社外取締役になる前に読む話(22)
ーその職務と責任ー
潮見坂綜合法律事務所
弁護士 渡 邊 肇
XXII 監査役との協調・情報交換(2) ――不正会計を防止するために
ワタナベさんの疑問その14
当社に不正会計問題が生じるとは思わないが、万が一ということもある。不正会計を看過してしまい、結果として会社に損害が発生した場合、社外取締役も責任を負うことになるのだろうか。 そのような事態を避けるために、日頃からどのようなことに気をつけていたら良いのだろうか。 |
解説
相も変わらず、我が国の企業の不正会計問題が続発している。最近の事例でも、2015年の株式会社東芝に続き、昨年は富士ゼロックス株式会社においても同様の問題が発覚した。
決算の粉飾は典型的な違法行為のひとつであり、粉飾に関与した取締役は勿論、それを看過した取締役も監督義務違反を問われる可能性がある。業務執行取締役が違法行為に関与した場合、当該業務執行取締役のみならず、その他の取締役にも監視義務違反による責任が発生する可能性があり、かつその点に関しては社外取締役も全く同様である点は、本連載においてもこれまで繰り返し解説してきたところであるが、当然のことながら、決算の粉飾が行われた場合も例外ではない。
例えば、2009年、東京証券取引所マザーズに上場した半導体製造装置メーカー、株式会社エフオーアイの粉飾決算問題では、社外監査役の責任が問われ、東京地裁は、週二日程度しか出勤していなかった常勤監査役の職務執行状況を是正する努力や、内部監査室長の直前の異動や上場申請取下げに関する背景事情の調査を怠った点を捉えて、社外監査役の責任を肯定している(東京地裁平成28年12月20日判決。なお、本地裁判決は、本年3月23日、東京高裁において一部取り消され、主幹事証券会社の責任が否定されている。)。同社においては、社外取締役が選任されていなかったため、社外取締役の責任は問題にされていない。また、売上高の97%以上にあたる115億円が架空売上であった(粉飾決算が発覚した約半年後の2010年5月に破産申立、2010年6月に上場廃止)という極端な事案であるため、この判断を必ずしも一般化することはできない面もある。しかしながら既に観たように、AIJ投資顧問年金資産消失事件判決(東京地裁平成28年7月14日)、ダスキン事件判決(大阪高裁平成18年6月9日)等においても、社外取締役に監視義務違反に基づく責任が発生することは当然の前提とされており、エフオーアイの件でも、社外取締役が選任されていれば、やはり同様に社外取締役の責任の有無が審理の対象となったと思われる。
このような決算の粉飾を未然に防止し、結果的には自らに火の粉が降りかかるのを避けるため、社外取締役はどのような手立てを講じたら良いのだろうか。
不正会計問題が、これに関与していない取締役にとって厄介なのは、関与した取締役が手段を選ばず隠蔽を図る点である。隠蔽が巧妙であればあるほど、発見も困難となる(そしてその結果、理論的には、会社経理に直接関与していない取締役の監視義務違反を問いにくいという面があると思われる。)。しかしながらその反面、そもそも違法行為であるという点、そして会社にとって多大な影響が発生している点(会社の財務面のみならず、社会に与える影響も甚大である。)を勘案したとき、裁判所としても、発見が困難であったとの事情があるからといって、直ちに取締役の監視義務違反を問わないという結論を導くことは難しいと想像する。
東芝にせよ、富士ゼロックスにせよ、隠蔽に関与した一部取締役以外の取締役にとっては、不正会計問題の発覚は、まさしく青天の霹靂であったはずである。更に、社外取締役に与えられる情報量が、その他の取締役と比較して遙かに限定されている上、殆どの社外取締役は、その経営手腕や経営に関わる知見が期待されて選任されており、会計のプロはむしろ少ないという事情に鑑みるとき、社外取締役が、通常期待される範囲の職務執行を行っている限り、会社の不正会計を事前に覚知することは非常に困難なのではないかと想像する。
ではワタナベさんはどうしたら良いのだろうか。
そのような環境下で社外取締役が検討すべき方策の一つが、監査役会との協調ではないかと思われる。
監査役会には、常勤監査役に経理部出身等の会計のプロが含まれていることが多い。また、社外監査役のうちのひとりに公認会計士等を選任している会社も多いと思われる。このような会計の専門家であれば、例えば会計監査人との協議、意見交換を通じ、粉飾の兆候や端緒を発見することも、取締役よりはその可能性は高いであろう。また、取締役が内部監査室と連携することは殆どないと想像されるが、監査役会が内部監査室と連携して日常監査を行うことはむしろ通常であり、会社の経理上の問題についても、より情報を得やすい立場にある。
監査役会は取締役会から独立して監査業務を行う必要があり、だからこそ取締役会からの独立が保証されている。しかしながら、このことは必ずしも、取締役と監査役が適宜情報交換を行い、または業務を協働して遂行することを禁止しているものとは思われない。取締役の職務の執行の適法性を監査するのが監査役の職務であるが、取締役も同様に他の取締役の職務の執行の適法性について監視する義務を負担している以上、その職務を適切に遂行するために監査役と積極的に情報交換することは、会社にとって非常に有益であろうし、結果的に社外取締役に責任が発生することを回避することにもなると思われる。
ワタナベさんも、不正会計問題の発生を回避したいと望むのであれば、監査役会との協働を検討するのも一案かと思われる。