◇SH1831◇インタビュー:一渉外弁護士の歩み(6・完) 木南直樹(2018/05/14)

未分類

インタビュー:一渉外弁護士の歩み(6・完)

Vanguard Tokyo法律事務所

弁護士 木 南 直 樹

 

 前回(第5回)は、木南直樹弁護士が、独立して木南法律事務所を設立されて、仕事自体は順調であったものの、事務所を永続したものにしていくために「弁護士の採用」という壁にぶつかり、そこに、欧州系のインターナショナル・ローファームから、外弁法の改正で認められたばかりの「特定共同事業」の誘いを受けた経緯をお伺いしました。最終回である今回は、木南弁護士が、フレッシュフィールズの東京オフィスの代表を退いた後の充電期間を経て、今回、Vanguard Tokyo法律事務所において、新たに金融法実務を始動された目的をお伺いします。

 (聞き手:西田 章)

 

(問)
 見ず知らずの外国事務所の傘下に入ることへの心理的な抵抗はなかったのでしょうか。

  1.    見ず知らずということはありません。私を誘ってくれたのは、修習生時代に、田中・環・西法律事務所の渉外部門に応募した際に、面接をしてくれた、元クデール・ブラザーズのチャーリー・スティーブンス弁護士でしたから。むしろ、人のご縁を感じました。

 

(問)
 チャーリー・スティーブンス弁護士はクデールからフレッシュフィールズに移籍していたのですか。

  1.    チャーリー・スティーブンス弁護士は、クデールのアジア・プラクティスチームのヘッドをしていましたが、そのチームに属していたかなりの弁護士がフレッシュフィールズに移籍していました。
  2.    クデールは、もともと、欧州・アジアの企業のアメリカ国内での業務を取り扱うとともに、アメリカの国内法律事務所を紹介元として、そのアメリカ企業の依頼者のアメリカ国外での案件を受注するビジネスモデルを展開していました。しかし、アメリカ企業が大きくグローバル展開をするという時代の流れを受けて、アメリカの名門大手法律事務所の多くが、自前の海外オフィスを持つようになったために、前述のようなビジネスモデルを採用していたクデールの希少価値は相対的に薄れてしまったのです。

 

(問)
 なるほど。木南先生としては、チャーリー・スティーブンス弁護士の提案をどのように受け止めたのでしょうか。

  1.    もともと、「国際的に通用する、クロスボーダー取引で活躍できる弁護士のプラットフォームを作る」というのが、私の夢でした。フレッシュフィールズという組織のバックアップを受けて、その夢に挑戦できることに大変魅力を感じました。進むべき道を決断する時に、まずは取り巻く諸条件を分析します。そして、変化を選択した場合、そこに身を置く自分がその環境に満足し、幸福でいられるかを想像し、考察します。関連するすべての条件を網羅できるわけでもなく、考慮し、想像した事情についても、自分の把握が不正確であるかもしれません。認識が欠けていることもあるでしょう。ですから、不安はつきもので完全に払拭することはできません。要は、不安はあるにしても、それ以上に自分を動かす何かを感じるかだと思います。それを感じるなら、その時が挑戦を決断する時だと思います。
  2.    フレッシュフィールズから話があった時、私はその挑戦への決断をしました。方向性に迷いはありませんでした。弁護士採用の壁を痛感していたことも決断を後押ししました。

 

(問)
 ご経歴を拝見すると、フレッシュフィールズへの移籍は、1998年とされており、少し時間が空いていましたので、検討に時間を要したのかと思いました。

  1.    決断するのには時間はかからなかったのですが、実行するためには相当な準備が必要でした。その間、相当数のフレッシュフィールズのパートナーと、何度にも亘って、東京、香港、そしてロンドンで面会しました。また、フレッシュフィールズの外弁事務所と木南法律事務所との事実上の「合併」ですから、事務上のすり合わせにも時間がかかりました。

 

(問)
 では、他の海外ローファームと一緒になることはまったく考えなかったのでしょうか。

  1.    そうですね。海外ローファームと共同するならば、カルチャーが共感でき、気心の知れた人たちと一緒にやりたいと思いました。チャーリー・スティーブンス弁護士をはじめとして、フレッシュフィールズのアジアのメンバーは半分以上が顔見知りでした。また、ロンドンオフィスにも、航空機ファイナンスや英国企業の案件を通じて既に信頼関係を築けていたパートナーが何人もいたことも大きかったと思います。そして、立ち上げの過程で会ったフレッシュフィールズの様々なパートナーから醸されるカルチャーが私にはとてもしっくりと感じられたことが最終的な決め手でした。

 

