◇SH0392◇最二小判 2015年3月27日 建物明渡等請求事件(千葉勝美裁判長)

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第1 事案の概要

 1 概要

 本件は、X(西宮市)が、市営住宅の入居者であるY1並びにその同居者であるY2及びY3(Y1の両親)に対し、当該市営住宅の明渡し及び明渡し済みまで月額7万7900円の割合による損害金の支払を求めるとともに、市営住宅の駐車場の使用者であるY2に対し、当該駐車場の明渡し及び明渡し済みまで月額1万円の割合による損害金の支払を求める事案である。
 Xは、平成19年12月、西宮市営住宅条例(平成9年西宮市条例第44号。以下「本件条例」という。)を改正して、入居者が暴力団員であることが判明した場合に市営住宅の明渡しを請求することができる旨を定めた上(以下、この規定を「本件規定」という。)、平成22年10月、従前からの入居者のY1が暴力団員であることが判明したとして、市営住宅の明渡等を請求したものである。
 Y1らは、本件規定が憲法14条1項(法の下の平等)又は22条1項(居住の自由)に違反するとの法令違憲の主張をし、また、本件に本件規定を適用することは憲法14条1項又は22条1項に違反するとの適用違憲の主張をしている。本件の争点は、これらの主張の当否である。

 

 2 本件条例

 本件条例は、「市が建設、買取り又は借上げを行い、市民等に賃貸し、又は転貸するための次号〔本件条例2条2号〕から7号までに規定する住宅及びその附帯施設」を「市営住宅」と定義している(本件条例2条1号)。具体的には、低額所得者に賃貸し、又は転貸するための住宅で、公営住宅法の規定による国の補助に係るものその他これに準ずる住宅(本件条例2条2号)、住宅地区改良法2条6項に規定する住宅その他これに準ずる住宅(本件条例2条3号)、国土交通大臣の承認を得た整備計画に基づき施行される密集住宅市街地整備促進事業又は住宅市街地総合整備事業に係る住宅(本件条例2条4号、5号)、兵庫県住宅供給公社から買取りを行い、中堅所得者に賃貸するための住宅(本件条例2条6号)及び特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律18条1項の規定に基づき建設する住宅(本件住宅2条7号)が「市営住宅」に含まれる。
 そして、本件条例46条1項柱書は「市長は、入居者が次の各号のいずれかに該当する場合において、当該入居者に対し、当該市営住宅の明渡しを請求することができる。」と規定しているところ、Xは、平成19年12月、本件条例を改正し、同項6号として「暴力団員であることが判明したとき(同居者が該当する場合を含む。)。」との規定を設けたものである(この同項柱書及び同項6号の規定のうち、入居者が暴力団員であることが判明した場合に市営住宅の明渡しを請求することができる旨を定める部分が「本件規定」である。)。
 なお、本件条例において、「暴力団員」とは、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴力団対策法」という。)2条6号に規定する暴力団員をいうと定義されている(本件条例7条5号)。

 

 3 事実関係

 本件の事実関係の概要は、次のとおりである。

  1. (1)  Xは、平成17年8月、本件条例の規定に基づき、市営住宅のうち原々審判決記載の住宅(以下「本件住宅」という。)の入居者をY1とする旨決定した。
  2. (2)  Xは、平成19年12月、本件条例を改正し、本件条例46条1項6号を設けた。
  3. (3)  Xは、平成22年8月、Y1に対し、Y2及びY3を本件住宅に同居させることを承認した。その際、Y1及びY2は、「名義人又は同居者が暴力団員であることが判明したときは、ただちに住宅を明け渡します。」との記載のある誓約書をXに提出した(ただし、本件におけるXの明渡請求は、この誓約書を直接の根拠とするものではなく、飽くまでも本件規定等を根拠とするものである。)。
     また、Xは、同年9月、Y2に対し、本件住宅の同居者であることを前提に、駐車場(以下「本件駐車場」という。)の使用を許可した。
  4. (4)  Y1は、平成22年10月当時、暴力団員であり、Xは同月にその事実を知った。そこで、Xは、同月、Y1に対し、本件規定に基づいて本件住宅の明渡しを請求するとともに、Y2に対しても本件駐車場の明渡しを請求した。
  5. (5)  Y1は、従前から別の建物を賃借してそこに居住しており、本件住宅には現実に居住することはなく、Y2及びY3のみが本件住宅に居住していた(なお、この事実をXが知っていたかどうかについては、記録上必ずしも明らかではない。)。

