◇SH0616◇最一小判 平成27年12月14日 退職一時金返還請求事件(山浦善樹裁判長)

未分類

1  事案の概要

 本件は、Yが昭和49年に日本電信電話公社を退職した際に日本電信電話公社共済組合(以下「旧共済組合」という。)から退職一時金として14万1367円を受給したところ、平成15年7月にYが満60歳となり旧共済組合の組合員期間を計算の基礎とする老齢厚生年金及び退職共済年金の受給権を有するようになったため、旧共済組合の権利義務を承継したXが、「厚生年金保険法等の一部を改正する法律の施行に伴う国家公務員共済組合法による長期給付等に関する経過措置に関する政令」(以下「本件政令」という。)4条1項の規定に基づき、Yに対し、当該退職一時金として支給を受けた上記の額に利子に相当する額を加えた額に相当する金額66万円余り及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
 本件政令4条は、国家公務員共済組合法(以下「国公共済法」という。)附則12条の12の規定による、退職一時金として支給を受けた額に利子に相当する額(以下「利子相当額」という。)を加えた額に相当する金額(以下「退職一時金利子加算額」という。)の返還に関し、その経過措置を定める「厚生年金保険法等の一部を改正する法律」(平成8年法律第82号。以下「厚年法改正法」という。)附則30条1項の委任に基づいて定められたものであり、これらの法令の定めの概要は、本判決の理由2に記載されているとおりである。

 

2 原審の判断

 原々審は、Xの請求を認容したが、原審は、原々審判決を変更し、Xの請求のうち退職一時金利子加算額の利子相当額に係る部分を棄却した。原審の判断のうち、判決要旨に関する部分は次のとおりである。
 国公共済法附則12条の12は、過去の退職一時金の支給を事後的に無効としてその返還を求めるものであり、不当利得返還に係る民法の規定の特別規定たる性質を有するところ、同法404条が定める法定利率を変更するには、法律の直接の定めによることが必要であり、仮に政令への委任がやむを得ないものであるとしても、利率の決定に際して考慮すべき要素やその上限等について明確な基準となるものを示した上で委任する必要があったというべきである。しかし、国公共済法附則12条の12第4項は、そのような限定もせずにその利率の定めを包括的に政令に委任したものであって無効であり、同条の経過措置を定める厚年法改正法附則30条1項の委任に基づく本件政令4条2項も無効である。

 

3 本判決

 Xがその敗訴部分を不服として上告及び上告受理申立てをしたところ、第一小法廷は、本件を受理した上、判決要旨のとおり、国公共済法附則12条の12第4項及び厚年法改正法附則30条1項は、退職一時金に付加して返還すべき利子の利率の定めを白地で包括的に政令に委任するものということはできず、憲法41条及び73条6号に違反するものではないと解するのが相当であるとし、その上で、本件政令4条2項が定める利率は、年金財源の予定運用収入に係る利率に連動して定められてきたものであり、その委任の趣旨に沿うものであるなどとして、原判決中X敗訴部分を破棄し、Xの請求を認容した原々審判決は正当であるとして、上記部分につきYの控訴を棄却したものである。

 

4  法律の委任について

 法律の委任とは、法律がその所管事項を定める権能を命令に委任することをいい、委任を受けた命令は、委任の限度内で、法律事項を規定することができる(憲法73条6号参照)。もっとも、法律の委任は、立法権が国会に属するという憲法の原則(憲法41条)を崩さない程度において、個別・具体的に限られた特別の事項についてのみ行われ得るものであり、国会の立法権を放棄するに等しい一般的抽象的な委任は憲法上許されないと解されている(清宮四郎『憲法Ⅰ〔第3版〕』(有斐閣、1979)429~430頁、野中俊彦ほか『憲法Ⅱ〔第5版〕』(有斐閣、2012)211頁、田中二郎『新版行政法 上巻〔全訂第2版〕』(弘文堂、1974)164頁等)。
ところで、いわゆる猿払事件判決(最大判昭和49・11・6刑集28巻9号393頁)は、国家公務員法102条1項による人事院規則への委任の憲法適合性につき、「政治的行為の定めを人事院規則に委任する国公法102条1項が、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を具体的に定めることを委任するものであることは、同条項の合理的な解釈により理解しうるところである。……右条項は、それが同法82条による懲戒処分及び同法110条1項19号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に委任するものであるからといって、そのことの故に、憲法の許容する委任の限度を超えることになるものではない。」と説示している。
 そして、上記の多数意見中にその判断の前提となるような一般論は示されていないが、4名の裁判官による反対意見は、授権規定の憲法適合性に係る一般論として、「国会が、法律自体の中で、特定の事項に限定してこれに関する具体的な内容の規定を他の国家機関に委任することは、その合理的必要性があり、かつ、右の具体的な定めがほしいままにされることのないように当該機関を指導又は制約すべき目標、基準、考慮すべき要素等を指示してするものであるかぎり、必ずしも憲法に違反するものということはできず、また、右の指示も、委任を定める規定自体の中でこれを明示する必要はなく、当該法律の他の規定や法律全体を通じて合理的に導き出されるものであってもよいと解される。」としている。この部分は、反対意見中に示されたものではあるが、その内容は合理的なものであるといえ、香城敏麿「判解」最判解刑昭和49年度243頁も、反対意見が示した上記の一般論は、多数意見の立場と異なるものではない旨の説明をしている。
  これらの点からみると、授権規定が憲法の許容する委任の限度を超えるか否かの判断に当たっては、基本的に、授権規定において委任の基準や考慮要素が明示されていなくとも、当該規定のみならず当該法律の他の規定や法律全体の趣旨、目的の解釈によって、その委任を受けた機関を指導又は制約すべき目標、基準、考慮すべき要素等が合理的に導き出される限り、憲法の許容する委任の限度を超えるものではないという考え方を基礎とすべきものと解され、本判決も、国公共済法附則12条の12の文言のみに着目するのではなく、その立法趣旨や同法の他の規定等を考慮した判断を示していることから、一般論として明示してはいないものの、上記のような考え方を前提として判断しているものと考えられる。

