Commonsense Principles of Corporate Governance
弁護士 平田和夫
弁護士 齋 雄太
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2016年7月21日、米国各紙及び[注]に記載のウェブサイトに、「Commonsense Principles of Corporate Governance」と題する声明(以下「本原則」という。)が、米国の著名な企業及び機関投資家等の経営者により、公表された。
本稿では、本原則の概要、趣旨、我が国のコーポレートガバナンス・コード(以下単に「コード」という。)との異同等について簡略に説明することとしたい。なお、本稿のうち意見にわたる部分は、筆者らの属する組織等の意見を示すものではない。
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本原則は8個の項目を有しているが、以下に、項目ごとにその一部を要約して示すこととする。
- ⑴ 第1に、取締役会、とりわけその構成と内部の統治に関する事項である(本原則Ⅰ)。
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取締役会の構成に関し、①取締役の忠誠心は株主及び会社に向けられるべきであり、取締役会はCEO等の経営陣と癒着していてはならないこと、②取締役は相互補完的で多様な技能、経歴及び経験を有しているべきであることなどが述べられている。
取締役の報酬及び株式保有に関し、会社は、取締役の報酬の相当な割合(例えば、一定の会社においては50%又はそれ以上程度)を、株式、業績連動型株式等で支払うことを検討すべきであるなどと述べられている。 - ⑵ 第2に、取締役会の職務に関する事項である(本原則Ⅱ)。
- 取締役会の重要な活動、特に議題に関し、年間を通じ議題はとりわけ次のもの等に焦点を当てるべきであるとして、10個のものが掲げられ、例えば、①現在のCEO及び他の主要な経営陣の業績及びそれらの者の後継者計画、②長期的価値の実現に焦点を当てた株主価値の創造、③レピュテーショナル・リスクを含む重大なリスク、④企業の文化や価値の維持・強化を含む業績基準などが挙げられている。
- ⑶ 第3に、株主の権利に関する事項である(本原則Ⅲ)。
- ①議決権種類株式はベスト・プラクティスではないこと、②議決権種類株式は会社を短期的な価格変動から守るために導入されることがあるが、これが導入されている場合、その会社は、議決権種類株式を、期限の到来又は条件の成就により消去する旨のサンセット条項を設けることを検討すべきであることなどが述べられている。
- ⑷ 第4に、公への報告に関する事項である(本原則Ⅳ)。
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①会社は、アーニングス・ガイダンス(経営者利益予想)を公表することに必ずしもこだわる必要はなく、公表するとしても現実的であるべきで誇張した予想を立てるべきではないこと、②アーニングス・ガイダンス達成のための短期的利益の追求がかえって長期的には会社の価値を破壊する可能性があることなどが述べられている。
また、会社は、非公開会社と同等の長期戦略の観点を採用すべきであり、個別の重要な意思決定及び行動がどのように当該観点と一致しているかを株主に対し明確に説明すべきであるなどと述べられている。 - ⑸ 第5に、取締役会のリーダーシップ(筆頭独立取締役の役割を含む。)に関する事項である(本原則Ⅴ)。
- 状況に応じ、筆頭独立取締役の職務には次のものが含まれるとして、8個のものが掲げられ、CEOが議長を兼任する場合に議長と独立取締役との間の連絡役となること、取締役会の年次自己評価を先導することなどが挙げられている。
- ⑹ 第6に、後継者計画の管理に関する事項である(本原則Ⅵ)。
- 会社は、取締役会の後継者計画策定に向けた議論の過程を株主に知らせるべきであり、また、突然、緊急に承継が必要となった場合に備えた適切な計画を有するべきであるなどと述べられている。
- ⑺ 第7に、経営陣への報酬に関する事項である(本原則Ⅶ)。
- ①成功するためには、会社は、最良の人材を惹き付け、保持しなければならず、そのため競争力のある経営陣への報酬は決定的に重要であること、②報酬は、現在受け取る報酬の部分と長期的に受け取る報酬の部分との双方からなるべきであること、③会社は、現金及び株式報酬のいずれについてもクローバック方針を維持すべきであることなどが述べられている。
- ⑻ 第8に、コーポレート・ガバナンスにおける資産運用者の役割に関する事項である。(本原則Ⅷ)。
- 資産運用者は、①その顧客を代理し、上場会社において大きな影響力のある所有者となるため、当該会社におけるコーポレート・ガバナンスの在り方に影響を及ぼし得る立場にあること、②慎重に議決権を行使すべきであり、顧客の長期的な経済上の利益にかなうと自らが信ずるところに従い、行動すべきであること、③会社の長期的な価値の創造のために、株主に提案された議題を評価するに十分な時間と人材を投入するべきであることなどが述べられている。
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本原則の趣旨について、①これらの推奨事項は絶対的なものを意味するわけではないこと、②米国民の努力が我が国の上場会社における信頼を促進することで、数多くの米国民の利益となる継続的な対話の端緒となることを強く望んでいることなどが述べられている。
なお、本原則の公表時のウォーレン・バフェット氏に対するインタビューの報道によれば、本原則の公表時の1年少し前にジェイミー・ダイモン氏がバフェット氏らに電話をかけ、将来のコーポレート・ガバナンスに有用なものとするため、本原則の作成を働きかけたとのことである。
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本原則は、長期的な視点での企業利益の実現に重きを置いている。その点ではコードと同様であるが、本原則は、上記報道でも述べられているように、アーニングス・ガイダンスの是非に再考を促すなど、短期的な利益の実現に期待が集中しがちな市場の現状に対し改めて一石を投じることを意図しているのではないかと思われる。
他方、例えば、①議決権種類株式やクローバックについては、本原則や「G20/OECD Principles of Corporate Governance」では触れられているのに対し、コードでは触れられていないこと、②本原則は推奨される原則を継続的な対話の端緒とすべく意見として述べたにとどまるのでComply or Explainは求められないのに対し、コードではこれが求められていることなど、本原則とコードとの間には相違もみられる。