三菱食品、連結子会社元執行役員による不正行為
岩田合同法律事務所
弁護士 藤 原 宇 基
1. 事案の概要
三菱食品株式会社は、平成29年4月21日、同社連結子会社株式会社ファインライフの元執行役員が、平成16年6月から平成27年3月までの約11年間にわたり、取引先の請求書を偽造した上、個人の私的流用目的で合計約9.8億円を着服していたと発表した(以下「本件不正事件」という。)。
三菱食品グループは、平成28年11月の国税局の税務調査の過程において本件不正事件が発覚した後、直ちに社外弁護士を起用し、社内調査を実施するとともに、元執行役員を同年12月付で解任したうえで、刑事告訴の手続をとった。
また、再発防止策として、三菱食品及び連結子会社における類似事案の有無の調査、決裁体制を整える等のガバナンス強化、コンプライアンス研修の強化を実施するとしている。
2. 上場企業における不正行為発覚時の対応
上場企業における不正行為発覚時の対応としては、日本取引所自主規制法人が公表している「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」[1](以下「プリンシプル」という。)が参考となる。
(1) 調査
プリンシプルでは、まず、「不祥事の根本的な原因の解明」が求められている。
そのためには、最適な調査体制の構築が求められており、社内調査によるものでもよいが[2]、内部統制の有効性や経営陣の信頼性に相当の疑義が生じている場合、当該企業の企業価値の毀損度合いが大きい場合、複雑な事案あるいは社会的影響が重大な事案である場合などには、調査の客観性・中立性・専門性を確保するため、第三者委員会の設置が有力な選択肢となるとされている。
本件不正事件では、第三者委員会は設置されていないが、社内調査を社外弁護士に行わせることにより、調査の客観性・中立性・専門性の確保が図られている。
(2) 不正行為者への対応・処分
プリンシプルには記載がないが、不正が横領・背任であった場合、不正を行った者に対する懲戒処分、民事上の損害賠償請求、刑事告訴といった対応が考えられる。
それぞれ要件が異なり、また、対応・処分の必要性も異なることから、調査結果を踏まえて、いかなる対応・処分をするかについて慎重に検討する必要がある。
報道によれば、本件不正事件では、発表された執行役員の解任、刑事告訴の他に、着服金の弁済請求も行われたとのことである。
(3) 再発防止
プリンシプルでは、再発防止について、組織の変更や社内規則の改訂等にとどまらず、再発防止策の本旨が日々の業務運営等に具体的に反映されることが重要とされている。
本件不正事件では、規程類の整備に加え、ガバナンス強化の一環として三菱食品より子会社の経理部門に追加で人員が派遣されている。
(4) 情報開示
プリンシプルでは、不祥事に関する情報開示は、その必要に即し、把握の段階から再発防止策実施の段階に至るまで迅速かつ的確に行うべきものとされている。
まず、開示の必要性については、個別事情の存在のみから一面的に判断するのではなく、関連する事象の内容等を踏まえた上で、上場会社として多様なステークホルダーの利益を考え、開示するメリット・デメリットを適切に評価することが求められるとされている[3]が、その基準は明確ではない。この点、不正行為が発覚したが、重要性がないとして公表していない案件の多くが、不正の対象となる金額が5000万円未満であるとの調査結果もある[4]。
本件不正事件は、約9.8億円の着服であるため、開示を行うことに異論はないと思われる。
次に、開示の時期については、迅速性のみを求めるものではなく、個別事案ごとに迅速性と的確性のバランスを踏まえて判断すべきものとされており[5]、正確性を欠く情報開示は上場規則違反となる可能性がある[6]ため、拙速な情報開示とならないよう留意する必要がある。
本件不正事件では、平成28年11月の発覚から平成29年4月の開示まで5ヵ月以上が経過しているが、慎重な調査が行われたものと思われる。
以上は、不正行為発覚時の対応であるが、まずは不正行為が行われないように防止することが重要であることは言を俟たない。
本件不正事件のように親会社による監督が十分に及ばない子会社での不正行為が増えているという調査結果もあり[7]、上場会社には、子会社・関係会社を含めて、実質的なコンプライアンス体制を確立することが求められる(プリンシプルでも「自社(グループ会社を含む)に関わる不祥事」と明記されている。)。
[1] http://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d10/nlsgeu0000012u81-att/fusyojiprinciple02.pdf
[2] 「『上場会社における不祥事対応のプリンシプル』(案)に寄せられたパブリック・コメントの結果について」(以下「考え方」という。) 12
[3] 考え方 26
[4] デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社・有限責任監査法人トーマツ「企業の不正リスク実態調査 2016」https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20161117.html
[5] 考え方 28
[6] 考え方 29
[7] 東京商工リサーチ株式会社「『不適切な会計・経理を開示した上場企業』調査 2015年」http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20160210_01.html