◇SH1430◇実学・企業法務(第84回) 齋藤憲道(2017/10/12)

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実学・企業法務(第84回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

企業法務の形成とその背景

3)法務と知財の重要性が増大した背景

⑤ 消費者目線の要請増大

 どの時代でも、消費者問題は企業経営の重要なテーマである。政府も消費者の要請に応じて制度整備を進めてきた。

 日本では、第二次世界大戦後の混乱から立ち直った1968年に消費者保護基本法が制定され、2004年に同法が消費者基本法に改題・改正されて、消費者の権利と自立が明記され、2007年に消費者団体訴訟制度、2013年に消費者裁判手続特例法[1]が導入される等、消費者の立場は、行政による保護の対象から、司法手続きを利用できる権利の主体者に変わった。

 しかし、食品の不正表示や中毒事故・自動車の大規模リコール問題・ガスや石油機器による一酸化炭素中毒・建築物の耐震偽装・通信料金の不正請求・振込め詐欺等、悪質な消費者トラブルは後を絶たない。

 そこで、行政が全国の重大事故等を一元的に把握しつつ消費者目線で迅速・適切に対処することを主目的の一つとして、2009年に消費者庁と消費者委員会が設置された[2]。その後、消費者ホットライン(全国統一電話番号188)の設置、消費者事故情報データバンク[3]の創設、消費者基本計画の閣議決定[4]等、消費者行政は着実に展開されている。

 商品の虚偽表示や欠陥商品のリコール隠しが発覚して、経営者が辞任に追い込まれた事例は多い。企業にはこれまで以上に消費者指向(顧客指向)の経営が求められているが、企業内で消費者関係の事故・事件に係わることが多い法務部門は、これに対応できる見識を備えてきた。

 多くの企業で公益通報者保護制度の社内通報窓口が法務部門に設置されているのは、法務部門が備える見識が評価されているからであろう。

⑥ 司法制度改革の実現

 2001年に内閣総理大臣を本部長とする司法制度改革推進本部が内閣に設置され、利用者である国民の視点に立つ司法制度改革が、明確なルールと自己責任原則に貫かれた事後監視・救済型社会への転換に不可欠で重要かつ緊急の課題として進められた。

 この改革の中で、社会の法曹増員要請に応えて法科大学院が設置され、新司法試験[5]が実施され合格者数が増加した。

 裁判所では、裁判の迅速化が進み、知財高裁が設置され、建築・医療・知財等の専門知識が必要な裁判に専門委員制度が導入される等の改革が行われた。さらに、認定司法書士[6]が簡易裁判所で一定の範囲の代理等の業務を行い、弁理士[7]が弁護士と共同で特許権等の侵害訴訟の代理人になることが認められる等、資格に関する業務範囲も改正された。

 2009年からは、司法に対する国民の理解が進み信頼が向上することを目的として[8]、一般国民が殺人・強盗致死傷・現住建造物等放火他の重大な犯罪に関する刑事裁判に参加して有罪・無罪および刑罰を評議する裁判員制度が実施され、社会に定着した。企業ではこれに対応するために、社員が裁判員を務めるのに必要な有給休暇制度を設ける等している。

 一方で、2006年に日本司法支援センター(法テラス)[9]が設立される等、国民に十分な司法サービスを提供するための基盤作りが進められた。

 国民にとって司法が身近なものになると、新制度を利用して救済を求める者が増加し、企業ではこれの動きに対応できる体制の整備・構築が求められている。

⑦ICT(情報通信技術)の浸透に伴う法務と知財の融合領域の増大

 近年、企業の資産全体に占める知的財産のウェイトが増大している。企業において知的財産権を担当する組織は、それぞれの企業が擁する人材や組織運営の考え方を反映して編成されている。メーカーでは、通常、創業時から特許・商標等の知財が重要視され、事業の初期段階から知財組織を編成する例もある。その後、法務機能を強化して組織にするときは、知財と法務をそれぞれ独立の組織にするケースと、両者を統合して一つの組織にするケースがある。

 近年の情報化の進展等に伴って、法務と知財が協働・連携して担当する業務領域は増加している。例えば、コンピュータやネットワークを利用して行う事業では、営業秘密保護(情報セキュリティ)、個人情報保護、ビッグ・データ対応、著作権保護等が事業上の重要検討事項になるが、これらはいずれも従来の法務部門や知財部門だけでは対応できず、両者の緊密な連携や一体的運営が必要になる。

 法務部門の業務範囲は、自らの担当範囲を広く意識して、新たに出現するリスク対策まで含めるか、従来の担当範囲に狭く絞って事件・紛争の事後処理に徹するかによって、大きく異なってくる。

 ICT関連の企業法務は、その業務範囲に、新たな法制度の創設を含める方向にある。



[1] 「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」の通称。

[2] 消費者庁及び消費者委員会設置法

[3] 消費者庁と国民生活センターが連携して、事故の再発・拡大の防止に役立てるための事故情報・危険情報を関係機関から収集し、インターネットを通じて国民に提供するシステムである。2009年9月~2017年1月4日の蓄積件数は、188,668件である。

[4] 2010年3月に第2次消費者基本計画を閣議決定、2015年3月に第3次消費者基本計画を閣議決定。

[5] 新司法試験の選択科目に、倒産法、知的財産法、環境法等の法分野が採用された。

[6] 簡裁訴訟代理等能力認定考査を経て法務大臣から認定された司法書士のことで、司法書士法が定める簡易裁判所訴訟代理・民事調停代理・法律相談業務・裁判外の和解代理・少額訴訟債権の執行代理を行うことができる。(司法書士法3条1~3項)

[7] 特定侵害訴訟代理業務試験に合格した旨の付記を受けた弁理士は特定侵害訴訟に関して訴訟代理人となることができる。(弁理士法6条の2)

[8] 裁判員法1条           

[9] 平成27年度の法律相談援助件数は338,993件である。(日本司法支援センター業務実績「速報値」)

 

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