◇SH3471◇企業結合・業務提携の独禁法上のガイドライン・審査制度における日本の傾向とその実務的示唆~2019年経済産業省委託調査における国際比較より~ 業務提携編(上) 石垣浩晶/矢野智彦/竹田瑛史郎(2021/02/03)

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企業結合・業務提携の独禁法上のガイドライン・審査制度におけ
日本の傾向とその実務的示唆

~2019年経済産業省委託調査における国際比較より~

業務提携編(上)

NERAエコノミックコンサルティング

石 垣 浩 晶
矢 野 智 彦
竹 田 瑛史郎

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2. 業務提携編

 「業務提携編」では、日本の業務提携の審査の仕組みを簡単に紹介した後、欧州と米国のガイドラインの内容を詳細に紹介し、日本と米国の公表事例の検討を行っている。また、調査内容に基づき、企業実務および今後の政策への示唆をまとめている。

 本稿においては、「業務提携編」の調査結果の内容として、日本、米国、欧州の業務提携規制の概要とガイドラインの内容の紹介と比較、日本の業務提携規制に対する姿勢について取り上げることにする。NERA調査報告書では、これらに加えて、日本と米国の公表事例についても報告している。

 現在日本においては、人手不足や過剰供給への対応のため、また、オープンイノベーションによる新規ビジネス創出のため、競合企業同士や異業種間での連携が増加している。最近ではNTTドコモと三菱UFJ銀行による金融事業での業務提携の検討が2021年1月9日に報じられたばかりである。これは企業結合編で紹介したヤフー(Zホールディングス(ソフトバンク))とLINEによるコード決済事業を含めた経営統合に続く、携帯通信事業者が他企業と連携し金融事業への進出を強めている取組みである。

 このように様々な形で企業間の業務提携(コラボレーション)が行われているところであるが、業務提携には独禁法上の規制リスクが存在している。一般的に、業務提携は事業の効率化をもたらすことから、多くの場合は競争促進的な効果が期待される一方、その態様によっては競争単位の減少と実質的には同じ競争制限的な効果を持つ場合もあるからである。業務提携に関わる企業の市場における地位や業務提携の内容次第では独禁法に抵触する可能性がある。業務提携の独禁法上の規制やコンプライアンスのためのヒントについて理解することは、実務的にも有益である。また、最後には自社の業務提携が独禁法上の懸念を生じさせていないかを評価する、セルフアセスメントのためのヒントをまとめているので参考にされたい。

 

2.1. 日本の業務提携の独禁法上の規制

2.1.1. 日本の業務提携規制の枠組み

 業務提携には様々な類型があるが、2019年の「業務提携に関する検討会」の報告書によれば、日本の公取委は業務提携(包括提携を除く)を以下の7つに分類している。

  1. ① 生産提携:生産業務の共同化、生産品種の分担、製品の相互OEM供給等、各事業者が製品を共同で生産し又は他の事業者に生産を委託すること。
  2. ② 販売提携:販売事務の共同化、販売地域や販売商品の相互補完、宣伝・広告の制作や景品提供等の販売促進活動の共同実施等、各事業者が商品の販売又はそれに付随する販売促進等の活動を共同で実施すること。
  3. ③ 購入提携:物品や資材の共同購入等、各事業者が自己の事業遂行に必要な物品等を共同で調達すること。
  4. ④ 物流提携:共同配送、物流施設の共同利用等、各事業者が自己の商品等に係る物流業務を共同で実施すること。
  5. ⑤ 研究開発提携:共同で基礎研究、応用研究又は開発研究を行うことにより新たな技術を創出し、その技術を用いて新たな製品を開発するなど、各事業者がリスクやコストの観点から単独では実施が困難な研究開発を共同で実施すること。
  6. ⑥ 技術提携:各事業者がそれぞれ所有する技術のクロスライセンスやパテントプールによる相互供与を通じて、各事業者が製品の製造等に際して必要な技術を補完すること。
  7. ⑦ 標準化提携:市場の迅速な立上げ等を図るために、製品等に採用される規格を共同で策定すること。

