SH4037 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第61回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(5) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/06/23)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第61回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(5)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第61回 第11章・紛争の予防及び解決(4)――DAAB(5)

4 DAABの価値の要因

⑴ 手続の柔軟さ

 まず、DAABが判断(decision)を行うにも拘わらず、仲裁と比べて紛争解決コストが少なくなる理由として、手続の柔軟さがある。ここでいう柔軟さとは、DAABメンバーの差配のもとに、効率的な手続が志向できるという意味である。これにより、最小限の主張書面及び証拠と、最短のヒアリング等による判断が実現できる。

 これに対して厳格な手続である仲裁では、当事者の手続的権利が強く意識され、効率性が後退しやすく、当事者が最大限の主張立証を行う傾向にある。そのため、提出される主張書面及び証拠の量が多大となり、多くの専門家証人が関与し、ヒアリングの日数も増える傾向にある。

 

⑵ 手続のタイミング――紛争発生時点との時間的距離

 次に、仲裁と比較すると、DAABは早いタイミングで紛争に対処することになり、換言すれば、手続を行うタイミングと、紛争発生時点との時間的距離が近い。このことには、次の二つのメリットがある。

 一つは、事実の把握のしやすさである。仲裁のコストの多くは、事実関係について、仲裁人と共通認識を形成するために費やされる。すなわち、証拠の収集及び事実関係の把握、整理、事実主張、事実証人の尋問等に費やされる。代理人弁護士からすると、自らが体験していない過去の事実について、仲裁人との間で、仲裁判断に記載できるだけの精度及び確度で共通認識を形成することを目指すことになるが、多大な労力が必要となる作業である。

 特に、大規模な建設・インフラ工事においては、工事が多層的に行われるため、紛争の原因となっている箇所が、後の工事によって覆われ、見えなくなる可能性が高い。その場合には、上記の共通認識のための労力は、更に負担の大きなものとなる。

 これに対し、DAABでは、紛争発生時点との時間的距離が近いため、紛争の原因となっている箇所が露見している可能性が高いなど、上記の共通認識のための労力が、負担の少ないものとなりやすい。これは、DAABが現場を定期的に視察することも踏まえると尚のこと、紛争解決コストの大きな減少要因である。

 もう一つのメリットは、初期段階で紛争ないしその予兆に対処できることである。第51回において述べたとおり、損害の回避ないし軽減が可能なのは、基本的に損害が発生、拡大している最中という、初期の段階である。

 第51回においては、トータルの損害が少なければ少ないほど、効率的解決がはかりやすいことも述べた。また、法的紛争の多くは損害をめぐって生じるため、損害が回避できれば、かかる法的紛争を回避でき、更に言えば、収益面でのプラスでもある。

 DAABの価値は、前回述べたとおり、紛争の効率的解決、さらには紛争の予防、さらには収益貢献にあるところ、この価値は、DAABが初期段階で紛争ないしその予兆に対処できることを前提とするものである。

 この点に関連して、一つ強調するべきこととして、DAABは工事及び契約の当初から設置されることが、極めて重要である。紛争が生じてから設置される例、すなわちアドホック(ad hoc)の例があるが、これはDAABと評価し得るものではない。DAABの価値が全く生かされず、仲裁に対する優位性が失われる。しかも、後の仲裁手続によって、覆され得るものであるから、非常に中途半端な、存在価値の低い手続となってしまう。

 1999年版FIDICのYellow及びSilverが、アドホックのDAAB(DAB)を認めているという解釈もあるが、それは適切ではない。DAABは、その価値を発揮するために、常に当初から設置される必要があり、換言すれば、スタンディング(standing)である必要がある。2017年版は、この点を明確にする形で、作成されている。

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