弁護士の就職と転職Q&A
Q40「弁護士仲間で飲みに行くよりも、依頼者を接待すべきなのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
最近では、若手弁護士向けに「顧客開拓セミナー」が開催されるようになりました。その手のセミナーに参加した若手から「『同業者間の内輪でつるんでいないで、外に出て潜在的依頼者を飲みに誘え』と言われたのですが、どう思いますか」との質問を受けました。確かに、企業法務の世界でも、古くから「顧問料を貰っている企業には、担当者が自腹では行かない高級店に偶には連れて行ってご馳走してあげることで還元する」という作法も言い伝えられてきました。ただ、弁護士同士のネットワークの意味は依然として存在していますし、担当者も、社内の倫理規程上、接待を受けにくくもなっています。
1 問題の所在
司法修習20期代までの先生方が企業法務の基礎を築かれた後に、30期代で独立した弁護士の先生方と話していると、「弁護士の最大の依頼者は先輩弁護士である」との格言をよく聞かされます。確かに、企業法務の世界でも「当事務所ではコンフリクトがあるので、受けられない」という場面は存在します。また、大規模な総合事務所でない限りは、「この分野の相談を自分は得意としていないので、顧問先にこの分野に強い弁護士を紹介したい」ということも生じます。そういう意味では、「弁護士間のネットワーク」の営業上のメリットは、現在でも、失われていません。ただ、そのネットワークがうまく機能しづらくなっていることも事実です。まず、依頼者側からの弁護士費用のディスカウント圧力も強くなってきて、「面倒で採算に合わない案件を後輩に任せたい」という事情もあります。また、弁護士職務基本規程上、依頼者紹介には対価を支払うことも貰うこともできないとはされていますが、いつも「紹介するばかり」の立場にいたら、「見返りがないこと」に不愉快な気持ちが募り、紹介関係は長続きしません。
また、「依頼者企業の担当者への接待」も、以前ほどは効果的ではなくなりつつあります。まず、そもそも論として「外部弁護士と飲みに行けることがありがたい」と考える担当者は減りつつあります。かつては、「弁護士は尊敬すべき相手であり、教えを乞うべき存在」だったかもしれませんが、社内弁護士が広まったことは、「外部弁護士=適材適所で利用すべきベンダー」という感覚も同時に広めています。また、企業法務の弁護士の層が厚くなってきており、「案件に応じて適切な先を選ばなければならない」という意識が強まっています。そのため、「ご馳走してくれたからといって依頼できるわけではない」というのが担当者の本音です。
2 対応指針
弁護士ネットワークが営業に生きるのは、他の弁護士との間に「取扱業務」を棲み分けられる場合です。依頼者から相談を受けた弁護士が「自分では受任できない」と判断した場合に、「他に信頼できる弁護士」を紹介することも、依頼者に対するサービスの一環となります。ただ、優秀すぎる同業者に依頼者を奪われたら困るので、紹介を受けた弁護士としては、紹介元の弁護士との間の信頼関係を維持する工夫は必要となります。
また、依頼者企業の担当者と、仕事以外でもコミュニケーションを取ることは、営業上のメリットがあります。複数の外部弁護士を使い分けている企業においても、担当者としては、法律問題が生じた際には、まずは「電話しやすい先」の弁護士に相談しがちです。弁護士としても、入口段階の対応では費用を請求できなくとも、早期に相談を受けていることは、正式な依頼先を決める段階で、他に競合する事務所よりも効果的な提案をする事前準備につながります。
3 解説
(1) 弁護士間ネットワークの有効活用の前提条件(専門性)
弁護士が、税理士や弁理士といった他士業との連携をしやすいのは、「お互いのサービスに補完関係がある」からです。弁護士業界内でも、顧問事務所と共に、「知的財産」、「労働法(特に組合対応)」、「倒産法」や「独禁法」などの分野に特化したブティック事務所が活躍してきました。
