◇SH4187◇最大判令和4年5月25日 在外日本人国民審査権確認等、国家賠償請求上告、同附帯上告事件(大谷直人裁判長)

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  1. 1 最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民に最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査に係る審査権の行使を全く認めていないことと憲法15条1項、79条2項、3項
  2. 2 国が在外国民に対して次回の最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査において審査権の行使をさせないことが違法であることの確認を求める訴えの適否
  3. 3 国会において在外国民に最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査に係る審査権の行使を認める制度を創設する立法措置がとられなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるとされた事例

  1. 1 最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民(国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民)に最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査に係る審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反する。
  2. 2 国が在外国民(国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民)に対して国外に住所を有することをもって次回の最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査において審査権の行使をさせないことが憲法15条1項、79条2項、3項等に違反して違法であることの確認を求める訴えは、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法である。
  3. 3 国会において在外国民(国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民)に最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査に係る審査権の行使を認める制度を創設する立法措置がとられなかったことは、次の⑴~⑶など判示の事情の下では、平成29年10月22日に施行された上記審査の当時において、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける。
    ⑴ 国会においては、平成10年、在外国民に国政選挙の選挙権の行使を認める制度を創設する法律案に関連して、在外国民に審査権の行使を認める制度についての質疑がされた。
    ⑵ 平成17年、最高裁判所大法廷判決により在外国民に対する選挙権の制約に係る憲法適合性について判断が示され、これを受けて、同18年の法改正により在外国民に国政選挙の選挙権の行使を認める制度の対象が広げられ、同19年、在外国民に憲法改正についての国民の承認に係る投票の投票権の行使を認める法律も制定された。
    ⑶ 在外国民に審査権の行使を認める制度の創設に当たり検討すべき課題があったものの、その課題は運用上の技術的な困難にとどまり、これを解決することが事実上不可能ないし著しく困難であったとまでは考え難い。
  4. (1、2につき、補足意見がある。)

(1~3につき) 憲法79条2項、同条3項、同条4項、最高裁判所裁判官国民審査法4条、8条
(1、3につき) 憲法15条1項
(2につき) 行政事件訴訟法4条
(3につき) 国家賠償法1条1項

 令和2年(行ツ)第255号、同年(行ヒ)第290号、第291号、第292号 最高裁判所令和4年5月25日大法廷判決 在外日本人国民審査権確認等、国家賠償請求上告、同附帯上告事件(民集76巻4号登載予定) 一部破棄自判、一部棄却

 原 審:令和元年(行コ)第167号 東京高等裁判所令和2年6月25日判決
 第1審:平成30年(行ウ)第143号、同年(ワ)第11936号 東京地方裁判所令和元年5月28日判決

1 事案の概要

 本件は、国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民(以下「在外国民」という。)に最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査(以下「国民審査」という。)に係る審査権の行使が認められていないことの適否等が争われた事案である。

 在外国民であるX1は、Y(国)に対し、主位的に、次回の国民審査において審査権を行使することができる地位にあることの確認を求め(以下、この請求に係る訴えを「本件地位確認の訴え」という。)、予備的に、YがX1に対して国外に住所を有することをもって次回の国民審査において審査権の行使をさせないことが憲法15条1項、79条2項、3項等に違反して違法であることの確認を求めた(以下、この請求に係る訴えを「本件違法確認の訴え」という。)。また、平成29年10月22日当時に在外国民であったX1〜5(以下「Xら」という。)は、Yに対し、国会において在外国民に審査権の行使を認める制度(以下「在外審査制度」という。)を創設する立法措置がとられなかったこと(以下「本件立法不作為」という。)により、同日に施行された国民審査(以下「平成29年国民審査」という。)において審査権を行使することができず精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

2 訴訟の経過

 (1) 第1審及び原審はいずれも、最高裁判所裁判官国民審査法(以下「国民審査法」という。)が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、平成29年国民審査の当時において、憲法15条1項、79条2項、3項に違反する旨の判断をした。もっとも、第1審と原審は、本件地位確認の訴え及び本件違法確認の訴えの適否や、損害賠償請求の当否について、異なる判断を示した。

