債権法改正後の民法の未来 48
付随義務・保護義務(2)
北浜南法律事務所
弁護士 阪 上 武 仁
3 議論の経過
(2) 概要
- ア 付随義務及び保護義務は、前回3(1)のとおり、当初、債権債務関係における信義則の具体化として議論され、債務者の本来的な給付義務に付随する義務や債権者の協力義務などが裁判例で認められていることを受け、それらの義務の法的根拠を規定すべく議論された。
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イ 第1読会である第9回会議においては、信義則が、債権の行使または債務の履行の際に誠実に行動すべきであるということのほか、契約関係においても信義則が義務の発生根拠となることを明らかにするために、民法1条2項のほか、契約に関する基本原則の個所に規定を設けるべきであるという意見が出された[1]。また、実務的な視点から、現行の信義則の規定だけでは、実際の裁判において使いにくいことが指摘され、民法1条2項の規定以外に、民法の債権の規定の中にも信義則の規定を設ける方がよいという意見が出された[2]。そして、規定するにあたっては、契約の性質や内容、もしくは当事者の地位や属性等の具体的を例示するべきであるとの意見があった[3]。
これに対し、何が信義誠実であるかは多様であり、規定化することができないのではないか、また民法全体を通じて適用される信義則を、改めて債権債務関係の個所に設けることは、かえって信義則が民法全体に通じるものであることを分かりにくくするおそれがあるのではないか、という観点から、規定を設けること自体に反対する意見があった[4]。 -
ウ 中間論点整理を経た後の第2読会である第48回会議においては、いわゆる付随義務と保護義務を分け、それぞれの規定を明文化することの是非について議論された[5]。
これにつき、同会議においても、それぞれの規定を明文化することに反対の立場と、賛成の立場に分かれた。
そして、反対する立場からは、付随義務や保護義務を明文化することで、いわれなき批判や言い訳がなされるなど、実際の取引に支障が出てくるおそれがあることが指摘された[6]。これに対し、賛成する立場からは、いわれなき言い訳に使われる場面等には慎重に配慮しなければならないが、債権債務関係における信義則の具体化は、判例等の積み重ねによって実践されてきたことであるから、それらの積み重ねに基づいて規定を設けるべきであるとの意見があった[7]。
同会議の議論では、付随義務および保護義務の規定を設けることの是非を議論する中で、同各義務について明文の規定を設ける場合には、次のような具体的な問題点があることが指摘された。
まず、付随義務については、契約上の義務として付随義務を肯定する場合、契約とのつながりを何らかの形で設定すべきことから、当事者が「契約をした目的を達成できるよう」という要件を設ける必要があるか[8]、「契約をした目的」を契約類型によって捉えるのか又は当事者の主観によって捉えるのか[9]、付随義務が契約締結前から機能することを考慮した規定にする必要があるか[10]という点が指摘された。また、明示的に合意した権利義務とは別に必要な付随的な義務を負うというような付随義務を直接的に表す規定を設けることはどうかについても議論がなされた[11]。
また、保護義務については、対象に財産その他の利益まで含めることによって保護義務の範囲が広がりすぎるという指摘がなされた。その反面、保護義務を契約責任と位置付けることにより、特に安全配慮義務については、保護の範囲が狭くならないかという指摘もあった[12]。また、保護義務については、契約締結前であっても交渉関係に入った後であれば、同義務が認められる場面があるのではないかとの指摘もあった[13]。
また、付随義務および保護義務の規定が、強行規定か否か、例えば、契約書に書いていないことは一切当事者間に法的拘束力のある合意ではない旨規定すれば、付随義務及び保護義務の規定の効果はどうなるのかという指摘があり、議論がなされた[14]。 - エ 以上の第2読会の議論を踏まえた上で、仮に、付随義務および保護義務について規定を設ける場合、具体的にどのような内容の規定が設けられるべきかについて議論すべく、分科会が行われ、付随義務および保護義務を規定する必要があるか、同各義務を分けて規定する必要があるか、同各義務を規定する場合の規定の仕方、保護義務について契約責任を認めることの意義について議論された[15]。
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オ 上記ウおよびエの議論を踏まえ、中間試案のたたき台として、付随義務および保護義務が議論され、規定の適用範囲を限定するため、「当該契約の趣旨に照らして必要と認められる行為」という文言を入れることが提案された[16]。
そして、同会議における部会資料56においては、付随義務と保護義務が一文で提案されたが、両者は性格が異なるものであるから、二つに分けて規定することが望ましいとの指摘がなされた[17]。また、契約締結前であっても保護義務が認められることに異論がないことから、その点を規定するべきである旨の指摘がなされた[18] -
カ 以上の議論を踏まえて、前回1の中間試案が出されるに至った。
中間試案では、前回1のとおり、(1)が付随義務、(2)が保護義務について規定している。いずれの義務も、主体が「契約の当事者」とされており、債権者も義務を負うことがありうることを規定している。また、義務を負うか否かを判断するために「当該契約の趣旨に照らして」という文言が設けられた。この文言は、ある行為をすることが当該契約において義務となるか否かについては、契約の内容、当事者がその契約に関して持っている知識、経験、当事者の属性、契約に至る経緯など、その契約に関する事情を踏まえて判断するという趣旨である[19]。
また、保護義務については、「当該契約の締結……にあたり」と規定されていることから、契約の成立後だけではなく、契約締結過程においても問題となることが示された[20]。
[1] 第9回会議の議事録19頁の潮見幹事、20頁の中田委員等。
[2] 第9回会議の議事録18頁の高須幹事、21頁の深山幹事。
[3] 第9回会議の議事録22頁の中井委員、岡委員。
[4] 第9回会議の議事録13頁の木村委員、岡本委員。
[5] 部会資料41の12頁
[6] 第48回議事録の48頁、52頁の三上幹事。
[7] 第48回議事録の48頁の高須幹事、道垣内幹事。
[8] 第48回議事録の50頁の山本(敬)幹事。
[9] 第48回議事録51頁の中田委員。
[10] 第48回議事録52頁の中井委員。
[11] 第48回議事録の55~56頁
[12] 第48回議事録の49頁の岡委員、能見委員。
[13] 第48回議事録の52頁の中井委員。
[14] 第48回議事録の56~57頁
[15] 第3分科会第4回会議議事録
[16] 部会資料56の3頁、第67回会議の議事録
[17] 第67回議事録の19頁の山本(敬)幹事。
[18] 第67回議事録の22頁の大村幹事等。
[19] 中間試案の補足説明330頁、331頁
[20] 中間試案の補足説明330頁