SH4118 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第70回 コラム――国際的な紛争解決における国家主権の壁 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/09/01)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第70回 コラム――国際的な紛争解決における国家主権の壁

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第70回 コラム-国際的な紛争解決における国家主権の壁

1 国家による紛争解決手続と、国家によらない紛争解決手続

 紛争解決手続には、国家によるものと、国家によらないものとがある。この差異が、後記のとおり、国際的な紛争解決において、重要な意味を持ち得る。

 国家による紛争解決手続は、裁判所における訴訟等の紛争解決手続であり、司法権に基づくものである。司法権は、国家権力の重要な要素であり、日本の近代化の過程において列強との不平等条約改正が進められた際にも、日本の司法権に対する制限(領事裁判権)の解消が重要なテーマであった。

 一方、国家によらない紛争解決手続の代表は、仲裁である。これは、拘束力の根拠を、国家権力ではなく、当事者の合意(仲裁合意)に求めるものである。FIDICに規定されるDAABも、国家によらない紛争解決手続である。

 ただし、仲裁も、強制執行の段階になると、裁判所の手続に依拠する必要がある。例えば、企業Xが、企業Yに対して金銭を請求する仲裁を申立て、勝訴した場合(申立を認容する仲裁判断を得た場合)、強制的に企業Yの資産を差し押さえるためには、その資産がある国の裁判所において、強制執行の手続を進める必要がある。

 また、仲裁判断に基づく強制執行手続を円滑に進めるために締結された条約が、いわゆるニューヨーク条約、すなわち、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約である。この条約は加盟国数が170ヵ国に達し、広く尊重されており、最も成功した条約の1つと言われている。このニューヨーク条約の支えのもとで、国際的な紛争解決において、仲裁が広く用いられている。

 紛争解決手続については、判断を得る段階と、得た判断に基づき強制執行を行う段階とを区分して考える視点が有益であるところ、国家による紛争解決手続と、国家によらない紛争解決手続との差異が見られるのは、このうち、判断を得る段階である。この段階では、以下に述べるとおり、国際的な紛争を解決する上での、有意な差がある。いずれも、国家による紛争解決手続について、国家主権の壁が問題となるため、国家によらない紛争解決手続が合理的と考えられる点である。

 

2 国家主権の壁が問題となる場面

⑴ 送達

 国家による紛争解決手続である訴訟と、国家によらない紛争解決手続である仲裁との違いは、送達手続に表れる。訴訟の開始にあたり、訴状を海外の相手方当事者に送達する必要があるが、外交ルートを経る必要がある。例えば、日本の裁判所が、訴状を米国で送達することは、日本の司法権を米国で行使することになるため、国家主権の壁により許されない。そのため、外交ルートを経て、米国の協力の下に、米国で送達をする必要がある。

 その結果、訴訟では、海外での送達に時間を要することになる。米国であれば、数ヵ月で送達ができると期待できるが、国によっては、送達に1~2年程度を要することもある。

 加えて、訴訟を提起し一審で勝訴判決を得たとしても、この判決をまた外交ルートを通じて送達する必要がある。この手続にも、国によっては、再度1~2年程度を要することになる。

 これに対し仲裁であれば、申立書及び仲裁判断の送達は、国境を越えるものであっても、電子メールないしインターネットを介して電子図書として行えるし、ハードコピーを送付する場合でもFedEx、DHL等により、ごく短時間のうちに行われる。国家主権の壁が、国家によらない紛争解決手続である仲裁では、問題にならないためである。

 

⑵ オンライン手続

 コロナ禍で、海外への移動が極めて困難であった時期、米国での重要訴訟のために、経営トップが日本からオンラインで証言することができないかと、相談を受けたことがある。これが許容されないというのが、国家主権及び日米領事条約の下でのルールである。米国の司法権が、日本国内で行使されることになってしまうからである。

 これに対し、仲裁であれば、国家主権の壁がなく、オンラインを用いた証言等の手続は、一般的である。

 

⑶ 言語

 ドイツ、フランス、中国等の非英語圏での訴訟は、日本企業にとって多くの場合、特に負担が重いものである。訴訟は、基本的に、その国の言語で行われる。英語の手続であれば対応できるものの、それ以外の外国語の場合には、対応が困難という日本企業は多いと思われる。その場合、非英語圏での訴訟については、訴訟資料の英語または日本語への翻訳が必要となるなど、翻訳の負担が増す。また、ヒアリング等の手続も、英語であれば理解できるものが、英語以外の外国語の場合には、同時通訳がいない限り理解ができないという問題が生じる。

 一部、非英語圏の裁判所でも、国際的なビジネスの案件については英語での審理を可能とする動きがあるが、まだ一般的ではない。

 これに対し仲裁であれば、当事者が言語を選択することができ、国際仲裁であれば、通常は英語が選択される。

 

3 まとめ

 以上のとおり、国際的な紛争解決においては、仲裁の方が訴訟よりも、一般にスムーズに進むと考えられる。

 また、判断を得た後、これに基づき強制執行を行う段階においても、仲裁であれば、ニューヨーク条約によって、その締約国においてはスムーズに手続が進むと考えられるのに対し、訴訟の場合、強制執行が行えない場面が多く考えられる。例えば、日本の裁判所の判決は、中国では強制執行が認められない。

 そのため、国際的な紛争解決においては、仲裁が広く活用されている。

 なお、念のため付言すると、DAABが仲裁よりも効率的な紛争解決手続であることは、本連載で既に述べたところであるが、DAABも国家によらない紛争解決手続である。したがって、DAABにおいて、国家主権の壁が問題になることはなく、送達、オンライン手続、及び言語が特に問題になることはない。

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