◇SH3224◇最二小判 平成30年3月19日 保護責任者遺棄致死(予備的訴因重過失致死) 被告事件(菅野博之裁判長)

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  1. 1 刑法218条の不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為の意義
  2. 2 子に対する保護責任者遺棄致死被告事件について、被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
  3. 3 裁判員の参加する合議体で審理された保護責任者遺棄致死被告事件について、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すべき義務がないとされた事例

  1. 1 刑法218条の不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為は、老年者、幼年者、身体障害者又は病者につきその生存のために特定の保護行為を必要とする状況(要保護状況)が存在することを前提として、その者の生存に必要な保護行為として行うことが刑法上期待される特定の行為をしなかったことを意味する。
  2. 2 低栄養に基づく衰弱により死亡した被告人の子(当時3歳)に対する保護責任者遺棄致死被告事件について、被告人において、乳児重症型先天性ミオパチーにり患している等の子の特性に鑑みると、子が一定の保護行為を必要とする状態にあることを認識していたとするには合理的疑いがあるとして被告人を無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決は、第1審判決の評価が不合理であるとする説得的な論拠を示しているとはいい難く、第1審判決とは別の見方もあり得ることを示したにとどまっていて、第1審判決が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえず(判文参照)、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり、同法411条1号により破棄を免れない。
  3. 3 保護責任者遺棄致死罪として起訴されて公判前整理手続に付され、検察官が、公判前整理手続期日において、公判審理の進行によっては過失致死罪又は重過失致死罪の訴因を追加する可能性があると釈明をするなどした後、裁判員の参加する合議体により審理が行われ、第1審裁判所の裁判長が、証拠調べ終了後の公判期日において、検察官に対して訴因変更の予定の有無につき釈明を求めたところ、検察官がその予定はない旨答えたなどの訴訟経緯、本件事案の性質・内容等(判文参照)に照らすと、第1審裁判所としては、検察官に対して、上記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、更に進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すべき義務を有するものではない。

 1~3につき 刑法218条、219条
 2につき 刑訴法382条、411条1号
 3につき 刑訴法312条、刑訴規則208条

 平成28年(あ)第1549号 最高裁平成30年3月19日第二小法廷判決 保護責任者遺棄致死(予備的訴因重過失致死) 被告事件 破棄自判 (刑集72巻1号1頁登載)

 第2審:平成28年(う)第27号 大阪高裁平成28年9月28日判決
 第1審:平成26年(わ)第5542号 大阪地裁平成27年11月30日判決

1 事案の概要 

 本件は、乳児重症型先天性ミオパチー(以下「ミオパチー」という。)と診断されていた当時3歳の幼児Aを実母として監護していた当時19歳の被告人が、同児を共に監護していた夫(同児の養父)と共謀の上、同児の生存に必要な保護をせずに、低栄養に基づく衰弱により死亡させたとして起訴された保護責任者遺棄致死の事案である。

 裁判員裁判で審理された第1審は、Aの要保護状態を被告人が認識していたと認められないとして無罪を言い渡した。これに対し、検察官が控訴し、原判決は、Aが要保護状態にあることを被告人が認識していたと認められるとして、事実誤認を理由に第1審判決を破棄して差し戻す旨の判決をした。さらに、被告人が上告したところ、本判決は、原判決を破棄して控訴棄却の自判をし、第1審判決の無罪が確定した。

2 判示事項1について

 不保護による保護責任者遺棄罪(以下「不保護罪」という。)を含む広義の遺棄罪は、通説によれば、抽象的危険犯とされ、その保護法益には生命のみならず身体も含まれると解されており、真正不作為犯である不保護罪の実行行為である不保護行為の解釈を的確に行わなければ処罰範囲が著しく広がってしまうおそれがある。そのため、不保護行為該当性判断においては、実質的危険性の判断が不可欠であるとも指摘されていた。しかし、不保護罪の実行行為(不保護行為)の意義については、これまでは、専ら「遺棄」との区別に焦点が当てられて論じられるにとどまり、実行行為該当性の判断枠組みという観点から論じられることは余りなかったように思われる。

 そのような中、本判決は、最高裁として初めて、保護責任者不保護罪の実行行為の意義を明らかにしたものである。

 刑法上の不作為は、何もしないことではなく、刑法上期待された行為をしないことを意味すると解されている。そこで、一定の不作為が不保護行為(実行行為)に該当するか否かを判断するに際には、刑法218条の実体法解釈に基づき、刑法上期待される行為として何をなすべきであったのかという義務の内容や、その義務懈怠(不作為)の程度を検討する必要があり、義務内容となるべき保護行為が具体的に特定されていなければ、それが刑法上期待される行為といえるかどうかを評価することができないであろう。

