コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(31)
―組織風土改革運動実施中の従業員の反応―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、筆者が事務局長として推進した「組織風土改革運動」のきっかけとなった団体の不祥事の内容とその影響、信頼回復運動を進めるに当たり作成した組織理念と行動規範、組織風土改革運動の進め方等について具体的に述べた。
今回は、前回の続きとして、具体的に運動をどう進めたのか、その時に従業員はどう反応したのかについて述べる。従業員の反応は、組織(文化)によりさまざまであると思われるが、不祥事発生直前にコンサルタント会社に依頼して(偶然)実施した組織風土調査[1]によれば、この団体の従業員の気質は「まじめで、上司の指示に逆らわず素直だが、民間企業に比べてややのんびりしており、内向きで均一性が高い」という指摘がされていた。
牛乳不正表示事件が発生した背景には、社会の良識よりも業界や組織の論理に染まりやすく、上司の命令に無批判に従い不正を認識しなかった内向きの組織体質に問題があったのではないか、と筆者は感じていた。
【組織風土改革運動実施中の従業員の反応】
1.運動の進め方
(1) 会長による運動実施の宣言と事務局員任命式
牛乳不正表示事件が発生して3ヵ月後、引責辞任した会長に代わって新たに就任した会長(酪農生産者)が、各職場の課長クラスから選任された全国の事務局員を本所に集め、組織風土改革運動の実施を宣言し、運動事務局員の任命式を行った。これにより、草の根的に発生した組織風土改革運動を組織として正式に承認することを明確にし、現場の従業員が動きやすい環境を作った。任命式では、新会長(運動推進本部長)が、組織使命の重要性、明確に自分の意思をもって行動することの重要性を述べ、団結して運動を成し遂げようと呼びかけた。
(2) 職場討議結果の情報開示
職場に帰った運動事務局員は、職場ごとにテーマに沿って討議を進め、その結果を本部運動事務局に報告、本部運動事務局はその内容をニュースレターにまとめて、各職場にフィードバックするとともに、他のステークホルダー(会員農協、消費者団体、行政、取引先、金融機関、業界団体等)にも配布した。
ステークホルダーの反応は、おおむね良好で、組織が自浄作用を働かせ始めたと受け止められたが、業界の一部からは「自己満足的な活動で、今後の運動の推移を見なければ、組織が本気で生まれ変わろうとしているのかわからない」という冷ややかな声もあった。
職場討議の概略は、表1のとおりであった。(公表した運動ニュースを筆者がまとめた)
テーマ |
討議結果 |
第1ステップの統一テーマ:事件を考える |
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サブテーマ |
職場討議の要約 |
失った社会的信用は何か |
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何故、この事件は起こったのか |
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この事件の背景にある組織の基本的課題は何か |
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この事件から何を学ぶか |
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以上の職場討議と併行して、各工場では工場開放による消費者との交流、製造・販売一体となった地域イベントへの参加により信頼回復に努めた。その際、消費者から厳しい意見や励ましの言葉を受けたが、信頼回復に汗を流す職員の姿は運動ニュースを通じて全国に伝えられ共有された。
このように、組織風土改革運動は比較的スムーズに立ち上がった。
次回は、この運動を職場で牽引した運動事務局員の声や運動の第2ステップについて述べる。
[1] 事件発生当時(1996年、Y社の食中毒事件の4年前)の酪農・乳業界では、GATTウルグアイラウンドによる農業の国際化に対する危機感が高まっていた。この団体は、酪農協の全国連合会として、環境変化に対応して組織革新を行うために、組織風土の現状を調査した。