(問)
 木南法律事務所時代の依頼者を継続することはできたのでしょうか。

  1.    もちろん、移籍当初はかなりの既存の依頼者の案件は引き続き私が担当していました。ただ、移籍以前のような形でファイナンスロイヤーとして活動し続けるのは、だんだん難しくなっていきました。また、外資系の依頼者を除き、私が案件を直接担当する金融関係の依頼者も少なくなっていきました。
  2.    そうなったことにはいくつかの要因があります。その第一番目は、移籍当時の東京のリーガル・マーケットの事情です。移籍当時は、当時の日本経済を反映して、海外からの日本への投資に関連するいわゆるインバウンド取引が華やかなりし時代です。欧米系の外弁事務所と日本の法律事務所との「特定共同事業」が次々と生まれたのも、こうした時代の流れを受けての現象でした。一方、移籍前までの私のファイナンスのプラクティスは、日本の金融機関が海外に投資する際にアドバイスをするいわゆるアウトバウンド取引が中心でした。フレッシュフィールズの日本法プラクティスを立ち上げ、拡大してゆくことを使命としていた私の仕事の軸足は、どうしてもインバウンド取引に傾斜していきます。
  3.    第二に、移籍当初、日本人パートナーは私1人でしたから、フレッシュフィールズ東京の扱う日本法に関連するすべての案件に関与する必要がありました。コーポレートのパートナーが加入するまではM&Aの案件にも携わることになり、畢竟、「ファイナンスロイヤー」として活動する時間は減少しました。
  4.    第三に、日本法プラクティスの立ち上げ、拡充のため、各段階の弁護士の採用やその他事務所経営の問題に大きく時間を使わなければならなかったことも「ファイナンスロイヤー」として時間を割けなくなった大きな要因です。
  5.    さらには、私が「ファイナンスロイヤー」としてスタートした1980年代の初めは、業務の中心は、日本の金融機関が依頼者で、日本法を準拠法とする円建て金融取引の英文のドキュメンテーションでした。それが、私がフレッシュフィールズに参加するころには、英文のドキュメンテーションを使用する場合、必ずしも日本法準拠にはならないという傾向が強くなりました。フレッシュフィールズには英国法、ニューヨーク州法の外国事務弁護士がいましたから、私が英文のドキュメンテーションに関与する必要もないという事情もありました。
  6.    また、フレッシュフィールズの傘下に入ったことにより、コンフリクトで受任できない依頼者や案件もありました。
  7.    こういう事情が重なり、田中・高橋時代から、木南法律事務所時代に手掛けていた依頼者、特に日系の金融機関の仕事に自ら携わるということは次第になくなっていきました。

 

(問)
 フレッシュフィールズへの参画は、木南先生の夢の実現のためであるとはいえ、既存の依頼者を失ってしまうような、大きな決断だったわけですね。

  1.    「既存の依頼者を失う」という意識はあまりなかったですね。自らの携わる仕事の質的変化です。フレッシュフィールズのパートナーシップは「ロック・ステップ」方式(パートナーへの配分を原則として年次で決める仕組み)ですから、特定の依頼者が個々のパートナーに帰属しているという意識はありません。私が案件をしなくなったのちも、事務所としてはそれら日系金融機関の諸々の海外案件に携わっています。
  2.    移籍を決断した時にそういう変化をある程度は予想していても、すべてを見通していたわけではなく、あくまでも結果ですね。しかし、この点に関して全く後悔はありません。
  3.    東京でクロスボーダーの取引に関連する多数国の法令に関わるリーガルサービスをワンストップで提供できるプラットフォームを作り上げる目標の実現が私に移籍の決断をさせました。
  4.    ビジネスロイヤーとしてキャリアを重ねていくならば、変化はつきもので、現状維持という選択肢はありません。時代は変わり、取り巻く状況が変われば、依頼者のニーズも当然変わります。そのように変化するニーズに応えるのが我々ビジネスロイヤーの役割で、自分自身も常に変化に対応していく必要があります。

 

(問)
 それがフレッシュフィールズの東京オフィスにつながったのですから、その決断は正しかったですね。

  1.    そう思います。組織的にプラットフォームを作る、というのは、田中・高橋でもできなかったことですし、木南法律事務所でも、弁護士の採用ですぐに壁にぶつかりました。10年、15年という時間軸で考えたうえでの決断でした。ただ、結果的には、「ファイナンスロイヤー」として実務の第一線から遠ざかることも意味していました。案件に没頭して深夜まで仕事をするのは大変なことではありますが、そこにはプレイヤーとしての喜びもあります。特に、創造性のある第1号案件を実現できたときなどは。

 

(問)
 その思いが、昨年、Vanguard Tokyo法律事務所に参画して実務に復帰することにつながったわけですね。

  1.    はい、久々にドキュメンテーションを作成する案件に携わってみると、長いこと離れていたからでしょうか、なかなか新鮮で面白いと思いました。もちろん、今さら、ファイナンスロイヤーとして、英文契約書のドキュメンテーションを専門に扱いたいと思っているわけではありませんが。
  2.    留学から帰ってきてからは、ファイナンス案件と並行して、規制法関連の仕事も数多く扱ってきました。金融機関のクロスボーダーのM&Aや金融機関の撤退に付随する日本法規制に関連する業務です。金融機関の不正事件にも数多く携わりました。規制法周りであれば、大規模なプラットフォームやマンパワーも必要としないやり方もあり得ます。保険業法に関しては、日本法の英文での情報提供を行なっている出版社からの依頼で、日本の保険業法の英語版テキストブック的な文献を執筆しました。今後はこうした分野を、これまでの経験を活かし、自分なりの切り口で、開拓していこうと思っています。