 

 4 本件におけるXの請求

 以上の事実関係の下で、Xは、本件において、前記1のとおり請求するものである。なお、本件の訴訟物は次のように整理されるが、いずれも本件規定の適用を前提とするものである。

  1. (1)  Y1に対する本件住宅の明渡請求及び損害金の支払請求
  2.    Y1に対する請求のうち、本件住宅の明渡請求は本件規定に基づくものであり、損害金の支払請求は本件条例46条5項(市営住宅の明渡し済みまでの期間につき所定の金員の支払を請求することができる旨の規定)に基づくものである(なお、原判決には「賃貸借契約」を「解除」したことによる請求である旨の記載もあるが、後述するとおり、市営住宅の使用関係は純然たる「賃貸借契約」ではない。本件の明渡通知書の記載にも照らすと、本件住宅の明渡請求が本件規定に基づくものであり、損害金の支払請求が本件条例46条5項に基づくものであることは明らかである。)。
  3. (2)  Y2及びY3に対する本件住宅の明渡請求及び損害金の支払請求
  4.    Y2及びY3に対する請求のうち、本件住宅の明渡請求は所有権に基づくものであり、損害金の支払請求は不法行為に基づくものである。
     なお、Y2及びY3は単なる同居者にすぎず、独立の占有がないため、Y2及びY3に対しては明渡し請求及び損害金の支払請求を行うことができないようにみえなくもない。しかし、一般に、同居者であっても特段の事情のある場合には独立の占有を有するとされているところ、本件の場合、入居者であるY1自身は現実には本件住宅に居住せず、Y2及びY3のみが居住しているというのである。そして、Y2及びY3の側も、原々審及び原審において、独立の占有がないなどという主張を一切していない。以上のような事情から、本件の原々審及び原審は、Y2及びY3に独立の占有があることを前提に審理を進めていたものと解される(なお、この点は上告及び上告受理申立ての理由ともされていない。)。
  5. (3)  Y2に対する本件駐車場の明渡請求及び損害金の支払請求
  6.    本件条例によれば、市営住宅の入居者又は同居者のみが当該市営住宅の駐車場を使用することができ、入居者又は同居者でなくなればこれを明け渡さなければならない(本件条例56条2項1号、64条2項、西宮市営住宅条例施行規則(平成9年西宮市規則第1号)53条8号)。Y2に対する請求のうち、本件駐車場の明渡請求は上記各条項(直接的には本件条例64条2項)に基づくものであり、損害金の支払請求は本件条例64条4項(駐車場の明渡し済みまでの期間につき所定の金員の支払を請求することができる旨の規定)に基づくものである。

 

 5 上告理由

 原々審(神戸地裁尼崎支判平成25年2月8日)及び原審(大阪高判平成25年6月28日)は、Y1らの憲法違反の主張を排斥して、Xの請求をいずれも認容すべきものとした。これに対し、Y1らが上告した。
 上告理由は、①本件規定は合理的な理由のないまま暴力団員を不利に扱うものであるから、憲法14条1項に違反する、②本件規定は必要な限度を超えて居住の自由を制限するものであるから、憲法22条1項に違反する、③Y1は近隣住民に危険を及ぼす人物ではないし、Y2及びY3はそれぞれ身体に障害を有しているから、本件住宅及び本件駐車場の使用の終了に本件規定を適用することは憲法14条1項又は22条1項に違反するというものである。

 

第2 本判決

 本判決は、次のとおり判示して、Y1らの上告を棄却した。

  1. (1)  本件規定は、暴力団について合理的な理由のない差別をするものということはできないから、憲法14条1項に違反しない。
  2. (2)  本件規定による居住の制限は、公共の福祉による必要かつ合理的なものであることが明らかであるから、本件規定は憲法22条1項に違反しない。
  3. (3)  Y1は他に住宅を賃借して居住しているというのであり、これに前記の誓約書が提出されていることなども併せ考慮すると、その余の点について判断するまでもなく、本件において、本件住宅及び本件駐車場の使用の終了に本件規定を適用することが憲法14条1項又は22条1項に違反することになるものではない。

