◇SH1628◇債権法改正後の民法の未来6 事情変更(5・完) 平井信二(2018/02/06)

未分類

債権法改正後の民法の未来 6
事 情 変 更 (5・完)

アクト大阪法律事務所

弁護士 平 井 信 二

 

Ⅴ 今後の参考になる議論

3 諸外国の立法例等

 明文化やその要件、効果の検討を進めるに当たり、諸外国の立法例や立法草案等が紹介された[56]

 近時の立法や改正により事情変更の法理が明文化されたものとして、ドイツ民法、オランダ民法、ロシア民法がある。

 イタリア民法では、継続的もしくは定期的な履行を目的とする契約または履行まで期間を要する契約に限って、定められている[57]

4 他の試案

 事情変更の法理を明文化した場合の試案として、検討委員会試案、民法改正研究会試案、能見善久試案、五十嵐清試案が紹介されている[58]

 ただし、民法改正研究会においては、事情変更による解除の根拠規定を置くことは、それを理由とする履行拒絶を誘発する危険があるとして、研究会正案では事情変更についての規定は置かないとされている[59]

5 大阪弁護士会における検討状況

 中間試案作成に向けて仮に明文化する場合に大阪弁護士会において当初検討した案は、契約は守られるべきであることを表明した上で、事情変更があった場合には契約の拘束力から免れることがあることを表明するにとどめ、効果は信義則の適用として柔軟な解決を図る観点から定めないとしたものであった[60]

 その後、効果を定めないとした点について他の委員からの賛成意見も存在したものの、改めて検討の上、契約改訂をその効果として認める解釈を否定するものでないことを立案担当者解説等で明確にすることを前提に、有志案として以下の案を提示しており、最終の提案内容はこれに近似したものとなっている[61]

 「契約の締結後に、契約の基礎とした事情に著しい変更が生じた場合において、契約の趣旨に照らして当該契約を存続させることが信義衡平に反して著しく不当であるときは、当事者は、当該契約を解除することができる。ただし、事情の著しい変更が、契約の当時、各当事者が予見することのできなかったものであり、かつ、当該解除権を行使しようとする当事者の責めに帰することができないものである場合に限る。」

 

Ⅵ 所 感

 事情変更の法理については、具体的妥当性確保の観点から、同法理により救済されるべき事例が存在し、その必要性があることは否定できず、判例・学説上も、存在すること自体については争いがない。

 もっとも、明文化に向けてその外延を画するべく具体的な検討を進めていった場合、未だ、立法化に適するだけの十分な議論が詰められていない状況であったといえるのではないかと思われる。

 契約改訂についても、中間試案に対するパブリック・コメント以後は検討対象から外れたが、継続的契約における条件変更等[62]、解除によっては解決し得ない事例が存在し得ることからその必要性そのものは否定し難い。もっとも、改訂の手続や改訂の基準をどうするかについて困難が伴うといわざるを得ない。

 事情変更の法理には、一部無効同様、裁判官による契約内容の改訂という側面があることは否定できないところであって(なお、契約の解釈も場合によりその側面を含むといえ[63]、事情変更の法理の適用事例につき全て契約内容の解釈によって処理できるとする見解は過度の擬制を生じさせるおそれがあり、むしろ裁判官のフリーハンドによる判断に委ねる結果となる危険性があるのではないか)、謙抑的に適用すべきとの基本姿勢に留意し、この度の法制審議会においてなされた議論を参考にしながら、なお今後の議論の深化を待つこととしたい。

以 上



[56] 部会資料19-2、同48および同65。

[57] なお、1999年に制定された中国契約法では、その起草過程において事情変更の法理の明文化について激しい論争が繰り広げられ、すでに最高人民法院による特定の事件に関する個別の回答レベルの司法解釈においては同法理が承認されていたにもかかわらず、事情変更に関して明確な限界を定めることは困難であること、事情変更と商業上のリスクとを峻別することは困難であること、適用段階における判断にも困難が伴うこと、事情変更の原則が用いられるのは実際にはきわめて特殊な状況に限られる等の理由により、最終的に明文化されないこととなった経緯がある。石川博康「中国および台湾における事情変更の原則」岡孝ほか編『東アジア私法の諸相』(勁草書房、2009)167頁以下。もっとも、その後、2008年9月のリーマンショックを契機として、法令形式の司法解釈である「最高人民法院《中華人民共和国契約法》適用に関する若干問題に関する解釈(二)」(法釈[2009]5号)(2009年4月24日公布・5月13日施行)〔最高人民法院关于适用〈中华人民共和国合同法〉若干问题的解释(二)〕(26条)が出されており、現在の中国法においては、事情変更の法理が明文化されたといってもよいと評されていることにつき、村上幸隆「中国法と事情変更の原則」JCAジャーナル57巻3号(2010)48~59頁参照。

[58] 部会資料19-2。

[59] 判タ1281号109頁。

[60] 第60回議事録12頁において紹介されている。内容は、「契約を締結した当事者は、その契約内容を遵守し、契約締結後にその基礎となっていた事情が変更したとしても、契約内容に従った行動をしなければならない。ただし、契約締結後に生じた事情の変更が契約締結時に当事者において予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであって、その事情の変更により、契約内容に当事者を拘束することが信義則に照らして著しく不当である場合はこの限りではない。」というものであった。

[61] 第81回会議において配布された。

[62] ただし、継続的契約や長期的契約における条件変更については、抽象的には事情変更の予見可能性があるといえるが、具体的に事前の対処は困難であるという性質を有するという異なった側面がある。借地借家法11条および同32条、身元保証法4条、民法880条の適用場面を想起されたい。なお、中村肇「近時の『事情変更の原則』論の変容と『事情変更の原則』論の前提の変化について」明治大学法科大学院論集6号(2009)138頁を参考にした。

[63] 我妻榮『債権各論上巻』(岩波書店、1954)25頁。

 

タイトルとURLをコピーしました