冒頭規定の意義
―典型契約論―
典型契約に対する消極的評価へのコメント(2)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
3. 鈴木祿彌博士の記述へのコメント
(1) 典型契約への該当性
【鈴木祿彌博士の記述(1)】
「さらに、実際に存在するすべての契約は、当事者の意思・取引慣行・その取引の置かれた具体的状況によって、千差万別の内容をもち、典型契約にピシャリとあてはまることは、原則としてはありえない、といえる。したがって、現実に存在する契約がどの典型契約に属するかの確定に腐心することは意味がない。必要なのは、いかなる事態においていかなる合意が存在したかを確定し、これを前提として、いかなる法的効果が賦与されるべきかを判定することである[1]。」(下線は引用者による)
【本稿からのコメント(1)】
この記述における「典型契約にピシャリとあてはまる」とは、どういう意味だろうか。
冒頭規定について考えてみると、冒頭規定の定める要件に「ピシャリとあてはまる」ことは多い(「ポイント(3)」)。これに対して、契約各則の中の(冒頭規定を除く)任意規定については、補充のための規定であり、そもそも「ピシャリとあてはまる」必要はない。
そして、第38回の【来栖三郎博士の記述(2)】への【本稿からのコメント(2)】で述べたように、各典型契約の契約書は、それぞれ多様なリスクを有しているがゆえに、「現実に存在する契約がどの典型契約に属するかの確定に腐心することは意味がない」との記述は誤りであり、「どの典型契約に属するか」の検討は大きな意義を有する。そして契約書作成者は、(制裁を回避するために、)ある契約が「典型契約のどれかにあてはまるのではないか」との意識を常に持つ必要がある(「ポイント(15)②」)。
(2) 複合契約
【鈴木祿彌博士の記述(2)】
「さらには、――社会的に見ると一つのまとまった三者以上の関係が、複数の契約関係の重層化から成立っている場合も少なくない。かかる場合には、かりにこれに関係する二人の間にあるのがA典型契約に当るということがいえるとしても、そこでのこの両者間の具体的関係は、この二人以外の者の関係する契約関係いかんに左右され、A契約関係とは多分に異なった効果を持つものとされていることも、ありえないではない。かかる場合には、これらの者の関係する社会的実体に即して、各当事者に与えられる法的効果がいかなるものかを判定するほかはないのである[2]。」(下線は引用者による)
【本稿からのコメント(2)】
ここでは、3者以上の当事者が、一定の目的のために複数の契約を結び、その中に典型契約を含むようなスキームが想定されている。こうした「複合契約[3]」においても、「当事者の合意による修正・排除はどの程度まで可能か」という観点が極めて重要である。「冒頭規定の要件に則った」契約がそうした複合契約の中に含まれるとき、当該「冒頭規定の要件に則った」契約が、制裁を有する別法上の典型契約であることを合意で排除することは難しいという点から出発する必要があるだろう[4]。鈴木博士の記述にある「社会的実体」がどのような内容であれ、「社会的実体」の検討の前段階として、「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」を検討することが、複合契約を考える際にも必要になるといえよう。
(3) 消費者契約法と任意規定
【鈴木祿彌博士の記述(3)】
「以上のように見てくると、ある契約関係がどの典型契約関係に近いかは、これを漠然として捉えることすらも、あまり大した意味をもたない、ということになるかもしれない。もっとも、典型契約ないし任意規定も、上述してきた意味だけではなく、これに国が定立したモデル契約的な意味があると認め、これと極端に異なった内容を持つ個別の契約は、そのかぎりにおいては、原則として正義に適せぬものとする立場を説く学者も少なくはない。そして、消費者契約法――の趣旨にしたがって、個別的な消費者契約以外の契約についてもその効力の有無につき判定をしようとする場合にも、このような見方からする任意規定の捉え方をまったく無視することはできないかもしれない[5]。」
【本稿からのコメント(3)】
「どの典型契約関係に近いか」を検討することはあまり意味が無いとする見解に対する批判的コメントは、【来栖三郎博士の記述(2)】に対する【本稿からのコメント(2)】で述べた。
消費者契約法については、次のような指摘が可能であろう。
対等に近い当事者の交渉では、「この条項で勝って、あの条項で譲って」という局面が多い。例えば、契約条項aは任意規定Aを排除しており、契約条項bは任意規定Bを排除しているような契約文例を考えてみよう。契約の一方当事者にとって、契約条項aは必ずしも望ましくないが、その当事者に有利に働く契約条項bとセットなら受入れ可能という状況は契約交渉上少なからずみられることである。そうした経緯を度外視し、事後的に、任意規定Aと契約条項aのみに焦点を当てて、「任意規定Aより不利か否か」を考えるのは、対等に近い当事者間の契約においては、妥当でない[6]。改めて、対等に近い立場の当事者による契約においては、消費者契約法的な「任意規定を基準とする」との考え方が妥当でないことを、明確にしておく必要があるだろう。
[1] 鈴木祿彌『債権法講義〔四訂版〕』(創文社、2001)718頁を参照。
[2] 鈴木祿彌・前掲注[1] 718頁を参照。
[3] ここでは、山田誠一教授の論稿を踏まえて、こうした複数当事者・複数契約によるスキームを「複合契約」と呼んでおく。山田誠一「『複合的取引』についての覚書(1)(2・完)」NBL485号(1991)30頁以下、486号(1991)52頁以下を参照。
[4]「複合契約論」も、「混合契約論」と同様に1つの大きなテーマであり、それぞれ1つの論稿を要すると考えられるが、ここでは上の言及に留めておく。
[5] 鈴木祿彌・前掲注[1] 718-719頁を参照。
[6] 仮に任意規定Aよりも条項aが不利であるがゆえに任意規定Aが適用されるとの判断が事後的に下されるとしたら、当事者の予測可能性(特にビジネス上の損益計算予測)は、極めて低下してしまうだろう。これは、対等に近い当事者の間の取引では、あってはならないことである。