国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第53回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(2)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第53回 第11章・紛争の予防及び解決(2)――当事者による相手方当事者への請求(2)
4 金銭的請求・時間的請求を行うための手続
⑴ 概要
20.2項の請求手続は、複数の段階に分かれ、それぞれに期間制限や派生手続が設定されているなど、非常に複雑な仕組みとなっている。大きな流れとしては、①請求通知の送付、②これに対する回答の送付、③詳細な請求書面の提出、④Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)による合意形成または決定と進むことが想定されており、かつ、これらの手順を全て終えるには5ヵ月以上かかる可能性も想定されている。個々の手順に関するFIDICの定めは、要約すれば次のとおりである。
⑵ 請求通知(20.2.1項)
自らに請求権があると主張する当事者(以下、「請求当事者」)は、Engineer(Silver Bookでは相手方当事者)に対し、請求の根拠となる事象を認識した(または認識すべきであった)後、可能な限り速やかに、かつ遅くとも28日以内に、当該事象を記載した通知を送付しなければならない。
この請求通知が28日の期限内に送付されなかった場合には、当該請求はできなくなり、相手方当事者は請求の根拠として主張された事象に関し、なんらの責任も負わないこととなる。これは、請求に関する期間制限の定めであり、いわゆる「time-bar条項」と呼ばれるものの一つである。後述のとおり、20.2項には、他にも複数のtime-bar条項が存在する。
⑶ 請求通知への回答(20.2.2項)
請求通知を受けたEngineer(Silver Bookでは相手方当事者)は、当該通知が28日の期限内に送付されていない(すなわち請求はtime-barにかかる)と考えた場合には、通知の受領後14日以内に、理由を付して、その旨を請求当事者に通知する必要がある。
14日の期限内にtime-barの通知がなかった場合には、請求通知は有効とみなされる。したがって、仮に客観的に見れば28日の期限が過ぎていた場合でも、Engineerまたは当事者が何らかの理由で14日以内にtime-barの通知を出さなければ、請求が復活すると解釈する余地がある。
Red BookとYellow Bookにおいては、Engineerが14日以内にtime-barの通知を出さなかった場合に、異議を唱える機会が相手方当事者に与えられている。すなわち、有効とみなされた請求通知に異議のある相手方当事者は、Engineerに対し、通知をもって、異議の内容を説明することとされている。この異議は、のちにEngineerが請求についての合意形成または決定を行う段階で、合わせて検討される。Silver Bookでは、time-barの通知を出す主体は相手方当事者であり、出さなかった場合の帰結(=請求通知のみなし有効)も相手方当事者が甘受してしかるべきであるため、このような異議を唱える機会は与えられていない。
一方、14日の期限内にtime-barの通知が出された場合で、請求当事者がこれに異議があるとき、または期限に遅れたことを正当化する事由があると考えたときは、のちに提出する詳細な請求書面において、自らのポジションを詳しく説明する必要がある。
⑷ 詳細な請求書面(20.2.4項)
請求当事者は、請求の根拠となる事象を認識した(または認識すべきであった)後84日以内に、Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)に対して、下記の事項を含む詳細な請求書面(fully detailed Claim)を提出することとされている。この84日の期限は、上記(2)の請求通知を送付するための28日の期限と同時進行するものであり、請求通知やそれに対する回答から起算されるのではないことに注意が必要である。
- ▻ 請求の根拠となる事象の詳しい説明
- ▻ 請求の契約上の根拠その他の法的根拠
- ▻ 請求の根拠となる事象の起きた当時か、その直後に作成された記録(20.2.3項で「contemporary records」と定義されている)のうち、請求を裏付けるために依拠するものすべて
- ▻ 請求する金額または延長を求める期間の詳細な数字的根拠
