉術に見られる着眼点の実践もこの事例の一つと考えられる。
なお、技術の進展に伴ってビジネスの構造と関係法令が常に変化しているICTや著作権に関する分野においては、法務部門がビジネス・モデルの構築に関与する例が多く見られる。 -
(例2) 企業倫理を企業に定着する。
企業倫理の定着は、究極の戦略法務と考えられる。近年、法務機能の中からコンプライアンス機能を分離独立して、コンプライアンス部門を新設する企業が現れている。