 

5 国公共済法附則12条の12及び厚年法改正法附則30条1項の憲法適合性について

本判決は、退職一時金制度の変遷等につき詳細に説明した上で(理由の5(1))、国公共済法附則12条の12は、同一の組合員期間に対する退職一時金と退職共済年金等との重複受給を避けるための調整措置として、従来の年金額からの控除という方法を改め、財政の均衡を保つ見地から、脱退一時金の金額の算定方法に準じ、退職一時金にその予定運用収入に相当する額を付加して返還させる方法を採用したものと解されるとし、このような同条の趣旨等に照らすと、同条4項は、退職一時金に付加して返還すべき利子の利率について、予定運用収入に係る利率との均衡を考慮して定められる利率とする趣旨でこれを政令に委任したものと理解することができ、同条の経過措置を定める厚年法改正法附則30条1項もこれと同様の趣旨で政令に委任したものと理解することができるとして、国公共済法附則12条の12及び厚年法改正法附則30条1項は、退職一時金に付加して返還すべき利子の利率の定めを白地で包括的に政令に委任するものということはできず、憲法41条及び73条6号に違反するものではないと判断した。
 上記のような委任の趣旨を導き出す論拠とされているのは、第一に、同一の組合員期間に対する退職一時金と退職共済年金等との重複受給を避けるための調整措置として定められたという国公共済法附則12条の12の立法趣旨(山口公生編『逐条国家公務員等共済組合法』(学陽書房、1988)646~651頁参照)であり、第二に、国公共済法に基づく退職共済年金等の長期給付は、組合員の掛金等の額にその予定運用収入の額を加えたものを原資として支払われることが予定されていたこと(当時の国公共済法99条1項2号参照)であり、第三に、昭和54年改正により廃止された退職一時金制度に代わるものとして設けられた脱退一時金制度においても、「利子に相当する金額」に係る利率が政令に委任されており、当該利率は政令により当時の予定運用収入に係る利率と同じ年5.5%と定められていたことである。
 なお、退職一時金返還制度は、当時、地方公務員共済組合法にも設けられたところ、その国会審議において、同法から政令に委任される事項に関する質問に対し、政府委員等から、利子相当額の利率につき、政令で年5.5%(当時の予定運用利率)と定めることを想定した内容の答弁が行われている(昭和60年6月13日第102回国会参議院地方行政委員会・松本英昭説明員答弁、同年11月21日第103回国会衆議院地方行政委員会・中島忠能政府委員答弁)。このような国会での答弁等は、根拠法令が異なるため直接判文には示されていないが、委任の趣旨を探求する上で有力な事情となり得るものと考えられる。
 ところで、原審は、国公共済法附則12条の12は、過去の退職一時金の支給を事後的に無効としてその返還を求めるものであり、不当利得返還に係る民法の規定の特別規定たる性質を有すると解した上で、同条4項はその利率を包括的に政令に委任したものであって無効であるとしている。しかし、同条が不当利得返還に係る民法の特別規定でないことは、同一の組合員期間に対する退職一時金と退職共済年金等との重複受給を避けるための調整措置というその立法趣旨等に照らし明らかであり、原審の判断は、その前提に誤りがあるといわざるを得ないであろう。

 

6 本件政令4条2項の法律適合性について

 判示事項とはされていないが、本件では、本件政令4条2項が定める利率が委任の範囲を逸脱するものではないかも問題となる。
 この点については、同項が定める利率は年金財源の予定運用収入に係る利率に連動して定められてきたものであるから、国公共済法附則12条の12及びその経過措置を定める厚年法改正法附則30条1項の委任の趣旨を前述のとおり解する以上、本件政令4条2項が委任の範囲を逸脱するものでないことは当然であると考えられ、本判決においてもその旨の判断が簡潔に示されている。

 

7  本判決の意義等

 平成22年の国会答弁によれば、旧三公社の退職者で退職一時金利子加算額の返還義務が生ずる者は、日本国有鉄道関係が5287名、日本電信電話公社関係が2万7619名、日本専売公社関係が303名であるとされており(平成22年11月17日第176回国会衆議院厚生労働委員会・五十嵐文彦副大臣答弁)、本件と同種の事案は、現在も下級審に相当数係属している。また、近時の最高裁判例においては、委任命令が授権規定の委任の範囲を逸脱するかどうかが問題となった事案は少なくないが(近時のものとして、最二小判平成25・1・11民集67巻1号1頁〔医薬品ネット販売最判〕等)、授権規定が憲法の許容する委任の限度を超えるか否か(いわゆる白紙委任であるか)が問題となった事案は比較的乏しい。これらの事情に照らすと、本判決は、今後の同種事案に係る裁判実務のみならず、授権規定の合憲性に関する判断事例としても、重要な意義を有するものと考えられる。

 

タイトルとURLをコピーしました