 

第3 解説

 1 公営住宅における暴力団排除

  1. (1)  公営住宅制度
  2.    公営住宅制度は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で住宅を賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものである(公営住宅法1条)。
     公営住宅の使用関係の性質については、従前、公法上の使用関係であるとする見解と私法上の賃貸借関係であるとする見解があったが、最一小判昭和59・12・13民集38巻12号1411頁は、公営住宅の使用関係には、公の営造物の利用関係として公法的な面もあるものの、基本的には私人間の賃貸借関係と異なるところはない旨判示している。
  3. (2)  国土交通省の全国調査
  4.    国土交通省は、公営住宅を管理する地方公共団体を対象に全国調査を実施し、その結果を平成19年5月に発表した(平成19年5月25日付け「公営住宅における不法行為等の防止に関する調査結果について」)。
     これによると、公営住宅において過去5年程度の間に把握された不法行為等の件数は全国で合計277件あり、このうち暴力団員等(暴力団員、元暴力団員及び暴力団員と疑われる者)によるものと確認された事例は105件に上っていた(殺人事件、傷害事件等59件、不正入居・不正使用27件、恫喝・その他19件)。
     また、条例等で暴力団員の入居を制限している事業主体は46(全体の2.6%)、暴力団員の入居が判明した際に明渡請求の対象としている事業主体は35(全体の2.0%)であった。
  5. (3)  国土交通省住宅局長の通知
  6.    国土交通省住宅局長は、上記(2)の調査結果等を踏まえた上、平成19年6月1日、「公営住宅における暴力団排除について」と題する通知(平成19年国住備14号)を発出した。その概要は、次のとおりである。
  7.   ア  入居決定
  8.    暴力団員は、暴力的活動に従事することにより違法・不当な収入を得ている蓋然性が極めて高いことから、①所得を的確に把握することは困難であり、入居収入基準を満たしていると判断することはできず、また、②暴力団活動に従事し、他の入居者の生活妨害等の行為を行うおそれが高いと判断されるため、入居決定が適当な者とはいえない。したがって、入居申込者が暴力団員である場合には、入居決定しないことを原則とする。
  9.   イ  不正入居が判明した場合の措置
  10.    上記アに反し、暴力団員であるにもかかわらず偽って入居していることが判明した場合には、公営住宅法32条1項1号(入居者が不正の行為によって入居したときには、明渡しを請求することができる旨の規定)に該当するものとして、明渡請求を行うとともに、明渡請求後も退去しない場合には同条3項に基づく損害賠償請求を行うなど、法に基づき厳正に対処するものとする。
  11.   ウ  現に入居中の暴力団員に対する措置
  12.    公営住宅に現に入居している者が暴力団員であることが判明した場合には、その自主的な退去の促進に努めるものとする。
  13. (4)  地方公共団体の対応
  14.    上記通知を受けて、各地方公共団体のうち、平成20年4月1日時点で44都道府県(全体の約94%)、15政令市(約88%)、652市区町村(約39%)が条例制定又は改正により公営住宅からの暴力団排除を実施した(平成20年7月2日付け国土交通省住宅局住宅総合整備課「『公営住宅等における暴力団排除』の実施状況について」)。
  15. (5)  西宮市の対応
  16.    西宮市では、平成19年12月の西宮市議会定例会において、本件条例に暴力団員の排除に係る条項(本件条例46条1項6号)を設けるなどの改正条例案が提出され、可決、成立し(本件条例46条1項6号)、公布の日から施行された。
     もっとも、西宮市においては、上記条項を「市営住宅」の明渡しに関する条文のところ(本件条例46条1項)に設けた。そのため、同条項は、単に公営住宅法の適用を受ける公営住宅にとどまらず、広く「市営住宅」一般について同条項が適用されることとなった。
     また、西宮市においては、上記条例改正に際し、暴力団員の排除に係る条項の適用について特段の経過措置等を設けなかった。そのため、同条項は、現に入居している者に対しても適用されることとなった(したがって、本件のY1に対しても適用されることとなった。なお、国土交通省住宅局長の前記通知では、現に入居している者に対しては「その自主的な退去の促進に努める」とするにとどめていた。)。

