◇SH3092◇弁護士の就職と転職Q&A Q111「外出自粛期間を『創造的休暇』にできるか?」 西田 章(2020/04/06)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q111「外出自粛期間を『創造的休暇』にできるか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 先週3月31日に掲載された「事業再生に聞く(後編)」のインタビューでは、伊藤眞東京大学名誉教授が言及された「研究者はヒマでないといけない」というご発言が印象に残りました。同インタビューは、昨年12月に開催されたもので、同発言は、「ワークライフバランス」に関する質問に対して述べられたものでした。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために外出自粛が求められている現在に改めて読んでみると、アイザック・ニュートンが、りんごが落ちるのを見て、重力理論に関するひらめきを得たのは、1600年代のペストの流行により、ケンブリッジ大学の一時休校で実家に戻っていたときのことである、という「創造的休暇」のエピソードを連想させられます。

 

1 問題の所在

 コロナウイルス感染拡大がいつ終息するのか、いずれは昨年までの経済活動に戻ることができるのか、それとも、コロナウイルスと共存した、あらたな活動形態を作り上げなければならないのかの予想もつかないままに新年度を迎えました。

 企業法務の世界では、「顧問契約」型の法律事務所においては、6月開催予定の株主総会の準備を中心として、感染症拡大防止策と両立した企業活動のあり方を、クライアント先企業の担当者との間で継続的にコミュニケーションを取りながら検討が進められています。

 他方、トランザクションや危機管理を中心とする部門では、新年度の案件には予想を付けることができずに、若手アソシエイトの中には、不景気時においても成長できるような修行を積める先への移籍の相談が増えています。ただ、感染拡大防止が最優先とされている現状においては、仮に、時間的余裕があっても、具体的に転職活動を進めることが難しくなっています(弁護士業務上の会議はオンラインで行うことが増えてきましたが、採用面接をオンラインだけで済ませるのはまだ一般的ではありません。また、そもそも、騒動がいつ収まるのか、収まった後にどのような業務がどの程度で想定されるのかも予想が付かないままでは、採用ニーズを確定しづらいところがあります)。

 そんな中に、若手弁護士の間には、この「外出自粛」で与えられた時間を、自分の市場価値の向上に充てようとする意欲も見られます。足許の課題としては、債権法の改正やバーチャル株主総会が学習テーマの典型例ですが、法律の枠に止まらずに、見識を広めたいという声も聞かれます。

 

2 対応指針

 法律以外の学習テーマの典型例は、(A)語学、(B)簿記・会計、(C)ITが挙げられます。(A)語学については、即効性を重視して、ビジネス英語の向上を狙うタイプと、より長期的な戦略として、中国語等の第二外国語習得を目標に掲げようとするタイプに分かれます。

 (B)簿記・会計については、「事業再生に転向したい」という層を中心として人気があります。基礎的な知識の習得が無駄になることはありませんが、学習したからといって、すぐに事業再生の専門家として活躍できるわけではありません(筆記試験的な優秀さよりも、経験値と人間力が問われる分野です)。

 (C)ITについては、感染症拡大防止策としてのテレワークやオンライン会議の普及も受けて、情報セキュリティ分野への関心を含めた人気が上がっています。プログラミングから入る実践タイプと、資格試験の勉強から入る市場価値向上を目的とするタイプに分かれます。

 

3 解説

(1) 語学

 語学習得に投資しようとするタイプのうち、コロナショックの影響を一過性と見ている若手は、英語学習を優先する傾向があります。すなわち、「コロナ騒動が終われば、再び、昨年までの状況に戻れるだろう」と期待する層は、勉強時間をスコアアップに直結させたいと願って、TOEFLやTOEICの学習に時間を費やしがちです。

 他方、「コロナ騒動で欧米が疲弊する中で、いち早く回復した中国が、世界経済において、より影響力を持つ時代が到来するのではないか」という予測を立てると、(ゼロからビジネスレベルで通用するまでには相当程度の年月を要することを覚悟しながらも)中国語学習を始めようとする方も見られます。

 いずれにせよ、トランザクション関係で生計を立てていきたいと願うならば、国内案件だけでなく、欧米又は中国のクライアントとのコミュニケーションのベースとなる語学力向上に時間を投じることは(不安なだけの時間を過ごすよりも)キャリア形成上の有効な投資と言えます。

(2) 簿記・会計

 司法修習生時代に「弁護士と公認会計士のダブル資格を目指したい」と願っても、研修所修了後には、弁護士業務が忙しくなってしまい、資格試験に時間を割けずに終わることが多いです(ダブル資格取得者の多くは、公認会計士が先で弁護士資格を後から取得する事例です)。そのように「かつては『簿記・会計をしっかり勉強しておきたい』と願ったことがある層」にとっては、今回の自粛期間は、簿記・会計の学習の好機にもなっています。

 ただ、「簿記・会計を座学で勉強すれば、事業再生のプロになれる」と期待してしまうのは早計です。大型案件であれば、一流の弁護士に加えて、一流の公認会計士・税理士もチームとなって案件に従事します。たとえば、ダブル資格を保有していても、弁護士としても二流、公認会計士・税理士としても二流、であれば、それを足して「合わせ技一本」で一流になれるわけではありません。

 もちろん、簿記・会計の知識を備えておくことは有用ですが(それを資格で示せれば対外的にも説明しやすいですが)、弁護士としての事業再生分野での適性を備えて一流を目指すこと(それを実績で示していくこと)が最優先課題です。

(3) IT

 IT分野については、これまで、知的財産法又はプライバシー法の専門家だけが扱うべき特別の領域と思われているフシがありました。しかし、今回、コロナ感染症拡大対策の一環として、バーチャル株主総会の運営方式についての具体的議論が交わされるようになり、また、ビデオ会議アプリのZoomの脆弱性が指摘されたことを受けて、総会指導や契約交渉を担うコーポレートロイヤーにおいても、技術を理解しておく必要性が認識されてきました(コロナショックを抑えることができた後もオンライン会議の有用性は失われないだろう、という見通しも広まっています)。

 司法試験を突破してきた弁護士にとってみれば、「学習=資格試験」という方向に思考が向きがちですが、IT分野の資格は、「それを取得しなければ、当該分野の業務を扱うことができない」という類のものではありません。優秀なエンジニアは、資格なしでも、自己の成果物をもってその実力を証明することができます。その意味では、初学者が資格試験突破を目標に据えて学習を始めるのは邪道かもしれません。

 ただ、別に、エンジニアになることを目指すわけではなく、「ITの共通言語が通じる弁護士であることを示して営業ツールに活かしたい」という戦略においては、情報処理に関する資格取得は合理性がある投資であると思われます(案件の受任だけでなく、将来における社外取締役就任を目指す若手が「他の弁護士候補者との差別化」を狙うためにも)。

以上

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