コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(55)
―掛け声だけのコンプライアンスを克服する⑥―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、経営者の掛け声だけのコンプライアンスを克服する方法として、7. メディアと大学教育について述べた。
メディアは、単に事件が発覚したときにその問題を取り上げるだけではなく、日頃から特集記事を組む等により、幅広くかつ強力に、社会や経営者にコンプライアンス・CSR経営の重要性を認識させるべきである。
大学は、利益を得る方法の教育に力を入れるだけではなく、コンプライアンス・CSR関連講座を充実させるべきである。なぜならば、それは、学生が社会人になった時に、組織不祥事に加担あるいは巻き込まれて取り返しのつかないことになる可能性を減らし、社会の期待と要請に応える組織経営を認識するのに役立つからである。
今回は、コンプライアンスに理解がなく掛け声だけの経営者にパワー(影響力)を行使するものとして、業界団体の役割について考察する。
【掛け声だけのコンプライアンスを克服する⑥】
8. 業界団体の役割
業界団体は、組織間の取決めや経営トップ間のコミュニケーションを通じて、掛け声だけの経営トップにもコンプライアンス経営の実施を促すことができる。ときには、行政の意向を受けて、コンプライアンス経営を促すソフトローの役割を果たすことも可能である。
わが国では、日本経済団体連合会や経済同友会のような業界横断的な大規模組織だけではなく、業界ごとに様々な団体が組織され、その組織目的に沿ってコンプライアンス経営を推進することができ、業界のスケールや業種が細分化されるほどきめ細かな指導ができる。
仮に、ある業界団体に加盟している企業が不祥事を発生させた場合には、その企業はその所属団体に迷惑をかけることになるので、他の加盟企業から強い有形・無形の圧力を受けることになる。
業界内の企業同士は、ある面では同じ市場で競争するライバルであり、他の面では同じ事情を抱えた仲間でもあるが、不祥事を発生させた企業は、業界ぐるみの不祥事体質に染まっていない場合には、業界に迷惑をかけたものとして、業界内の競合他社から非難を受け市場競争の餌食になりやすい。[1]
コンプライアンスを軽視する企業の経営トップは、不祥事の発生によりこのことを経験するまで「うちだけは大丈夫」との固定観念にとらわれ想像力を働かせることができずこのような場面を想定できないことが多い。
また、一般に、1社の不祥事が発覚すると、行政は、同様の不祥事について業界全体に調査・指導を実施する。業界団体は、行政からも一般社会からも、業界として会員企業にコンプライアンスを徹底することを期待されている。
したがって、業界団体は、単なる親睦会ではなく、この期待に応え会員企業の経営トップに働きかけ、コンプライアンス経営を促進するべきである。
しかし、実態としては、いかに業界のパイを拡大するか、補助金の受け皿をどうするか、あるいは社会の自業界に対する非難をどうかわすか等が業界団体のテーマとなることが多く、コンプライアンスを促進するために何をどうすべきかがテーマとなることは必ずしも多くないと思われる。
各業界団体は、コンプライアンス経営を促進するための分科会を設け、各社のコンプライアンス担当者を参加させて業界全体としてどうすればコンプライアンス経営を強化できるかを話し合い実行することにより、単独では形骸化しやすいコンプライアンス経営を実効性あるものにするように、経営トップに働きかけることが可能であると考える。
その意味で、業界のリーダー企業の果たす役割は大きいと思われるが、近年問題となっている談合事件のあった業界のように、業界をあげて経営トップが談合撲滅を宣言したにもかかわらず、相変わらず談合が続くケースもある。
これは、業界には業界の組織間に、長年の慣習や価値観である「談合」に関する悪しき「組織間文化」が形成されていて、容易に組織間文化の革新ができない点に問題があると思われる。
これを打破するためには、今回効果のあったリニエンシー制度の導入のように、革新的制度の導入とともに、談合の組織間文化を革新する必要があると思われる。
その場合には、組織文化の革新の手法を組織間に応用することが考えられる。
例えば、業界トップ層の企業が、業界として一斉に談合撲滅を宣言し、談合の有無をチェックする法務・コンプライアンス部門に優秀な人材を多数配置し[2]、(時には第3者の専門家も加わって)談合撲滅のビジョンと道のりを明示するとともに厳格に実行する等、掛け声だけでなく実際に業界をあげて取り組む必要がある。
(次回に続く)
[1] 筆者が経験した不祥事(牛乳不正表示事件)の時には、業界の信用を傷付けたことから、経営者は業界団体の役職を辞任するとともに、業界が使用する公正マークの使用を禁止され、公正マークの復活に数年を要した経験があるが、その間に、競業他社に取引先を奪われ、大幅に収益が悪化した。
[2] 筆者の知っている、談合撲滅宣言の先頭に立ったあるゼネコンでは、グループの要員が1万人以上いるにもかかわらず、法務・コンプライアンス部門には5人しか配置されていなかった。