弁護士の就職と転職Q&A
Q79「では不祥事調査を担当するアソシエイトはどうすれば生き残れるのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
前回は、不祥事調査案件に専従するアソシエイトのキャリア形成上のリスクを取り上げました。現時点で不祥事調査を担当しているシニア・パートナーは、ヤメ検等のキャリア転換組であり、法律事務所でジュニア時代から不祥事を担当するというのは、いわば「ニュータイプ」のキャリアです。この層からは、「仮に、Q78が正しいならば、我々はどうすればいいのか?」という、怒りにも似たコメントが届きます。本稿では、前回を捕捉する私見を述べさせていただきたいと思います。
1 問題の所在
「不祥事調査バブル」には、リーガルマーケットの観点からすれば、20年前の「倒産バブル」を彷彿とさせるものがあります。大型倒産事件の管財業務は、企業の緊急事態に弁護士が乗り込んでいき、裁量を持って建て直しに取り組むものであり、その尽力は、社会的には大きな功績を残しましたが、企業側からの反作用も招きました。つまり、「案件の処理方針までを外部弁護士に委ねたくない」「方針決定は執行部側に留保しながら適切に案件を処理したい」というニーズが明らかになり、問題企業も会社更生を避けて、DIP型の民事再生を選ぶようになり、更には、もはや倒産手続自体を利用せずに、会社法上の権限内で優良事業を売却することで再建を目指すのがメインシナリオとして選ばれるようになりました。
不祥事調査にも同様の流れを辿る兆候が見られ始めています。企業も、不祥事への対応として、第三者委員会を組成して、案件処理の方針決定までを委ねるよりも、社内調査の補助者として外部弁護士を利用する方向性が打ち出されつつあります。また、社外取締役による経営へのモニタリングの実効性が上がってくれば、「社内調査」への信頼も上がって来ることが予想されます。これには事業再生分野における「会社更生手続から民事再生手続、私的整理への移行」の流れを想起させられます。
人材市場の観点からは、「ジュニア時代から倒産事件に専従してきたアソシエイト」は、「転職向きではない」「独立向き」と区分されてきました。これは、一方では、「裁判所から発注される管財事件の実績は、所属事務所単位ではなく、担当弁護士に属人的に蓄積されるので、独立しても仕事が来る」というポジティブな理由もありますが、ネガティブな理由としては、転職活動をしても「早期に自立してしまっているが故に、パートナーからすれば使いづらい」「クライアントに対して偉そう」という難点も指摘されていました。そして、アソシエイト時代に「倒産バブル」を経験しながらも、現在ではパートナーとして活躍している弁護士には、「債務者側だけでなく、債権者側でファイナンスの仕組み作りや債権回収でも頼りにされている弁護士」や「知財等の他分野でも専門性を磨いて来た弁護士」が目立ちます。このような先行事例の中には、不祥事調査を担当するアソシエイトが学ぶべきこともあるのではないでしょうか。
2 対応指針
ジュニア時代から不祥事調査に専従してしまったアソシエイトには、「会社の有事/緊急事態」における対応を業務の中心に据えてしまったが故に、「会社の平時/通常の指揮命令系統からの依頼」への対応の経験値が不足してしまう傾向があります。それを補う方法としては、不祥事調査としては「大規模案件調査の多人数チームに入るだけでなく、小規模案件を扱う主任となる」ことや会社法関連の相談業務への対応力を磨くことが考えられます。
また、現在のアソシエイトがパートナーになる頃に、専門分野として「不祥事全般」を掲げるのは困難となることが予想されますので、「不祥事」に掛け合わせられる専門分野を持つことが重要です。「不祥事×労働法」は、その代表例ですが、それ以外にも、「不祥事×ヘルスケア」「不祥事×金融機関」のように、特定の業種を対象とした業規制に詳しくなることも、クライアントの「平時」の執行ラインからの相談への対応力を高めることにつながり、弁護士キャリアの生存率も高めることができます。
3 解説
(1) 平時の業務執行ラインからの信頼確保
倒産事件には「若いうちから、ひとりで現場に行かされて、『管財人団』という印籠を持って現場を任される」という特殊性があり、若手弁護士には魅力ある職種でした。しかし、同時に、人材市場では、「パートナーからレビューされることを嫌う」「クライアントに対して偉そう」という批判も伴いました。不祥事調査には、「管財人団」を「第三者委員会/調査委員会」に置き換えた危険が潜んでいます。