 

 2 暴力団員の排除に関する法令等

 暴力団員の排除に関する法令等としては、公営住宅関係以外にも、次のものがある。

  1. (1)  暴力団対策法
  2.    暴力団対策法は、平成3年に制定された法律である。これは、暴力団のうち規制の対象となるものを指定し(同法3条)、その構成員である暴力団員の暴力的要求行為を禁止するとともに(同法9条)、これに違反した者に対して公安委員会が中止等を命令し(同法11条)、暴力団の対立抗争時における暴力団事務所の使用制限を命令すること(同法15条)などを定めたものである。
  3. (2)  資格要件
  4.    暴力団対策法の施行後、各種の法令において、一定の資格、許可、承認等における欠格事由に「暴力団対策法にいう暴力団員」であることを掲げる例が相次いた。このうち法律レベルでの規定だけでも、現在、貸金業法、割賦販売法、債権管理回収業に関する特別措置法など全部で30本以上の立法例がある。
  5. (3)  政府指針
  6.    平成19年6月19日、犯罪対策閣僚会議幹事会申合せとして、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(政府指針)が取りまとめられた。この政府指針では、企業に対する指針として、反社会的勢力とは取引関係を含めて一切の関係を持たないことや、契約書及び取引約款に暴力団排除条項(暴力団が取引の相手方となることを拒絶する旨や、取引開始後に暴力団員であることが判明した場合には契約を解除することができる旨の条項)を導入することなどが示されている。
  7. (4)  各都道府県の暴力団排除条例
  8.    上記(3)の政府指針の後、各都道府県において、暴力団の利用や暴力団員との取引を禁止する旨の「暴力団排除条例」が制定されるようになり、平成23年10月までに全都道府県で制定、施行されている。
     暴力団排除条例の具体的な内容は都道府県によって若干違いがあるものの、おおむね、①暴力団員に対する利益供与の禁止、②商取引からの暴力団排除の推進(契約の相手方が暴力団員でないことを確認するよう努めること、暴力団排除条項の導入に努めること等)、③暴力団事務所として使用されることを知って暴力団員に対して不動産を譲渡又は賃貸することの禁止、④これらに違反した場合の措置等を設けたものとなっている。

 

 3 憲法上の問題の指摘

  1. (1)  このような暴力団の排除に関する法令等のうち、特に暴力団排除条例や、公営住宅条例中の暴力団員の排除に係る条項については、単に暴力的行為等を規制するだけでなく、商取引や公営住宅からの排除という日常生活面での幅広い排除を含むものであることから、憲法上問題があるのではないかとの指摘がされている(青木理ほか「『暴力団排除条例』の廃止を求め、『暴対法改定』に反対する表現者の共同声明」辻井喬ほか『あえて暴力団排除に反対する』(同時代社、2012)102頁、又市征治参議院議員の平成24年5月18日付け質問趣意書(第180回国会質問第116号)、三木賢治「警察が、暴排条例の全都道府県制定を進めた理由」都市問題103巻10号(2012)50頁、古賀康紀「『オウム新法』より苛烈な『暴力団排除条例』は合憲か?」週刊新潮平成26年3月27日号(2014)145頁。北村喜宣「超えられない一線-公営住宅における暴力団排除」自治事務セミナー47巻10号(2008)27頁も、国土交通省住宅局長の通知の根拠に疑問を示す。なお、これらがいずれも「条例」であることにつき、「法律」であれば内閣法制局の審査を通らず、国会を通過しなかったなどとするものとして、宮崎学編著『メルトダウンする憲法・進行する排除社会』(同時代社、2012)28頁〔青木理〕、小林道雄「警察はなぜ暴力団排除条例を必要とするのか」都市問題103巻10号(2012)67頁、匿名「反社会的勢力に対する権利制限の根源とは」商事法務2012号(2013)74頁)。
     本件条例についてみても、西宮市議会において、市議会議員から「いくら暴力団員であっても、特段の問題行動もなく、周囲を含めて平穏に生活している場合に、暴力団員であることだけをもって立ち退き請求できるかどうかについては、……憲法で保障されている基本的人権の一つである居住の権利や結社の自由に抵触する可能性が否定できません。」との発言がみられたところである(平成22年12月13日西宮市議会定例会議事録〔http://momo2.nishi.or.jp/proceedings/〕)。
  2. (2)  これに対し、暴力団員に対するこのような規制については、憲法上許されるとする見解も少なくない(橋本基弘「基調講演 暴力団と人権――暴力団規制は憲法上どこまで可能なのか」警察政策13巻(2011)14頁、松坂規生「暴力団排除活動の動向」ひろば65巻2号(2012)11頁、後藤啓二『企業・自治体・警察関係者のための暴力団排除条例入門』(東洋経済新報社、2012)107頁、安念潤司「暴対法・暴排条例によるフロント企業の規制は違憲か?」危機管理研究会ほか編『実戦! 社会vs暴力団~暴対法20年の軌跡』(きんざい、2013)493頁、犬塚浩ほか編著『暴力団排除条例と実務対応 : 東京都暴力団排除条例と業界別実践指針』(青林書院、2014)276頁。平成24年6月19日参議院内閣委員会における疋田淳参考人の発言も参照。)。