 第1審は、①本件地位確認の訴え及び本件違法確認の訴えについて、いずれも法律上の争訟に当たらないとして、これらを却下する一方、②本件立法不作為は、平成29年国民審査の当時において、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるなどとして、損害賠償請求を一部認容した(1人当たり5000円)。

 他方、原審は、①本件地位確認の訴えについて、確認の利益を欠くとして、これを却下すべきものとした上で、②本件違法確認の訴えについては、公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条)として適法であるとして、その請求を認容する一方、③平成29年国民審査の時点で、国会において、在外国民による審査権の行使を認めていない国民審査法の違憲性が明白であったということはできないとして、損害賠償請求を全部棄却すべきものとした。

 そこで、Xら及びYがそれぞれ上告及び上告受理申立てをし、X1が附帯上告及び附帯上告受理申立てをした。

 (2) 最高裁第一小法廷は、Xらの上告及びX1の附帯上告につき棄却決定をし、Xら及びYの上告受理申立て並びにX1の附帯上告受理申立てにつき上告審として受理した上で、本件を大法廷に回付した。そして、最高裁大法廷は、裁判官全員一致の意見により、判決要旨のとおり判断したほか、本件地位確認の訴えは適法であって、これを不適法とした原審の判断には違法があるが、X1の請求は理由がない(X1が確認を求める地位が認められるか否かは、訴訟要件ではなく、本案で判断されるべき問題であるとしたものと考えられる。)などとして、原判決中Xらの損害賠償請求を全部棄却すべきものとした部分(原判決主文第1項(3))を破棄し、第1審判決中当該請求に係る部分についてのYの控訴を棄却するとともに、Xらのその余の上告、Yの上告及びX1の附帯上告を棄却した。

3 説明

 (1) 主な争点

 本件の主な争点は、①国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことの憲法適合性、②本件違法確認の訴えの適法性、③本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるか否かである。

 (2) 国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことの憲法適合性

 ア 憲法79条2項は、最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする旨規定し、同条3項は、同条2項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は罷免される旨規定している。これらの規定の内容等に鑑みると、憲法は、在外国民を含む国民に対して審査権を行使する機会を保障しているものと解される。

 もっとも、憲法79条4項は、審査に関する事項は法律でこれを定める旨規定し、これを受けて、国民審査法が制定されているが、同法は、在外国民に審査権の行使を全く認めていない。

 そこで、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことの憲法適合性が問題となる。

 イ 最大判平17・9・14民集59巻7号2087頁(以下「平成17年大法廷判決」という。)は、在外国民による選挙権の行使を制限する平成10年改正前後の公職選挙法は、在外国民の選挙権の行使の制限につきやむを得ない事由があるとはいえず、違憲であると判断している。平成17年大法廷判決は、「憲法は、国民主権の原理に基づき、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である」とし、このような趣旨から、選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないなどとしている。これは、選挙権又はその行使の保障に重要な意義があることに鑑み、その制限については、厳格な基準による合憲性の審査がされるべきものであると判断したものと考えられる。

 本判決は、国民審査に関わる憲法の規定等を掲げ、また、最高裁判所の地位と権能につき、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所であること(憲法81条)等を指摘し、これらを踏まえて、「憲法は、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当である」とし、このような趣旨から、国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、これらを制限するためには、やむを得ないと認められる事由がなければならないなどとした。以上のように、本判決は、選挙権と同様、審査権又はその行使の保障に重要な意義があることに鑑み、その制限について、厳格な基準による合憲性の審査がされるべきものであると判断したものと考えられ、平成17年大法廷判決の上記の判断と軌を一にするものといえよう。

 ウ そして、本判決は、国民審査法が定める投票用紙の調製や投票の方式に関する取扱い等を前提とすると、在外審査制度を創設することについては、在外国民による国民審査のための期間を十分に確保し難いといった運用上の技術的な困難があることを否定することができないとしつつ、現在の取扱いとは異なる投票用紙の調製や投票の方式等を採用する余地がないとは断じ難いことを指摘し、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置が何らとられていないことについて、やむを得ない事由があるとは到底いうことができないとして、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するとした。