倒産弁護士の中に、「債権者側である金融機関からも信頼される」というキャリア形成を歩んだ者がいることからすれば、不祥事調査においても、「責任追及の対象となりうる執行部側からも信頼される」という業務範囲拡大の方向性がありえます。そのためには、「企業の経営意思決定のプロセスへの信頼までも損ないかねない疑義が生じている大事件」において「第三者委員会/調査委員会」の権限として行う調査だけでなく、「経営意思決定プロセスへの信頼が揺らいでいるわけでなく、通常の業務執行ラインが機能している段階における調査」も担当しておくことが有益です。
また、「通常の業務執行ライン」も依頼者として仕事をするならば、「役員の任務懈怠を暴いてその責任を追及する」という視点だけでなく、役員の善管注意義務の範囲や程度についても詳しくなり、「ここまでしていれば、役員としての責任が問われるべきではない」という視点での検討もできるようになることが望まれます(そういう視点での検討が、将来的には、株主代表訴訟の被告側の代理人に選ばれるような経験の蓄積にもつながります)。
(2) 労働法の専門性強化
キャリア形成上、不祥事調査ともっとも相性が良い専門法分野は、労働法です。会計不祥事が投資家を欺く一大事であり、品質不正が本業たる商品又はサービスの顧客からの信頼を揺るがす深刻な問題であるのに対して、社内のセクハラ・パワハラや一従業員による横領等の事件は(問題を軽視してよいというわけではなく)関連当事者間の問題として割り切った事実調査を行うことができる場合が多いため、「通常の業務執行ライン」からの依頼を受けて仕事をしやすい類型と言えます(再発防止策についても、現経営陣と相談すべき場面が多いと言えます)。また、調査結果を踏まえた執行部側の対応(問題社員への懲戒処分の要否等)についても、労働弁護士としての専門的助言が求められるため、担当弁護士としても、「事実調査」単体ではなく、「調査結果を踏まえた対応への法的助言」とセットになったサービス提供をしやすい類型です。
執行部側が、調査担当弁護士の助言を踏まえて、問題社員に対する懲戒処分を行なった場合でも、問題社員からの懲戒処分に対する不服が申し立てられる場合もあります。そのため、助言を担当する外部弁護士には、処分の正当性が争われた場合への対応力も求められます。そういう意味では、「労働法は専門ではないけど、調査だけ担当する」という弁護士の市場価値が危ぶまれる分野です。そう考えてみると、パワハラ・セクハラや従業員による横領の事実調査は、「不祥事調査を本業とするパートナーが合わせて労働法関連の助言も行う」というパッケージよりも、「使用者側労働事件を主たる業務とするパートナーが事実調査も含めたサービスを行う」というパッケージのほうが依頼者にとっても選びやすい類型になっていきそうです。
(3) 業規制法の専門性強化
ここ数年、企業の不祥事は、小さいものでも、信頼確保のために、費用対効果を度外視して、外部弁護士を入れて大々的に調査する傾向が続いてきました。しかし、企業のコーポレートガバナンスの仕組みが向上してくれば、コンプライアンス部門や社外取締役を中心とする平時のモニタリングで解消できる範囲が広がってくることが予想されます。
それでも、なお、外部弁護士による客観性・専門性の補完が求められる業務類型としては、監督官庁への報告を含めたサポートが考えられます。例えば、金融機関がコンプライアンス違反の疑いを受けた場合に、その調査結果を報告する際には、金商法、銀行法、保険業法等に詳しく、金融庁からも規制法分野における職業倫理の高さを認められている弁護士を調査に関与させることに付加価値が生じます。同様に、医薬品や医療機器の製造業者又は販売業者に関して問題が提起されたら、薬機法等に詳しい外部弁護士の関与するニーズが生じます。
これら相談業務の依頼先弁護士に求められるものは、第三者性よりも、当該業規制に詳しいという専門性が先に来ます。すなわち、問題が発生した後に、見ず知らずの弁護士に初めてアポイントを取るのではなく、日頃から、予防法務的に、コンプライアンス態勢についての相談をしている顧問先の弁護士にファーストコールがあると考えられます(第三者性が求められる場合の人選は、顧問弁護士からの紹介で決まることが想定されます)。
以上