 

 4 下級審裁判例

  1. (1)  本件と同種の事案の下級審裁判例として、広島地判平成20・10・21及びその控訴審の広島高判平成21・5・29がある(いずれも公刊物未登載だが、鶴巻暁「判批」東京弁護士会民事介入暴力対策特別委員会編『別冊金融・商事判例 反社会的勢力を巡る判例の分析と展開』(経済法令研究会、2014)28頁等で比較的詳細に紹介されている。)。これは、広島市が、広島市市営住宅条例中の暴力団員の排除に係る条項その他の条項に基づき、市営住宅の入居者に対してその明渡しを求めた事案である。入居者側は、暴力団員の排除に係る条項が憲法14条1項に違反する旨主張したが、広島高裁は、「暴力団構成員という地位は、暴力団を脱退すればなくなるものであって社会的身分とはいえず、暴力団のもたらす社会的害悪を考慮すると、暴力団構成員であることに基づいて不利益に取り扱うことは許されるというべきであるから、合理的な差別であって、憲法14条に違反するとはいえない」などと判断して、広島市の請求を認容すべきものとした。
     この判決に対して入居者が上告及び上告受理申立てをしたが、最高裁判所第一小法廷は、憲法判断を示すことなく、平成21年10月1日付けで上告棄却兼不受理決定をしている(当該入居者は市営住宅内で傷害事件や暴行事件を起こしていたものであり、広島市は、暴力団員の排除に係る条項だけでなく、「住宅の管理上必要があると認めたとき」等の条項にも基づいて明渡しを請求していたのであって、暴力団員の排除に係る条項の憲法適合性の有無にかかわらず、広島市の明渡請求は認められるべきものであった。第一小法廷が憲法判断を示すことなく上告棄却決定をしたのは、このような事案の特殊性によるものと思われる。)。
  2. (2)  なお、他に暴力団員の排除に関する法令等の憲法適合性が争われた下級審裁判例は少なくないが、いずれの裁判例においても、憲法に違反しないとの判断がされている(暴力団対策法につき、福岡地判平成7・3・28判タ894号92頁、那覇地判平成7・5・17判タ883号124頁、京都地判平成7・9・29判タ900号182頁。裁判所が暴力団事務所の使用を禁止することにつき、那覇地決平成3・1・23判時1395号130頁、神戸地決平成6・11・28(判時1545号75頁。金融機関の普通預金規定における暴力団排除条項につき、大阪高判平成25・7・2高裁刑集66巻3号8頁。

 

 5 本件規定と憲法14条1項(法の下の平等)