 これに加え、特定の業務に限定せず提携対象事業の業務全般において幅広く提携関係にある「包括提携」がある。これらの業務提携は、同じ市場で競合する企業同士による水平的な業務提携と、部品メーカーと最終製品メーカー、メーカーと小売店のような垂直的な関係にある企業同士による垂直的な業務提携に分けることができる。

 日本には業務提携の一部の類型に対する独占禁止法上の規制に関するガイドラインは存在するが(例えば技術取引や共同開発研究における業務提携については「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(平成19年9月公表)がある。)、すべての類型に対する包括的なガイドラインは公表されていない。

 公取委は「事前相談制度」に基づき業務提携の審査を行っており、毎年公表される相談事例の中で個別の業務提携に関わる独禁法上の考え方を明らかにしてきた。包括的なガイドラインの代わりに公表される相談事例を通じて公取委の審査方針を推測してきたのである。

 2019年、公正取引委員会競争政策研究センター(CPRC)は一部の類型に対するガイドラインや相談事例の内容を前提に基づいて「業務提携に関する検討会」を開催し、その報告書(以下「検討会報告書」という。)では業務提携の競争への影響の評価方法の基本的枠組みや、各判断要素における競争への影響メカニズムが明らかにされた。検討会報告書は正式なガイドラインではないが、公取委における今後の業務提携の審査の指針として活用される可能性は高い。

 

2.1.2. 独禁法上の審査のフレームワーク

 検討会報告書は、業務提携は多くの場合競争促進的であるが、当事会社が共同で業務を行うことを通じて、競争制限的な効果が生じる可能性があることを指摘している。そして、業務提携の独禁法上の評価にあたっては、大枠としては企業結合ガイドラインに依拠するという考え方を示している。

 審査の流れとしては、最初に業務提携が当事会社間の関係に与える影響を評価し、当事会社間の競争が制限される場合には、その次のステップとして業務提携が関係する市場全体における競争への影響を評価することを提案している。水平的な業務提携を例にとると、具体的には以下の通りである。

  1.   ① 当事会社間の競争に与える影響についての評価
  2.    最初に、業務提携が当事会社間の競争に与える影響、すなわち、当事会社間のカルテル等を引き起こす可能性について確認が行われる。企業結合の場合は当事会社の意思決定が一体化することは殆ど自明であるため企業結合審査においてはこのような評価は行われないが、業務提携の場合は当事会社が業務提携を通じてどの程度意思決定が一体化するか、すなわち、当事会社が協調的に行動する可能性があるかは評価の必要がある。
  3.    影響の評価にあたっては、業務提携が当事会社の意思決定の一体化をもたらすか、協調的な行動を助長し得るかなどについて評価する。その際に評価の対象となるポイントは、①生産量、価格、コスト、品質などの重要な競争手段に関する意思決定が当事会社間でどの程度一体化するか、②情報交換や情報共有が容易になり、また、コスト構造が共通化(コスト共通化)することで当事会社間の協調的行動が助長されるかなどの点である。
  4.    生産提携、購入提携、および販売提携を例に、過去の相談事例から見える公取委の考え方について、検討会報告書に基づいて説明する。
  5.    生産提携は、販売市場でのシェアが高いことが独禁法上の問題となる方向の事情として考慮されている。また、生産の共同化に伴い、当事会社が販売市場で競合する商品の生産費用に占める当事会社の共通部分の上昇(コスト共通化)による協調的行動の懸念が検討の対象となる。販売価格は生産費用(特に変動費)を基礎として決定される場合が多いところ、コスト共通化は協調的行動からの逸脱である費用の変動を伴わない自発的な値下げに対する相互監視を容易にし、協調的行動を促進する効果があるとされるからである。しかしながら、コスト構造がある程度共通化されても価格競争を行う余地があることや、販売分野での独立した活動(価格や数量等の情報交換・共有を行わないことなど)が確保されていることが、問題とならないと判断される際の要素として頻出している。
  6.    購入提携は、共同購入を行う対象商品の市場(購入市場)と当該商品を利用して提供する商品・サービスの市場(販売市場)の2つの市場が検討対象となる。販売市場も検討対象となるのは、生産提携と同様にコストが共通化することにより販売市場における価格等に関する意思決定が一体化する可能性が懸念されているからであると考えられる。購入市場では、当事会社のシェアや競争者の存在等が判断要素として検討される。販売市場では、当事会社のシェアが高い場合におけるコスト構造の共通化や、販売価格等の情報交換・共有の可能性といった生産提携と同様の観点から検討されている。
  7.    そして販売提携については、対価の決定といった重要な競争手段を直接的に共同化することが懸念される類型であることから、その点が重点的に考慮される傾向がある。
     