 さらに、刑法218条の文言や趣旨に照らすと、不保護罪が成立するためには、要扶助者(老年者、幼年者、身体障害者又は病者)につき、その生存のために一定の保護行為を必要とする要保護状況が存在していることが前提とされていると解される。したがって、ある行為が刑法218条により期待される保護行為であるといえるためには、要扶助者の置かれた個々の状況に照らして、その行為を必要とする具体的な要保護状況が存在していることが当然の前提となろう。

 このようなことから、本判決は、判示事項1のとおりの判断を示したものと思われ、不保護罪の実行行為を検討する上で、重要な意義を有すると考えられる。

3 判示事項2について

 本件では、要扶助者であるAがミオパチーにり患していて、元々体重が軽く、筋肉が付きにくいなどの特性があったという特殊事情があり、この点を、故意(Aの要保護状態の認識)の認定においてどのように捉えるかについて、1、2審の判断が分かれていた。そこで、本判決は、いわゆるチョコレート缶事件に関する最一小判平成24・2・13刑集66巻4号482頁が示した審査方法を踏襲し、原判決が、第1審判決につき論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを具体的に示しているかどうかを検討している。

 この点につき、第1審判決は、ミオパチーにり患している等のAの特性に関する前提知識がある者がAを見た場合にどのように認識され得るのかという観点からみると、Aの体格等の変化や痩せ方に関する事実のみでは、被告人の弁解を排斥できず、Aが本件保護行為を必要とする状態にあったと認識していたと合理的疑いなく推認できないとして被告人を無罪としているところ、本判決は、第1審判決に事実誤認があるとした原判決の判断について、「Aの体格等の変化や痩せ方の異常性の程度について被告人が誤解していた可能性を認める余地があるとした第1審判決の評価が不合理であるとするだけの説得的な論拠を示しているとはいい難い」、「①から⑤までの点(判文参照)に関する原判決の判断は、第1審判決とは別の見方もあり得ることを示したにとどまっていて」「第1審判決の判断が不合理であることを十分に示したものとはいえない」、などと指摘し、原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があると判示した。

 本判決は、故意を争点とする裁判員裁判において被告人を無罪とした第1審判決の不合理性を原判決が示すことができていないとの事例判断を示したものであり、事後審としての控訴審のあり方を考える上で、実務上の参照価値が高いものと思われる。

4 判示事項3について

 検察官は、控訴趣意において、第1審裁判所には、検察官に対し重過失致死罪に訴因を変更するよう促し又はこれを命じる義務があったとして、これを行わずに無罪判決を言い渡した第1審には訴訟手続の法令違反があると主張していた。これに対し、本判決は、公判前整理手続を経て裁判員裁判により審理された第1審の審理経過を具体的に認定した上で、本件では、第1審裁判所が求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものであるとして、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務はないと判示した。

 訴因変更命令等の義務の有無については、殺人罪の訴因から重過失致死罪に訴因変更すれば有罪であることが明らかな場合に、例外的に訴因変更を促し又はこれを命ずる義務があるなどとした最三小決昭和43・11・26刑集22巻12号1352頁、傷害致死被告事件において現場共謀から事前共謀の訴因に変更することにより共謀共同正犯として罪責を問いうる余地があるとされた事案について、検察官の釈明状況など諸般の事情に照らして、訴因変更命令等の義務がないとした最三小判昭和58・9・6刑集37巻7号930頁があるが、公判前整理手続を経た裁判員裁判の事例に関する最高裁判例はなかった。

 公判前整理手続が導入された趣旨及び裁判員裁判において当事者が果たすべき訴訟上の責任に照らし、裁判所は、判断者に徹することが一層求められているのであり、裁判所が検察官に対して訴訟法上の求釈明義務を負うと解されるような場面自体が例外的なものとなっている現在の実務において、訴因変更の勧告又は命令が裁判所に義務付けられるような事態はほとんど想定し難いであろう。

 本判決は、最高裁として初めて、公判前整理手続を経た裁判員裁判事件における訴因変更に関する裁判所の訴訟法上の義務を否定する事例判断を示したものであり、注目される。

 

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