  1. (1)  憲法14条1項について、最大判昭和39・5・27民集18巻4号676頁及び最大判昭和48・4・4刑集27巻3号265頁は、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り法的な差別的取扱いを禁止する趣旨であるとの判示をしており、この判示は以後の最高裁判例でも基本的に踏襲されている。この点については、「最高裁が憲法適合性の判断基準につき、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくか否かという以上に一般論を明確にしないことは、憲法14条1項違反が問題となる事案の多様性も踏まえた、優れて実務的な発想に基づくものといえよう」とも指摘されているところである(伊藤正晴「時の判例」ジュリ1460号(2013)89頁)。
     なお、憲法14条1項後段は「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と定めるが、上記各判例は、この同項後段の列挙事由は例示的なものにすぎないとしている(したがって、前掲・広島高判平成21・5・29が、暴力団員という地位は「社会的身分」とはいえないことをも根拠に合憲性の判断をしている点は、やや疑問が残る。)。
  2. (2)  これを本件規定についてみると、地方公共団体は、住宅が国民の健康で文化的な生活にとって不可欠な基盤であることに鑑み、低額所得者、被災者その他住宅の確保に特に配慮を要する者の居住の安定の確保が図られることを旨として、住宅の供給その他の住生活の安定の確保及び向上の促進に関する施策を策定し、実施するものである(住生活基本法1条、6条、7条1項、14条)。そうすると、地方公共団体が住宅を供給する場合において、当該住宅に入居させ又は入居を継続させる者をどのようなものとするのかについては、その性質上、地方公共団体に一定の裁量があるというべきである。
     そして、暴力団員は、前記のとおり、集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体の構成員と定義されているところ、このような暴力団員が市営住宅に入居し続ける場合には、当該市営住宅の他の入居者等の生活の平穏が害されるおそれを否定することはできない(上記1(2)の国土交通省の全国調査からも明らかといえよう。)。
     他方において、暴力団員は、自らの意思により暴力団を脱退し、そうすることで暴力団員でなくなることが可能である。また、暴力団員が市営住宅の明渡しをせざるを得ないとしても、それは、当該市営住宅には居住することができなくなるというにすぎず、当該市営住宅以外における居住についてまで制限を受けるわけではない。
     本判決は、以上の諸点を考慮して、本件規定は暴力団員について合理的な理由のない差別をするものということはできないとし、本件規定は憲法14条1項に違反しないとの判断をしたものである。

 

 6 本件規定と憲法22条1項(居住の自由)

  1. (1)  憲法22条1項は、居住・移転の自由について規定する。この居住・移転の自由は、資本主義経済を成り立たせる不可欠の要素として職業選択の自由と結び付く経済的自由の性格を持つとともに、自己の好むところに居住し移転するという点で人身の自由という側面を持ち、自由な居住移転は他人との意思・情報の伝達や集会等への参加を目的とする場合もあって、精神的自由や幸福追求権とも関連するものである(芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法〔第5版〕』(岩波書店、2011)222頁、野中俊彦ほか『憲法I〔第5版〕』(有斐閣、2012)458頁、千葉勝美「判解」判解民平成4年度245頁)。
  2. (2)  居住の自由に関する判例として、いわゆる成田新法事件判決(最大判平成4・7・1民集46巻5号437頁)がある。これは、規制区域内に所在する建築物等で、多数の暴力主義的破壊主義者の集合の用に供され又は供されるおそれがある場合、運輸大臣はその使用禁止を命ずることができるとの法令の規定(新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法3条1項1号)につき、その憲法適合性が争われたものである。同判決は、①保護される利益を航空機の航行の安全の確保や乗客等の生命、身体の安全の確保等とし、②制限される利益を暴力主義的破壊活動者の集合の用に供する利益として、①と②を比較した上、これによってもたらされる居住の制限は「公共の福祉による必要かつ合理的なもの」であるとして、上記規定は憲法22条1項に違反しないものと判断した。
     この成田新法事件判決は、「居住の自由を制限する規定の合憲性について正面から判断した初めての最高裁判決」であり、「利益較量論を合憲性の審査基準として採用」したものとされている(千葉・前掲「判解」245頁)。
  3. (3)  これを本件規定についてみると、本件規定により制限される利益は、結局のところ、社会福祉的観点から供給される市営住宅に暴力団員が入居し又は入居し続ける利益にすぎないのであって、憲法14条1項のところで検討した諸点に照らすと、本件規定による居住の制限は、公共の福祉による必要かつ合理的なものであることが明らかといえる。
     本判決は、このようなことから、本件規定は憲法22条1項に違反しないと判断したものである。

 

 7 適用違憲(参考)