請求当事者が、上記のうち、契約上の根拠その他の法的根拠を84日の期限内に提出しなかったときは、請求通知はその効力を失い、当該請求が認められることはなくなる。その場合、Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)は、84日の期限経過後14日以内に、期限が過ぎた(すなわち請求はtime-barにかかる)旨を請求当事者に通知することとされている。なお、請求当事者が、法的根拠以外の事項を期限内に提出しなかったとしても、time-barの効果は生じない。これは、EngineerやEmployer’s Representativeにとって、法的根拠は請求を検討するうえで欠かせない情報であるためと思われる。
14日の期限内にtime-barの通知がなかった場合には、請求通知は有効とみなされる。つまり、この段階においても、上記⑶で述べたのと同様に、請求の復活が起こりうるということである(客観的には84日の期限内に請求当事者が法的根拠を提出しなかったと評価できる場合でも、EngineerまたはEmployer’s Representativeが何らかの理由でtime-barの通知を出さなかったときは、失効したはずの請求通知が復活すると解釈する余地あり)。そして、この場合も上記⑶と同様に、相手方当事者は有効とみなされた請求通知に対し異議を唱えることができ、通知をもって異議の内容を説明すれば、のちにEngineer(Silver BookではEmployer’s Representative)が請求についての合意形成または決定を行う段階で、合わせて検討されることとなる。
なお、請求の根拠となる事象が継続的な影響をもたらすものである場合は、20.2.4項に基づいて提出する詳細な請求書面は中間請求と扱われ、Contractorはその後、1ヵ月ごとにさらなる中間請求を提出しなくてはならない。当該事象の影響がなくなったときは、その後28日以内に最終の詳細な請求書面を提出することとされている(20.2.6項)。
請求に対する回答について付言すると、1999年版書式においては、Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)は、Contractorの請求を受領した後42日以内に、請求を受諾するか、あるいは理由を述べて拒否するかのいずれかにより回答することとされており、また、請求を裏付けるための追加資料の提供を求めることもできる(ただし、それとは別に42日以内の回答は行う必要がある)とされていた。そのため、実務的には、EngineerまたはEmployerが、「裏付けが足りない」として請求を拒否し、何度も追加資料の提供を求めるという問題が頻発した。その際、どのような追加資料が必要であるか具体的に指定されることは稀であるため、Contractorとしては手探りで資料を提供し続けなければならず、これを過大な負担と考えるContractorも少なくなかった。2017年版書式では、詳細な請求書面の受領後にEngineerまたはEmployer’s Representativeが追加資料を必要とする場合には、20.2.5項において、請求当事者に対し、必要な追加資料の内容と、それが必要である理由を述べた通知を出すこととされており、上記のような問題に対処しようと努めたことが見て取れる。
⑸ Engineer/Employer’s Representativeによる合意形成または決定(20.2.5項)
上記⑷の詳細な請求書面を受領した後、Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)は、3.7項(Silver Bookでは3.5項)の定めに従い、請求を認めるか否か、また認めるとしてどの程度認めるかについて、当事者間の合意形成または決定を行うこととされている(具体的な手続内容は後述する)。請求通知や法的根拠の提出に関してtime-barの通知が出された場合であっても、この手順は踏む必要がある。さらに、time-barの通知が出された場合に特有の定めとして、合意形成または決定において、請求通知が有効と扱われるべきか否かという点を含めなければならず、その際には詳細な請求書面に記載された請求当事者の異議の内容や、提出期限に遅れたことを正当化する事由の説明を考慮するものとされている。これはつまり、time-barの通知が出された場合でも、合意形成または決定の段階で、EngineerやEmployer’s Representativeが、諸事情を考慮のうえtime-barについて不問に付すという判断を行えることを意味する(ただし、当事者がこの判断に不服のある場合、本章の後半で取り扱う紛争解決手続に付することができる)。
上記の考慮事項には、期限を過ぎてからの提出によって相手方当事者がどのような不利益を被ったか、請求の根拠となる事象や法的根拠について相手方当事者が事前に知っていたかといった点が含まれうる(ただし、20.2.5項は、これらが例示であり、必ず考慮しなければならないわけではない旨を明示している)。したがって、たとえばContractorがEngineerやEmployerに対し、EOTの根拠となりそうな事象について、事前に書面や会議の席で伝えていた場合には、当該書面や議事録の内容が考慮される可能性が高いと言えよう。