  8.   ② 市場全体に与える影響の評価
  9.    その結果として当事会社間の競争が制限されると判断された場合には、当該業務提携が企業結合に類似するものであるという観点から、市場全体に与える影響の評価が行われる。評価の観点は企業結合審査と同様であり、当事会社グループの行動が一体化し市場支配力を行使することによる競争制限効果(単独効果)、および、当事会社グループの行動が一体化することを通じて、競争事業者との協調的な行動が可能になる可能性(協調効果)について審査を行う。企業結合ガイドラインの考え方を踏まえ、市場シェアおよびその順位、当事会社間の従来の競争の状況、輸入圧力、参入圧力、隣接市場からの競争圧力等などの判断要素を総合的に勘案する。

 

2.1.3.企業結合審査と比較した業務提携の独禁法上の審査の特徴

 以上に述べた検討会報告書における業務提携の審査の方針を企業結合ガイドラインとの比較で捉えると、日本における業務提携の独禁法上の審査には以下のような特徴がある。

  1.   ① 競争促進性を有することが前提となっていること/効率性の向上による承認の指針が示されていないこと
  2.    業務提携は事業の効率化等を目的とした独立した企業による取決めとして行われるため多くの場合は競争促進的であると考えられており、その上で競争制限的な効果が生じる可能性があることが、検討会報告書において指摘されている。しかしながら、競争促進的な効果が競争制限的な効果を上回る場合には独禁法上の問題とならないといった具体的な方針は示されていない。
  3.    企業結合ガイドラインが、その文言上、企業結合の競争促進的な効果よりも競争制限的な効果に着目していることとは対照的である。また、企業結合ガイドラインがいわゆる効率性の抗弁、すなわち、企業結合によって当事会社の生産費用の低下(いわゆるコストシナジー)などの効率性の向上が生じ、かつ、効率性の向上を値下げ等の形で消費者も享受できる場合には、競争促進的な効果が競争制限的な効果を上回る限りにおいて独禁法上問題とならないという考え方を明記していることとも対照的である。
     
  4.   ② 市場画定についての指針が示されていないこと
  5.    業務提携では、市場全体に与える影響の評価に必要な市場画定(独禁上の問題が生じるかどうかを判断する単位を定めることを指し、取引の対象となる商品・サービス、取引を行う需要者と供給者の範囲を定めることを含む。)について、その実施や方法について明確な指針が示されていない。
  6.    企業結合審査においては、当事会社が供給する商品・サービスと一定の代替性が認められる範囲の商品・サービスと地域を一つの市場とするという市場画定の考え方が採用されているが、業務提携において市場全体に与える影響の評価について検討する場合に、どのようにして市場画定が行われるかは明らかではない。ただし、業務提携の相談事例を見ると、明確な市場画定の議論は示されずとも市場シェアに依拠した評価が行われており、業務提携の審査においても、基本的には企業結合審査と同様の市場画定の考え方が採用されていると考えられる。
     
  7.   ③ セーフハーバー基準が示されていないこと
  8.    企業結合ガイドラインでは、市場集中度とその増分が一定の閾値を下回れば通常は問題としないというセーフハーバー基準が規定されている。
  9.    これに対し業務提携では、研究開発提携および技術提携に関してはそれぞれ共同研究開発ガイドラインおよび知的財産ガイドラインにおいて製品市場における当事会社のシェアが20%以下であれば通常問題とならないというセーフハーバー基準が定められているが、その他の類型では企業結合ガイドラインのセーフハーバー基準が適用されていると見られる事例はあるものの、明確な規定は存在しない。

