米国のSSRNから見るコーポレート・ガバナンスの最新動向
第4回〔最終回〕 Restatement of the Law(Corporate Governance)
〔米国における会社法制の見直し〕と「会社の目的」について
早稲田大学法学部教授
渡 辺 宏 之
Restatement of the Law(Corporate Governance)と「会社の目的」
米国では現在、ALI(American Law Institute)によって、Restatement of the Law, Corporate Governanceと呼ばれる米国の会社法制の見直し(再定位)に関するプロジェクトが行われている。リステイトメント(Restatement)のそもそもの語源は、米国において連邦法がなく多数の州法が並立する分野で、「全米ベースで妥当していると思われる法理」を「再記述(Re-Statement)」することである。リステイトメントは米国ですでに多くの法分野に関して行われ、法源としての重要性が確立している。会社法の分野では、ALIにより1994年に刊行された「PRINCIPLES OF THE LAW, Corporate Governance: Analysis and Recommendations」が、これまで非常に大きな影響を与えてきた。そして、今回のRestatement of the Law(Corporate Governance)では、「会社の目的」に関する規定が創設されることになっている。
同Restatementの準備草案(pre-preliminary draft、2020年秋時点)によれば、「会社の目的(The Objective of the Corporation)」に関する規定(§2.01)では、「会社の目的は株主の利益のために会社の価値を向上させることにあり、それに反しない限りで、諸ステークホルダーの利益を勘案してもよい」とされている。同規定は、近年のデラウェア会社法(米国で最も一般的な会社法)の判例法理である「Shareholder Supremacy(株主第一主義)」をRestateしたものと言われている。
「Shareholder Supremacy(株主第一主義)」と「株主価値最大化」の相違
米国における「Shareholder Supremacy(株主第一主義)」とは「株主価値最大化」を意味すると一般には理解されがちであり、そうした主張を展開する会社法理論も少なからず見られる。しかしながら、Restatement of the Law(Corporate Governance)プロジェクトのReporter(座長)であるEdward Rock(ロック)教授(NY大学)は、「Shareholder Supremacy(株主第一主義)とは、株主価値最大化を意味するものではなく、株主と他のステークホルダーの利益が相反する局面において、最終的に株主の利益を優先するものである」とし、従来のデラウェア会社法の判例法理についてもこうした理解が正しいとする。また、Rock教授は、「会社がその『目的』を通じ、目的達成に適切な財の配分や投資を通じて、諸ステークホルダーの利益の実現を図ること」も、上記の正当な「Shareholder Supremacy(株主第一主義)」の考え方に矛盾しないとする(For Whom is the Corporation Managed in 2020?: The Debate over Corporate Purpose by Edward B. Rock :: SSRN)。〔同論文をめぐる議論の状況(以下の2本の拙稿を含む)は、上記リンクの「Citations」の部分から確認できる。〕
米国において、2019年のビジネスラウンドテーブル新宣言(本連載第2回参照)が出されて以降は、同新宣言はデラウェア会社法の判例法理(Shareholder Supremacy)に抵触する可能性があるとの見解がしばしば見られた。しかしながら、株主利益に大きく反しつつ他のステークホルダーの利益を図るような場合を除けば、諸ステークホルダーの利益を図る経営を行うことは、デラウェア会社法の判例法理にも反しないことになる。また、株主と他のステークホルダーの利益相反の問題は、限られた「パイ」を奪い合うという前提のもとで生じるものである。それゆえ、諸ステークホルダーの利益を増進させてパイ〔会社が生み出す様々な利益の総和(=社会的厚生)〕を大きくすれば、結果的に株主への分配比率を相対的に下げたとしても、株主への分配額自体を純増させることも可能になり、こうした場合も、Rock教授の掲げる「Shareholder Supremacy(株主第一主義)」の考え方に矛盾しないことになろう。
残された問題点と今後の展開
しかし、Rock教授が米国会社法の判例法理として掲げる「Shareholder Supremacy(株主第一主義)」(ステークホルダー間で利益の相反がある場合に最終的に株主の利益を優先する)と、Restatement草案における「会社の目的は株主の利益」という基本的な立場には、理論上は大きなギャップがある。Rock教授は、「株主による出資が会社財産の基礎となり、株主による意思決定が会社運営の基本となる」ことから、株式会社においては法形式上「Shareholder Supremacy(株主第一主義)」が想定されているとするが、そのように株式会社において「株主の存在が根本的な重要性を有する」ことは、株式会社が「株主の利益のために運営される」ことを当然には意味しないはずである。しかしながら、Rock教授は株主・取締役間の「エージェンシー理論」を堅持しており、そのことにより、せっかくの同教授の「正当な株主第一主義」と俗にいう「株主価値最大化主義」との区別を曖昧にしてしまう。
そもそも、「エージェンシー(本人・代理人)関係」を想定すべき状況は、株主と取締役の関係に限定されるものではない。米国のデラウェア州等の会社法においても(わが国の会社法と同様)、取締役は本来的に株主ではなく会社に対して信認義務を負うことになっている。しかし、そのことを認めつつもRock教授は、米国では信託の受託者は信託のagentとみなされるが、信託ではなく受益者(beneficiary)に対して信認義務を負っているとし、株式会社における株主・取締役間の「エージェンシー関係」もこれと同様に位置付けられるとする。しかし、法人格を有しない信託では、それゆえに受託者が自己の名義で信託に関する取引を行うのであり、法人格を有する株式会社と同一視することは、会社と信託の法形式上の根本的な相違を捨象しており、説得性に大きく欠けると言わざるをえない。
いずれにしても、Rock教授が「米国会社法の判例法理であるShareholder Supremacy(株主第一主義)は、株主価値最大化を意味しない」ことを明らかにした意義は大きい。しかしながら、「会社の目的は株主の利益」を基本的立場として掲げるRestatement草案の規定振りにはかなり疑問がある。同プロジェクトでは、本年11月にpreliminary draftが提出される予定であり、今後の動向が注目される。
[本連載・完]
★米国のSSRNから見るコーポレート・ガバナンスの最新動向 第1回 〈インタビュー〉SSRN(Social Science Research Network)について 渡辺宏之(2021/05/07)
◆米国のSSRNから見るコーポレート・ガバナンスの最新動向 第2回 米国ビジネスラウンドテーブル新宣言(2019年8月)について 渡辺宏之(2021/05/14)
(わたなべ・ひろゆき)
早稲田大学法学部教授。専門分野は、会社法・資本市場法・金融法・信託法。東京大学特任准教授、早稲田大学准教授等を経て、2008年より早稲田大学教授。
〔渡辺 宏之(Hiroyuki Watanabe) – マイポータル – researchmap〕
https://researchmap.jp/read0164658
〔SSRN(Social Science Research Network)掲載論文〕
Author Page for Hiroyuki Watanabe :: SSRN
https://papers.ssrn.com/sol3/cf_dev/AbsByAuth.cfm?per_id=810174