日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第63回 仲裁判断後の手続(7)-仲裁判断の承認・執行その3
2. 仲裁判断の承認・執行
(8) 仲裁判断の承認・執行に関する統計(東京地裁本庁)
第58回の1(7)項で述べたとおり、本年7月、東京地裁本庁における仲裁関係事件の審理の状況等について、裁判所書記官による論考が公表された[1]。以下、当該論考に記載された統計数値のうち、仲裁判断の執行決定に関するものを紹介する(但し、当該統計数値は、概数とのことである)。
平成16年から平成28年にかけて、日本全国の裁判所に申し立てられた仲裁関係事件の事件数は合計144であり、このうち東京地裁本庁に申し立てられたものは合計74である。この74件のうち、仲裁判断の執行決定に関する申立の件数は34件であり、件数が最も多い手続類型となっている。
この34件のうち、審理中のものは2件であり、32件が少なくとも一審が終了しているところ、この32件の結論の内訳は、申立を認めたもの(執行決定を認めたもの)が23件、申立を却下したもの(執行決定を認めなかったもの)が1件、申立が取り下げられたものが7件、その他が1件となっている。なお、申立が取り下げられたもの中には、実質的には和解が成立したものが含まれている可能性があると思われる。
裁判所が執行決定を認めるか否かの判断を行ったものは合計24件であり、このうち23件において執行決定が認められているから、その割合は95%超である。この数値からは、日本の裁判所は基本的に仲裁判断を尊重し、これに基づく強制執行を認める傾向にあると言うことができる。
審理期間であるが、上記32件について、一審が終了するまでの期間は以下のとおりである。
・ 3ヵ月以内に終了 - 11件(34.38%)
・ 3ヵ月超6ヵ月以内に終了 - 5件(15.63%)
・ 6ヶ月超1年以内に終了 - 8件(25.00%)
・ 1年超2年以内に終了 - 4件(12.50%)
・ 2年超3年以内に終了 - 2件( 6.25%)
・ 3年超4年以内に終了 - 1件( 3.13%)
・ 4年超5年以内に終了 - 0件( 0.00%)
・ 5年超 - 1件( 3.13%)
6ヵ月以内に終了しているものが半数である一方、1年を超えるものが25%を占めており、審理が長期化するものと、短期間で審理が終了するものとに二極化していると見受けられる。また、審理期間が1年を超えるものの多くにおいては、被申立人(仲裁判断における敗訴当事者)が仲裁判断の取消を申し立てているとのことである。
前回(第62回)の2(7)項で述べたとおり、同一の仲裁判断について仲裁判断の執行決定に関する手続と、仲裁判断の取消に関する手続とが併存する場合には、通常は手続を併合するなどにより判断の統一を図ることが合理的であり、実際、上記の裁判所書記官による論考によれば、二つの手続についての裁判所の判断は、基本的に同時期となるとのことである。このような運用の下、二つの手続が併存する場合には、審理期間が長期化する傾向にあるとのことである。
(9) 仲裁判断の承認・執行に関する日本の裁判例
仲裁判断の承認・執行について定める日本の仲裁法45条及び46条について、判例データベースで検索をしたところ、得られた裁判例は大阪地裁平成23年3月25日決定[2]の1件のみであった。これ以外にも、仲裁判断の承認・執行に関する裁判例はあるものの、現行仲裁法が施行された平成16年3月1日以降の裁判例となると、上記大阪地裁決定以外には見当たらなかった。
上記大阪地裁決定は、執行決定を認めるという、仲裁判断を尊重するものであった。
対象となった仲裁手続は、CIETAC(中国国際経済貿易仲裁委員会)のもので、仲裁判断の内容は、日本企業に対して日本円にして合計約7000万円の支払及び費用負担を命じるものであった。支払を受ける勝訴当事者は、中国企業であった。
承認・執行の拒絶事由について、敗訴当事者である日本企業は、特に主張・立証を行っていなかったため、上記大阪地裁決定も特に具体的なことは述べていない。上記大阪地裁決定が具体的に述べていることは、①ニューヨーク条約、②日中貿易協定、及び③日本の仲裁法の適用関係であった。
すなわち、中国における仲裁判断の承認・執行については、日本及び中国が①ニューヨーク条約の締約であるほかに、②日中貿易協定を締結している。また、日本における承認・執行については、③日本の仲裁法が規定している。そこで、上記①から③の適用関係が問題となる。
この点、③日本の仲裁法が、①ニューヨーク条約及び②日中貿易協定に劣後することは、日本国憲法98条2項が、条約の遵守を定めていることから明確と解される。
そこで、①ニューヨーク条約及び②日中貿易協定のいずれが優先するかが問題となるところ、ニューヨーク条約7条1項は、二国間条約の効力に影響を及ぼすものではないと定めている。この点につき、上記大阪地裁決定は、「ニューヨーク条約と当該他の条約との関係がいわば一般法と特別法の関係にあるものとして、当該他の条約を適用することを規定したものと解される」と述べ、②日中貿易協定が、①ニューヨーク条約に優先するとした。
但し、②日中貿易協定の承認・執行に関する定めは、「その執行が求められる国の法律が定める条件に従い、関係機関によって、これを執行する義務を負う」というものである。そこで上記大阪決定は、「その執行が求められる国の法律」である③日本の仲裁法を適用して、その45条及び46条に従って判断をすることとした。その結論が、執行決定を認めるものであったことは、上記のとおりである。
このように、結局は一番劣後する③日本の仲裁法に従って、上記大阪地裁決定は判断を行った。これに対し、日中貿易協定の「その執行が求められる国の法律」は、ニューヨーク条約が国内法的効力を有することから、ニューヨーク条約がこれに該当し、③日本の仲裁法ではなく、①ニューヨーク条約に従って承認・執行の判断をするべきとの見解もある。
中国における仲裁判断を日本において承認・執行する場面においては、このように①ニューヨーク条約によるべきか、あるいは③日本の仲裁法によるべきかという点で見解が分かれているものの、③日本の仲裁法はニューヨーク条約をもとに立法されているため、両者の内容は基本的に同一である。したがって、これらの二つの見解で、実際に結論が変わることは想定しがたいと思われる。
以 上