 上記の②③の問題により、日本においては、比較的軽微と思われる業務提携であっても公正取引委員会からの規制の可能性を完全に払拭できないという問題があった。ただし上述の通り公取委の実務上は企業結合ガイドラインにおけるセーフハーバー基準が用いられているように見受けられるため、セーフハーバー基準の前提となる市場画定が比較的容易な市場に限れば、市場シェアや集中度がセーフハーバー基準に相当するかどうかを検討することによって、独禁法上の規制の対象となる可能性が高いかどうかを検討することが可能である。

 

2.2. 欧州・米国の規制との比較

 以上で説明した通り、日本では包括的なガイドラインが存在しないため、どのような提携において独禁法上の規制の対象となるのかなどについて検討を行うことが難しい。この点、欧州や米国には包括的なガイドラインが存在し、そこには検討会報告書や過去の相談事例には明らかにされていない業務提携規制の具体的な考え方が多く含まれている。これらの資料は日本における規制を補完する情報として極めて有益であると考えられる。そこで本節以降では、欧州および米国における業務提携に対する競争法上の規制について紹介する。

 本節では日本の業務提携規制の欧州および米国との大きな違いについて説明する。そして次の2.3.節では業務提携の類型別に指針が詳しく説明されている欧州ガイドラインにおける生産提携、購入提携と販売提携の規制の指針について詳しく説明する。

 

2.2.1. 欧州と米国における包括的なガイドラインの存在

 欧州と米国には日本と異なり業務提携に関する包括的なガイドラインが存在する。欧州では、Guidelines on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements 2011(以下「EU水平的共同行為ガイドライン」という。)が存在し、この規定に基づき業務提携に関しての規制が行われている。欧州競争法の基本的枠組みは、欧州連合の機能に関する条約(Treaty on the Functioning of European Union(TFEU)、以下「機能条約」という。)において示されており、機能条約第101条第1項において競争制限行為(カルテルや不公正な取引方法等)の禁止が定められている。第3項でその適用除外が定められており、EU水平的共同行為ガイドラインはこの適用除外として認められる共同行為の条件を定めたガイドラインである。

 米国では、「競争者間の協力に関する反トラストガイドライン」(Antitrust Guidelines for Collaborations Among Competitors 2000、以下「米国事業提携ガイドライン」という。)が存在し、この規定に基づき業務提携に関しての規制が行われている。米国事業提携ガイドラインは、カルテル以外の競争者間の共同行為に関して実務上の考え方を示しており、競争者間の業務提携は競争促進的なものが多い傾向があるとしつつも、シャーマン法のセクション1に違反する反競争的合意を促進する業務提携を禁止している。

 このように、欧州にはEU水平的共同行為ガイドライン、米国には米国事業提携ガイドラインが存在し、業務提携が競争法上問題となり得る状況についてこれらを参照することにより検討が可能である。

 なお、米国には日本の事前相談制度と同様に競争当局が行政サービスとして業務提携等に関する競争法上の考え方についての相談を受け付ける制度があるが、欧州には行政サービスとしての業務提携等に関する競争法上の考え方について相談する制度が存在しない。

 

2.2.2. 市場画定とセーフハーバー基準の明記

 以上のように欧州や米国には包括的なガイドラインが存在し典型的な業務提携の類型に対しては、市場画定を行った上で当事会社の合算市場シェアに注目したセーフハーバー基準が適用されることが明確に規定されている。

 前述の通り日本では研究開発提携および技術提携において製品市場の20%以下というセーフハーバー基準が規定されているが、その他の類型ではセーフハーバー基準は明示的には存在しない。

 これに対し欧州および米国ではセーフハーバー基準が明確に示されている。ここでは当事会社の合算市場シェアのみに着目して紹介すると、欧州では販売提携および購入提携は合算市場シェアが15%以下、生産提携は20%以下、研究開発提携では25%以下というセーフハーバー基準が示されている。

 また、米国では販売提携、生産提携、標準化提携では合算市場シェアが20%以下、購入提携では35%以下というセーフハーバー基準が示されている。合算市場シェア以外の基準も含めたセーフハーバー基準の詳細については、NERA調査報告書を参照してほしい。

(下)につづく

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