 (3) 本件違法確認の訴えの適法性

 ア 本件違法確認の訴えは、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことが違憲であることを理由として、国が個々の在外国民に対して次回の国民審査の機会に審査権の行使をさせないことが違法であることの確認を求めるものである。この訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条後段)と解され、上記確認をすることによって、在外国民による審査権の行使を可能とするような立法措置を促し、当該立法措置によって、X1による審査権の行使を実現することを目的とするものと考えられるところ、その適法性については、肯定、否定の両様の考え方があり得る。

 イ 本判決は、憲法79条2項、3項により、国民に保障された審査権の基本的な内容等が憲法上一義的に定められていることを指摘し、そのため、在外国民につき、具体的な国民審査の機会に審査権を行使することができないという事態が生ずる場合には、そのことをもって、個々の在外国民が有する憲法上の権利に係る法的地位に現実の危険が生じているとした。そして、侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができないという審査権の性質に加え、仮に本件違法確認の訴えにつき違法を確認する判決が確定したときには、国会において裁判所がした判断が尊重されるものと解されること(憲法81条、99条参照)を指摘し、本件違法確認の訴えが、国と個々の在外国民との間の法律関係の存否(次回の国民審査の機会に審査権の行使をさせないことが違法であるか否か)に関する争いを解決するために有効適切な手段であると認められるなどとした。本判決は、以上に述べたところを理由として、本件違法確認の訴えにつき、法律上の争訟性及び確認の利益を肯定したものと考えられる。

 なお、本判決が、本件違法確認の訴えが適法であることを説示する理由付けの中で、審査権の特徴として、その基本的な内容等が「憲法上一義的に定められていること」や「侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものである」ことを指摘していることからすれば、他の人権についても同様の訴えによる救済が許容されるか否かは、本判決の説示からは必ずしも明らかではないと考えられる。

 (4) 本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるか否か

 ア 国会議員の立法行為又は立法不作為を理由とする国家賠償請求の可否については、最一小判昭60・11・21民集39巻7号1512頁、平成17年大法廷判決、最大判平27・12・16民集69巻8号2427頁があり、これらによれば、仮に立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても、直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないが、例外的に同項の適用上違法の評価を受けることがあり、その判断に当たっては、法律の規定の違憲性が明白であるか否か、また、国会がこれを正当な理由なく長期にわたって放置しているか否かという観点からの検討が求められるものと解される。そして、国会において在外審査制度を創設する立法措置がとられなかったことの違憲性が問題となる本件立法不作為に即していえば、「国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る」(平成17年大法廷判決参照)ときには、上記の例外的な場合に当たるものと解される。本判決は、国家賠償法上の違法に関して上記の各判例が示した見解を踏襲しつつ、本件立法不作為に即した判断枠組みを示したものと考えられる。

 イ 当てはめにつき、本判決は、平成10年の公職選挙法改正の際に、国会において在外審査制度についての質疑がされたこと等、判決要旨3(1)~(3)などの事情を指摘し、遅くとも平成29年国民審査の当時においては、在外審査制度を創設する立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠ったものといえるとした。本判決は、上記事情の下で、国会議員が、Xらに対して負う職務上の法的義務に違反して、本件立法不作為をしたものとの規範的な評価をすることが可能であると解したものと考えられる。

 (5) 補足意見

 本判決には、宇賀裁判官の補足意見が付されている。同補足意見は、法廷意見に賛成するものであるとした上で、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことの憲法適合性並びに本件地位確認の訴え及び本件違法確認の訴えの適法性について、同裁判官の見解を敷衍して述べるものである。

 (6) 本判決の意義

 本判決は、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことが違憲であるとしたほか、審査権の特徴等に鑑み、審査権に係る制限の憲法適合性が問題となる場合の司法救済の方法について判断し、さらに、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるとの事例判断を示したものであり、理論的にも実務的にも極めて重要な意義を有するものと思われる。

 

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