金融庁・経産省・環境省、「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定・公表
――ICMAハンドブックとの整合性に配慮、資金調達者に期待される事項・対応方法など示す――
金融庁・経済産業省・環境省は5月7日、トランジション・ファイナンスを実施する際の手引として「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定したとし、同日公表した。
3省庁の共催により今年1月27日から5月7日まで3回の会合を開いた「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」(座長・伊藤邦雄一橋大学CFO教育センター長、事務局・経産省産業技術環境局環境経済室)が国際原則を踏まえた基本指針の策定を目的として審議していた。「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けては、再生可能エネルギー等の既に脱炭素の水準にある事業へのファイナンスを促進していくことと合わせて、温室効果ガスの多排出産業が脱炭素化に向かって行くための移行(トランジション)の取組へのファイナンスについても促進していくことが重要」(3省庁による背景説明より抜粋)であるとの見地から、グリーンボンド原則などを策定してきた国際資本市場協会(ICMA)が2020年12月9日に公表した「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」を踏まえ、国内向けのトランジション・ファイナンスのあり方を市場関係者等実務者向けに発信することが急務となっているとして検討が進められたもので、基本指針の原案が4月5日に公表。同月16日まで意見募集に付すとともに、ICMAに対しても意見照会を行った。5月7日の成案の公表に際しては ‘Basic Guidelines on Climate Transition Finance’ と題する英訳も公開されている。
成案となった基本指針は、上記・ICMAハンドブックが示す「4要素(①トランジション戦略とガバナンス、②ビジネスにおける環境面のマテリアリティ、③科学的根拠のある戦略、④実施の透明性)に基づき、開示に関する論点、開示事項・補足、独立したレビューに関する事項を記載」したとされる。表紙・目次を合わせて全19ページ建て(5月7日付発表の一部には原案からの修正履歴を明らかにしたファイルの公表がある)。
基本指針では「第1章 はじめに」「第2章 トランジション・ファイナンスの概要」において目的や定義を説明しており、第2章「1. トランジション・ファイナンスの定義」によると、「トランジション・ファイナンスとは、気候変動への対策を検討している企業が、脱炭素社会の実現に向けて、長期的な戦略に則った温室効果ガス削減の取組を行っている場合にその取組を支援することを目的とした金融手法をいう」とされる。
また、上記・ICMAハンドブックにおいても「クライメート・トランジション関連の目的を持ち、以下のいずれかの形式により、発行された債券への資金供給を促進することを目的とする投資をクライメート・トランジション・ファイナンスであるとしている。(ア) 資金使途を特定した債券の場合:グリーン及びソーシャルボンド原則又はサステナビリティボンド・ガイドラインに整合、(イ) 資金使途を特定しない債券の場合:サステナビリティ・リンク・ボンド原則に整合」と説明したうえで、本基本指針におけるトランジション・ファイナンスの対象を(ア)トランジションの4要素を満たし、資金使途を特定したボンド/ローン(資金使途がグリーンプロジェクト〔既存のグリーンボンドガイドラインにグリーンプロジェクトとして例示あるもの、また発行実績のあるもの〕には当たらないが、プロセス等は既存の原則、ガイドラインに従う)、(イ)トランジションの4要素を満たし、トランジション戦略に沿った目標設定を行い、その達成に応じて借入条件等が変動する資金使途不特定のボンド/ローン(プロセス等は既存の原則、ガイドラインに従う)、(ウ)トランジションの4要素を満たし、既存のグリーンボンド原則、グリーンボンドガイドラインに沿ったもの(資金使途がグリーンプロジェクトに当たるもの)――と整理した(以上、第2章「2. トランジション・ファイナンスの概要」参照)。
続く「第3章 トランジション・ファイナンスに期待される事項と具体的対応方法」は「1. トランジション・ファイナンスで期待される開示要素の概要」「2. 各開示要素への具体的対応方法」と構成。ICMAハンドブックにおける4要素につき、まず「クライメート・トランジションに向けた資金調達を目的とした債券の発行に際して、その位置付けを信頼性のあるものとするために推奨される重要な開示要素」とし、改めて「要素1:資金調達者のクライメート・トランジション戦略とガバナンス」「要素2:ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ」「要素3:科学的根拠のあるクライメート・トランジション戦略(目標と経路を含む)」「要素4:実施の透明性」を挙げたうえで、各要素ごとに開示に関する論点と対応方法を示していく。
たとえば、要素1に関しては「開示に関する論点」として「a) トランジション・ファイナンスを活用した資金調達は、トランジション戦略の実現または実現への動機付けを目的とすべきである。トランジション戦略はパリ協定の目標に整合した長期目標、短中期目標、脱炭素化に向けた開示、戦略的な計画を組み込むべきである」といったかたちで i 項まで全9項目を掲出。ほか「開示事項・補足」として「j) トランジション戦略は、統合報告書やサステナビリティレポート、法定書類、その他投資家向けの資料等(ウェブサイトでの開示を含む。)によって事前に開示すべきである。左記については要素2以降も同様である」とする j 項から n 項までの5項目、「独立したレビュー、保証及び検証に関する事項」として「o) 資金調達者がトランジション戦略に関して客観的評価が必要と判断する場合には、外部機関によるレビュー、保証及び検証を活用することが望ましい」とする o 項および p 項の2項目を据えている。
なお、今般の公表と併せて、寄せられた50件の意見に関する「意見募集(パブリックコメント)におけるご意見の概要と回答」およびICMAを対象とした「海外機関からの主な御意見の概要及び回答」が発表されている。前者における「回答」をみると、「本基本指針は、トランジション・ファイナンスに期待される事項をあらかじめ整理することにより、資金調達者と資金供給者の間の対話の基礎を形成することを目指しています」「本基本指針とICMAのハンドブックで対象とする範囲に違いはありません」「トランジション・ファイナンスは本基本指針のみならず、グリーンボンド原則等の原則に準拠することを前提と考えており……」といった基本的な位置付けに関する補足説明や「開示の適切性がどのように評価されるのか、投融資の対象として選択されるのか否かは最終的には市場に委ねられるものと考えております。今後、事例を基に市場で形成されていく部分も多いと想定されるため、今後具体的な事例を通じた発信を行ってまいります」といった今後の方向性に関する表明がある。適宜参考とされたい。