 

(問)
 Vanguard Tokyo法律事務所には、岡田和樹弁護士や山川亜紀子弁護士が率いる強力な訴訟チームがありますが、こちらのチームと連携する業務もあるのでしょうか。

  1.    規制法周りでは、不正調査案件にもニーズがあると感じています。規制事業である金融機関にとっては、問題への対応が依頼者の運命も左右するような不正調査案件もあります。ただ、他の法律事務所でも、調査案件には力を入れ始めているところですので、差別化は図りたいと思っています。

 

(問)
 他の法律事務所の危機管理チームとの差別化要因はどこにあるのでしょうか。

  1.    依頼者としては、主に外資系金融機関を想定しています。日本の金融機関は、自社内にも規制担当専門家がおり、全体像の把握は社内で行おうとして、外部専門家への依頼は論点を切り出した部分的な意見を求めるものに止まる傾向があります。これに対して、外資系金融機関は、社内の不祥事対応について、外部専門家に全面的に調査を依頼してくることが多いと思います。そうした外資系金融機関の依頼者に対し、調査対象の非違行為の分析・検討とともに、発生に至る経緯や非違行為を生み出す組織構造上の問題点、今後の業務に与えるリーガル面の影響やその対応など大局的な視野からのアドバイスを、本社経営陣にも理解できるような形で、提供することを差別化の主眼としようと考えています。

 

(問)
 なるほど、日本における外資系金融機関を依頼者に想定されているわけですね。

  1.    はい、金融規制法関連の業務は、まだまだ開拓の余地のある分野だと思っています。というのも、金商法をはじめとして、日本の法令は、正確かもしれませんが、とても読みにくいものとなっています。まったくユーザーフレンドリーではありません。そのため、法令の構造に拘泥した思考プロセスに基づいているだけでは、欧米の依頼者に説得力あるアドバイスはできません。欧米的な発想法を踏まえ、制度趣旨にまで遡って、金融規制法に関する助言を英語でわかりやすく提供できるプレイヤーは、実はまだそれほど多くはいないと考えています。取引の一定の側面だけを切り出したピンポイントのアドバイスだけではなく、依頼者である金融機関のビジネス全体やビジネスラインの全容を踏まえたアドバイスを提供してゆく必要があると思っています。そのためには、金融機関の業容への理解も必須でしょう。私の若い時代には考えられなかったことですが、今や金融庁や証券取引等監視委員会など規制当局に出向した経験を持つ若手の弁護士が多数います。そういう若手の弁護士にも加入してもらい、この規制法業務の質を高め、内容を掘り下げることによって、業務分野の拡大に繋げることが今の私のミッションだと思っています。

 

(問)
 木南先生は、しばらくプラクティスを離れておられた期間がありますが、営業面での障害は感じないでしょうか。

  1.    それは特にありません。もともと外資系金融機関とは接点が数多くあり、現在でも、同じ事務所の労働・訴訟チームは継続的な依頼を受けています。これら外資系の金融機関は、必ずしも既存のリーガルサービスに満足しているわけではありませんので、手ごたえは十分にあります。

 

(問)
 現在の日本の法律事務所が提供している金融規制法関連の助言は、欧米の依頼者の期待に応えられるものにはなっていないのですね。

  1.    一概にそういう括りは出来ないとは思いますが、一般論としては、欧米の依頼者は、規制の制度趣旨にまで遡って、論理的に説明してくれるようなアドバイスを求めています。金商法の条文の細かい読み方や「金融庁の見解はこうです」ということだけを教えてもらいたいわけではありません。
     そのためには、弁護士の側にも、日本法を深く理解するだけでなく、それに加えて、依頼者たる金融機関内の外国人の責任者に対してわかりやすく説明してあげられるだけの高度な英語力も求められます。金商法の条文を逐語訳したようなアドバイスでは外国人責任者には理解されません。

 

(問)
 フレッシュフィールズ参画以前の依頼者にもコンタクトされるのですか?

  1.    依頼者はVanguardの訴訟・労働チームとほぼ重なりますので、そこから始めています。
  2.    日本に拠点があるなしに関わらず、フレッシュフィールズを含め欧米系法律事務所からも案件の紹介を受けられると考えています。実際、訴訟・労働チームには、他の外資系事務所の香港オフィス等から案件の紹介が相次いでいます。彼らは、日本法プラクティスがないので、競合はありません。さすがにフレッシュフィールズ時代には、このような他の欧米系法律事務所からの紹介はありませんでしたね。この点からも、「外国依頼者との間できちんと英語でコミュニケーションをとれる日本法弁護士」を求めるニーズがあることがわかります。
  3.    もちろん、昔からのコンタクトは維持しています。ただ、皆さん社内外に異動していますし、偉くなっていらっしゃいます。

 

 今日はどうもありがとうございました。

(終わり)

 

タイトルとURLをコピーしました