◇SH1750◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(60)―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス③ 岩倉秀雄(2018/04/06)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(60)

―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス③―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、考察の分析枠組みや中小企業・ベンチャー企業のおかれている経営状況、コンプライアンスに取り組む必要性等について述べた。

 中小企業やベンチャー企業は、大企業に比べて経営に余裕がなく(特にベンチャー企業は成長にばかり目が行きやすく管理体制が追いつかないケースが多い)、コンプライアンスがおろそかになりがちだが、組織の持続的成長のためには、規模の大小や経営状況にかかわらずコンプライアンス経営が求めらる。

 中小企業・ベンチャー企業は経営者と従業員の距離が近いことから、経営者は、コンプライアンス体制を構築するだけではなく、コンプライアンス重視の意思を明確に表明し、業務上の意思決定に反映させ、手本を示し、コンプライアンス重視の価値観を従業員に納得させる必要がある。

 今回は、前回の続きとして、サプライヤーに対する取引先の要望の高まりと競争戦略上の必要性について考察する。

                           

【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス③:取引先の要望と競争戦略上の必要性】

1. サプライヤーに対する要求の高まり

 ISO26000(社会的責任規格)の要点の1つは、その企業自身のCSR体制の構築ばかりではなく、サプライヤーに対するCSR体制整備の要求(CSR調達等)を通して規格の普及を目指していることである。

 大手流通業や製造業等は、サプライヤーに対する品質やコスト面のチェックだけではなく、独自の「取引先行動規範」を定め、サプライヤーにその遵守を求めるとともに、実態を監査するケース[1]が増えている。

 したがって、大企業に製品やサービスを供給している中小企業は、その点からも一定水準以上のコンプライアンスやCSRに注力しなければ、取引先として認知されず、経営が成り立たなくなってきている。

 コンプライアンスは、CSR経営の前提、あるいはそれに含まれる中核となるものであり、コンプライアンス体制の整備ができない企業がCSR経営を謳うことはできない。

 そのため、持続的発展を目指す企業は、まず第一にコンプライアンス体制の整備が必要である。その意味で、CSR経営を謳う企業と取引を行うすべての企業にとって、コンプライアンス体制の構築は不可欠であり、企業規模をコンプライアンス体制構築の不十分さの言い訳にすることはできない。

 また、規模の大小や業種業態の違いに関係なくどんな企業であっても、得意先からの要請が無いとしても、リスク管理の視点から自社のコンプライアンス経営体制を整備しておく必要がある。なぜならば、国連グローバルコンパクトへの署名、OECD多国籍企業行動規範の順守、ISO26000のガイドラインに沿った経営の実施、SDGsと整合する経営の実施、統合報告書の作成等の実施圧力が大企業に対して強まっており、そのサプライヤーである中小企業に対しても、取引を通してコンプライアンス経営・CSR経営の実施圧力が強まっているからである。

 

2. 競争戦略上コンプライアンスの確立・浸透が必要である

 わが国の中小企業は、グローバルな市場で国際的な競争を展開しており、また情報技術の発達を背景に取引も広域化・グローバル化している。

 中には、国際的市場で世界最高レベルの技術力を背景に高いシェアを獲得している企業もある。

 しかし、競争に勝利するためには、高い技術力ばかりではなく、経営者の優れた哲学や理念、倫理観、責任感等に裏付けられたコンプライアンス重視の組織文化、リスクマネジメントや危機管理等、内部統制体制の充実や事業継続プランの策定等が求められてる。

 そして、それらが確立できれば、社会や取引先、金融機関等の信頼を獲得し、企業価値を更に高め強い競争力を得ることができる。

 反対に、高い技術力等のビジネス上の競争力があったとしても、経営者に倫理感が欠如しコンプライアンス違反による不祥事を発生させれば、社会や取引先の信頼を失いライバル企業に付け入る隙を与え、最悪の場合には倒産の憂き目に遭うことになる。

 その意味で、現代の組織の競争力は、技術力や研究開発力・マーケティング力ばかりではなく、組織トータルで見た企業価値向上努力により決まると言える。

 以上、すべての企業にとってコンプライアンス体制の構築が必要だが、あえて中小企業・ベンチャー企業の特性を踏まえ、コンプライアンス経営の必要性について確認した。

 次回からは、わが国の中小企業・ベンチャー企業の特性とコンプライアンス上の課題について考察する。

 


[1] イオン株式会社は、2003年より、取引先に対して「イオンサプライヤー取引行動規範」を定め、遵守宣誓への署名を求めている。また、監査によって実施状況をチェックするとともに、取引先従業員等からの通報窓口を開設している。同社に限らず、大手流通業や製造業では、内外のサプライヤーに対して、同様の手法でコンプライアンス経営の実施を求めることが増えており、企業によっては優れたサプライヤーに対する表彰を行っている場合もある。

 

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