SH3857 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第37回 第7章・Defect等(3) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/12/16)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第37回 第7章・Defect等(3)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第37回 第7章・Defect等(3)

4 修補による対処

 DNP満了までは、defect等への対処は、Contractorによる修補が原則である(11.1項)。日本の民法では、修補請求に加えて、報酬の減額、損害賠償の請求を定めており(民法636条等参照)、この損害賠償の対象としては、他の業者に修補をさせた場合の代金も含まれ得る。すなわち、日本の民法では、注文者において他の業者に修補させることが制限されていないが、FIDICでは、上記のとおり、DNP満了までは、Contractorによる修補が基本となっている。これは、Contractorの側から見ると、他の業者ではなく、自らが修補する機会が保障されていることになり、低コストで修補する努力ができる。すなわち、他の業者がより高いコストで修補し、その代金がContractorに求償される場合と比べると、Contractorとしては自らの負担を軽減し得る機会が保障されていることになる。

 この機会が保障されていないと、時として、経済的に重大な結果が生じる可能性がある。たとえば、他の業者が著しく高い金額で修補を行ったような場合、求償を受けたContractorは、Performance Bondを実行される危機や、悪ければ倒産の危機に直面することもあり得るからである。

 このようにContractorが自ら修補する「機会」は重要な意味を持ち得るが、FIDICで保証されているのはあくまでも「機会」であり、Contractorが所定の期間内にdefect等を修補しない場合には、Employerはその裁量により、修補を自ら行い、あるいは他の業者に行わせ、その代金をContractorに請求することができる(11.4項)。

 また、DNP後については、FIDICに特に規定はなく、したがってContractorによる修補が原則とも定められていない。DNP後というのは、基本的にPerformance Certificateが発行された後であるから、Contractorが工事現場から退去していると考えられるため、Contractor以外による修補の方が合理的なことも、十分に考えられる。

 なお、Contractorが工事現場に立ち入る権利を有するのは、Performance Certificate発行の28日後までとされている(11.7項)。Contractorは、Performance Certificate発行後速やかに、工事現場から退去する必要があり、その28日後になってもContractorの残置物がある場合には、Employerはそれを、Contractorの費用負担で処分できる(11.11項)。

 

5 修補により解消されない損害

 上記のとおり、defect等への対処はまずはその修補ということになるが、修補では償えない損害がある。defectにより事故が生じ、人損あるいは物損が生じた場合、これらはdefect自体を修補することでは償えない。これらの損害については、修補に加えて、別途Employerないし被害者が、Contractorに対して、契約書の規定に基づき、あるいは契約準拠法とされた国の法令に基づき、損害賠償を請求し得る。

 また、defectにより、工事目的物が稼働できず、そこで行われる事業につき逸失利益(lost profits)が生じることが考えられる。これも、上記の人損あるいは物損と同様に、別途損害賠償を請求することが考えられるものの、工事引渡(Taking-Over Certificate発行)の前であれば、工事引渡の遅れに伴う稼働開始遅延の問題として、所定の遅延損害金(Delay Damages)によって処理される。すなわち、これとは別に、逸失利益の損害賠償を請求することはできない(8.8項)。

 工事引渡の後は、通常Delay Damagesは適用されないため、defectにより遺失利益が生じた場合に、これがDelay Damagesによって処理されることはない。もっとも、企業が逸失利益の損害賠償を請求することは、一般に容易ではなく、その理由としては、①逸失利益は莫大な金額になり得ること、②その金額の多寡はEmployer側の事業運営により左右される一方、Contractor側で影響力を及ぼす余地がないため、Contractorに逸失利益を負担させることの公平性に疑問があり得ること、③企業の収益は様々な要素により変動するため、逸失利益の額および因果関係を立証することが容易ではないこと等が考えられる。

 なお、米国ではEconomic Loss Ruleという法理があり、設備等の不稼働による逸失利益の損害賠償請求が、契約上の根拠がない限り制限されることが多い。

 また、FIDICにおいては、下記のとおり、逸失利益を原則として、賠償の対象から除外している。

 

6 賠償責任制限条項

 大規模な建設・インフラ工事では、Contractorの損害賠償責任が極めて大きくなり得るため、Contractorとしては、その額、範囲等を制限する規定を望むと思われる。一方、Employerとしては、かかる規定は、ContractorからEmployerへの損害負担リスクの移転になるため、容易には受け入れ難いものである。Contractorの賠償責任制限条項は、当事者双方にとって重要な意味を持ち、契約交渉でもポイントとなる。

 賠償責任制限条項の類型としては、次の3つがある。

  1. ① defect等について、Contractorは修補を行うだけであり、損害賠償等のそれ以外の請求を認めない。
  2. ② Contractorの損害賠償の上限額を定める。
  3. ③ 逸失利益、間接損害(consequential damages等)、懲罰賠償等、一定の損害項目を賠償の対象から排除する。

 なお、②の上限額の定め方としては、個別の損害項目毎に定める方法と、Contractorの損害賠償総額について定める方法があり、両者が併用されることも多い。

 FIDICでは、②および③の規定を設けている。②については、1.15項(Silver Bookでは1.14項)が、損害賠償総額について定める方法の上限額を規定しており、また、個別の損害項目毎に定める方法として、8.8項が、Delay Damagesについて上限額を定める方法を規定している。③については、1.15項(Silver Bookでは1.14項)が、逸失利益(loss of use of any Works、loss of profit、loss of any contract)と、間接損害(indirect or consequential loss or damage)を、原則として賠償の対象から排除している。

 ただし、賠償責任制限条項は、本来損害賠償責任があるにも拘わらず、それを制限するという重大な効果を伴うため、有効性が争われることが多く、実際に有効性が全部または一部について否定されることもある。

 特に、本来賠償責任を負う側に故意、重過失等がある場合には、有効性が否定されることが多い。FIDICの上記規定においても、詐欺(fraud)、重過失(gross negligence)、故意(deliberate default)または明らかな不注意(reckless misconduct)がある場合には、賠償責任が制限されないと定められている(1.15項(Silver Bookでは1.14項)、8.8項)。

 その他に、有効性につき考慮される要素としては、損害の性質もある。一般に、人身被害が生じている場合には、物損や、逸失利益等の場合よりも、賠償責任制限条項の有効性が否定されやすいといえる。他方、逸失利益の場合には、前記5のとおり、もともと賠償請求自体が制限されることも多く、賠償責任制限条項の有効性が維持され易い傾向にあると考えられる。

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