 本判決は、Y1らの適用違憲の主張に対しても判断している。この点については判示事項とはされていないが、参考までに説明を加える。

  1. (1)  Y1らの適用違憲の主張は、要するに、Y1は近隣住民に危険を及ぼす人物ではないし、Y2及びY3はそれぞれ身体に障害を有しているから、本件住宅及び本件駐車場の使用の終了に本件規定を適用することは憲法14条1項又は22条1項に違反するというものである。
     しかしながら、本件において、Y1は他に住宅を賃借して居住しているのであり、しかも、Y1及びY2は、「名義人又は同居者が暴力団員であることが判明したときは、ただちに住宅を明け渡します。」との記載のある誓約書を提出していたというのである。本判決は、このような事情を考慮して、Y1ら主張の上記各事情については判断するまでもなく、適用違憲の主張を排斥したものである。
  2. (2)  なお、本判決の説示からすると、「他に住宅を賃借して居住している」などの特殊事情がなければ、事案によっては、適用違憲となる余地があるように思われなくもない。
     しかしながら、前述のとおり、公営住宅の使用関係は「基本的には私人間の賃貸借関係と異なるところはない」(前掲・最一小判昭和59・12・13)のであって、民法1条3項の権利濫用規定の適用もあり得るところである(改良住宅の明渡請求に関する最三小判平成24・12・25判時2188号18頁)も、結論としては権利の濫用に当たらない旨判断するものの、改良住宅の明渡しについての権利濫用規定の適用自体を否定しているわけではない。)。そうすると、本件規定の適用が入居者にとって著しく酷となるような事案においては、そもそも明渡請求が権利の濫用に該当して許されないなどと判断されることになるのであって、適用違憲となる余地はなくなるか、あるとしても極めて限定されるのではないかと思われる。

 

 8 本件規定と信頼関係破壊の法理(残された問題)

 Y1らは、原審において、信頼関係破壊の法理が本件規定による明渡請求の場面にも適用されることを前提に、「本件においては信頼関係を破壊しない特段の事情がある」と主張していた。そして、原審も、「信頼関係を破壊しない特段の事情があるということはできない」と判断したものの、一般論として、信頼関係の法理が本件規定による明渡請求の場面にも適用され得ること自体は否定していない(住本靖ほか『逐条解説公営住宅法〔改訂版〕』(ぎょうせい、2012)147頁も参照)。
 しかしながら、そもそも、信頼関係破壊の法理は、賃貸借契約において賃借権の無断譲渡・転貸や無断増改築、賃料不払等の債務不履行があった場合に、なお解除権を制限する法理として、判例上形成されてきたものである。他方、本件規定は、このような行為をもって明渡事由とするものではなく、「暴力団員であることが判明した場合」には明渡を求めることができるというものであり、いわば入居資格の喪失による明渡請求である。そうすると、本件規定による明渡請求の場面においては、信頼関係破壊の法理を適用すること自体、相当ではないようにも思われる。
 判例上も、公営住宅の明渡請求に信頼関係破壊の法理の適用があるとしたものがあるが(前掲・最一小判昭和59年12月13日)、これも無断増改築を理由とする明渡請求の事案であって、あらゆる明渡請求において信頼関係破壊の法理の適用があると判示したものではない(清永利亮「判解」判解民昭和59年度512頁、森田宏樹「判批」法協104巻1号221頁、滝澤孝臣「判解」判解民平成2年度351頁も同旨。判決文も、「公営住宅の使用者が法の定める公営住宅の明渡請求事由に該当する行為をした場合」として、使用者の行為があることを前提としている。)。かえって、下級審の裁判例の中には、高額所得者に対する公営住宅の明渡請求につき、信頼関係破壊の法理の適用がない旨判示したものもある(東京高判昭和62・8・31判タ657号217頁)。
 もっとも、Y1は上告審ではこの点についての主張をしておらず(上告受理申立ての理由とされていない。)、本判決でも触れられていない。今後に残された問題となろう。

 

 9 本判決の意義

 本判決は、公営住宅等に関する条例のうち、暴力団員の排除に係る条項の憲法適合性について、最高裁として初めての判断を示したものであり、実務上重要な意義を有することから、紹介する次第である。

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