◇SH1439◇電通、労働基準法違反に対する判決 鈴木正人(2017/10/17)

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電通、労働基準法違反に対する判決

岩田合同法律事務所

弁護士 鈴 木 正 人

 

 東京簡易裁判所は、2017年10月6日、株式会社電通(以下「対象会社」という。)に対して、労働基準法違反を理由に検察官の求刑どおり罰金50万円の有罪判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。対象会社では、2016年10月に関係役員2名が役員報酬の一部を自主返上し、同年11月に労働環境改革本部を設置して法令遵守の徹底、過重労働の撲滅、労働環境の改善に向けた抜本的な改革に取り組むこととし、2017年1月には社長執行役員(当時)が辞任するとともに関係役員計5名の月額報酬の減額、関係役員計4名の役員報酬の一部の自主返上が行われ、また、適宜、関係社員に対して社内規則に則り厳正な処分がなされていた。これらに加えて本判決日には、労働基準法違反の責任を明確化するため、改めて別の関係役員計3名に対する月額報酬の減額処分が行われた。

 本判決の事案は、対象会社の労働者の労働時間の管理を行う3名の部長が、労使協定(36協定)が有効であると誤信した上で、2015年10月から同年12月にかけて、所属の4名の労働者に対し、法定労働時間を超えて延長することができる労働時間は1カ月につき50時間などと定めた同協定に反して、1ヵ月に50時間を超えて時間外労働を行わせたものである。本件について同幹部3名は起訴猶予となった一方、2017年7月5日に法人としての対象会社が略式起訴され、同月12日に東京簡易裁判所は略式命令が不相当であるとして正式裁判が行われるに至り、本判決が下されたものである。

 本判決では量刑理由として、対象会社において業務プロセス、労働者の健康への配慮不足、労働基準法遵守などに関する課題を見いだし、これを解決し、労働基準法違反行為の再発を防止するために、午後10時以降午前5時までの業務原則禁止その他の措置を講じて、新しい働き方への転換を図っている姿勢がうかがえること、同社代表者が公判廷において反省の弁を述べるとともに再発防止を誓約していることなどの事情や本件と同程度の違法な時間外労働が認められた他の労働基準法違反事件との均衡が勘案された模様である。企業が従業員の労働時間の管理等や改善策を講じる場合にはこれらの事情は参考になろう。

 また、本件では簡易裁判所が検察官の略式起訴を不相当と判断し、正式裁判が行われた点も注目される。不相当の理由について明らかでないところ、平成27年度の司法統計によると略式起訴のうち公判請求がなされた事案が0.02%程度であること、同部長らが36協定の有効性につき誤信していたこと、略式起訴を契機に有罪確定前に官庁や地方自治体より指名入札停止処分を受けたこと、報道等による社会的制裁を受けたこと、自発的な役員・職員の懲罰処分を行っていたこと等の事情を勘案すると略式命令を出すのは「不相当」と判断する必要があったのかについては議論があろう。もっとも、労働基準法違反の略式起訴事案について不相当と判断されて公判に付されたとの点は今後の同種事案の処理にも影響を与える可能性があり、重要である。なお、略式手続(刑事訴訟法第6編)の概要については下図を参照されたい。

 なお、別件ではあるが、報道によると2016年9月には金融機関の行員の過労死(労災認定)に関連して同行員の保有株式を相続した遺族が株主となり取締役の安全配慮義務違反(適正な労働時間管理の懈怠)を理由に同取締役に対して金融機関の信用を失ったことによる損失分として約2億6000万円の賠償を求める株主代表訴訟が提起された模様である。企業の経営陣は、善管注意義務(会社法330条、民法644条)や法令遵守義務(会社法355条)の一環として労働基準法、労働安全衛生法、労働契約法等の遵守や対応について重要性が高まっているといえよう。働き方改革の流れに留意し、労務専門家等の意見を聴取した上で人事労務管理に対応していくことが肝要であろう。

 

略式手続(刑事訴訟法461条乃至470条)の概要

略式命令の対象、内容
(刑事訴訟法461条)

  1. ・ 略式命令の対象は、簡易裁判所の管轄に属し、かつ、百万円以下の罰金又は科料を科すことができる事件である。
  2. ・ 簡易裁判所は、略式命令の内容として百万円以下の罰金又は科料を科す他、刑の執行猶予、没収、その他の付随の処分をすることが可能である。

略式命令ができない場合
(同法463条)

  1. ・ 略式命令をすることができないもの(略式不能)、又は、これをすることが相当でないものであると思料するとき(略式不相当)は、簡易裁判所は略式命令ができない。

正式裁判の請求
(同法465条、466条)

  1.   略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から14日以内に公判請求をすることが可能である。正式裁判の請求は、第一審の判決があるまで取下げが可能である。

略式命令の効力
(同法470条)

  1.   略式命令は、正式裁判の請求期間の経過により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を取下げたときや、正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。
  1. (注) 本稿は筆者の個人的見解であり、筆者が所属し又は所属した団体・組織の見解ではない。

 

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