これらブティック事務所にとっては、「当事務所は○○法に強い」という旗印を立てること、そしてそれを幅広く他の顧問事務所に認知してもらうことが第一歩になります。また、顧問事務所としても、自分たちが受けられない相談案件について、見ず知らずの外部弁護士に関与されるのにも不安が伴います。そこで、「この分野では経験豊富な外部弁護士がいるのでご紹介します」と言えば、面子も保てますし、代打で入る弁護士の行動にも予測可能性が得られます。
ここで「自分の代打に誰を紹介するか?」というのは、熟考した結果として人選がなされるというよりも、「依頼者から相談の概要を聞いた時に、代打要員として、まず誰の顔が最初に頭に思い浮かぶか?」という連想ゲームで決まりがちです。その連想ゲームには「そういえば、先週、一緒に飲みに行ったあいつは、○○法に強い事務所に居たよな」というような直近の記憶が大きく影響します。
(2) 弁護士間ネットワークの継続条件
弁護士同士の案件紹介がリピートするかどうかは、「紹介を受けた弁護士がそれを当然のことのように受け止めるか? それとも、恩義を感じて、その後の経過報告をして、次には恩返しをしようする姿勢を示すかどうか?」に大きく依存します。
案件の紹介は「忙しいところにすまないけど、うちのお客さんにこういう問題で悩んでいる先があるから、相談に乗ってくれないか?」という『お願いモード』で問合せがなされます。ただ、内心は「仕事を紹介してあげている」という気持ちが存在しています。そのため、紹介した後に、紹介先の弁護士からの連絡が何もないと不満が残りますし、「あの案件はどうなったんだろう」「次にあの依頼者に会った時にどう話せばいいか」という悩みも生じます。
案件紹介に対して、直接的な対価を支払うわけにはいきません。そのため、「返礼方法」としては、「紹介をしてくれた弁護士に対しては、それに見合った別の案件を今度はこちらから紹介してあげる」のがベストです。ただ、紹介に適した案件がタイミングよく来るわけではありません。それでも、せめて、紹介を受けた案件については(守秘義務を意識しながらも)紹介元に経過を報告する配慮は大切です。
(3) 依頼者との仕事外コミュニケーション
依頼者企業の担当者は、別に「高級な料理やお酒をご馳走してくれる外部弁護士」を信頼するわけではありません。
ただ、担当者は、弁護士と一緒に飲んだ際に「まだ、カチッとした相談をできるレベルではなく、予算も確保できていないのですが」と切り出すことにより、弁護士から「チャージしないから、気軽に電話してよ」という言質を引き出すことができれば、生煮えの問題も相談しやすくなります。弁護士としても、早い段階で相談を受けていれば、その後に社内で予算が確保されて「正式に外部事務所の委託先を選定するために複数事務所から見積りを取ろう」となった段階において、事前準備ができている分だけ、より効果的な提案をするチャンスは生まれます。また、価格設定面においても、担当者と懇意にしていれば、「他事務所からはもう少し安い見積書が届いています」と非公式なアドバイスを貰えることもあると聞きます。
このような「敷居を下げる」方法は、「飲みニケーション」に限定されません(社内の倫理規定もあり、担当者に「割り勘」の費用負担をかけてまで飲みに誘うべき場面は減っています)。「最近、案件でご一緒していませんが、何かあったら、ご一報下さい。」という目的では、ニューズレターを発行する事務所が増えています。ただ、質の高いコンテンツを提供するためには、執筆コストも無視できません(所属弁護士数が多ければ、数ヵ月に一回しか回ってこない執筆も、中小事務所では毎月回ってきてしまいます)。泥臭いと思われるかもしれませんが、「お中元」とか「お歳暮」を贈るほうが、手間をかけずに、効果的なこともあります(社会通念上認められた金額範囲内で、よろこんでもらえる品物を選ぶセンスが問われます)。
以上