◇SH2470◇最一小判 平成30年9月27日 保険金請求事件(小池裕裁判長)

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  1. 1 被害者の行使する自賠法16条1項に基づく請求権の額と労働者災害補償保険法12条の4第1項により国に移転して行使される上記請求権の額の合計額が自動車損害賠償責任保険の保険金額を超える場合に、被害者は国に優先して損害賠償額の支払を受けられるか
  2. 2 自賠法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」の意義及びその判断方法

  1. 1 交通事故の被害者が労働者災害補償保険法に基づく給付を受けてもなお塡補されない損害について自賠法16条1項に基づく請求権を行使する場合は、他方で労働者災害補償保険法12条の4第1項により国に移転した上記請求権が行使され、被害者の上記請求権の額と国に移転した上記請求権の額の合計額が自動車損害賠償責任保険の保険金額を超えるときであっても、被害者は、国に優先して自動車損害賠償責任保険の保険会社から上記保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができる。
  2. 2 自賠法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社において、被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間をいい、その期間については、事故又は損害賠償額に関して保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期、損害賠償額についての争いの有無及びその内容、被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断すべきである。

 (1につき)自賠法16条1項、労働者災害補償保険法12条の4第1項
 (2につき)自賠法16条の9第1項

 平成29年(受)第659号、第660号 最高裁平成30年9月27日第一小法廷判決 保険金請求事件 一部棄却、一部破棄差戻し(民集72巻4号432頁)

 原 審:平成28年(ネ)第4484号 東京高裁平成28年12月22日判決
 原々審:平成27年(ワ)第3729号 東京地裁平成28年8月29日判決

 本件は、自動車同士の衝突事故により被害を受けたXが、加害車両を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険会社Yに対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)16条1項に基づき、保険金額の限度における損害賠償額及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。自動車の運行によって生命又は身体を害された者(以下「被害者」という。)の自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払請求権(以下「直接請求権」という。)と政府が被害者に対し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく給付(以下「労災保険給付」という。)を行ったことから同法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が競合する場合の相互の関係(争点①)及び自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務が履行遅滞となる時期(争点②)が争われた。

 

 事実関係の概要等は、次のとおりである。

 (1) Xは、平成25年9月8日、トラック乗務員として中型貨物自動車を運転中、運転者の前方不注視等の過失により反対車線から中央線を越えて進入した加害車両と正面衝突し(以下、この事故を「本件事故」という。)、左肩腱板断裂等の傷害を負い、その後、左肩関節の機能障害等の後遺障害が残った。

 (2) 本件事故当時、加害車両についてYを保険会社とする自賠責保険の契約が締結されていた。

 (3) 政府は、本件事故が第三者の行為によって生じた業務災害であるとして、平成27年2月までに、Xに対し、労災保険給付として、療養補償給付、休業補償給付及び障害補償給付を行った。このことから、本件事故に係るXのYに対する直接請求権が、労災保険法12条の4第1項により、上記の労災保険給付の価額の限度で国に移転した。

 (4) Xが上記の労災保険給付を受けてもなお塡補されない本件事故に係る損害額は、傷害につき303万5、476円、後遺障害につき290万円である。また、本件事故に係る自賠責保険の保険金額(以下「自賠責保険金額」という)は、傷害につき120万円、後遺障害につき224万円である。

 (5) Xは、平成27年2月、本件事故に係る自賠責保険金額は傷害につき120万円、後遺障害につき461万円であるなどと主張して、本件訴訟を提起した。

 

 原審は、争点①につき、Xは労災保険給付を受けてもなお塡補されない損害(以下「未塡補損害」という。)について国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができると判断し、争点②につき、被害者が直接請求権を訴訟上行使した場合における同法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは、保険会社が訴訟を遅滞させるなどの特段の事情がない限り、判決が確定するまでの期間をいうと判断して、Xの請求につき、上記2(4)の自賠責保険金額の合計である344万円及びこれに対する原判決確定の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した。

 これに対し、X及びYの双方が上告受理申立てをしたところ、最高裁第一小法廷は、いずれの申立ても上告審として受理し(ただし、Xの申立ての理由中、後遺障害の有無及び程度に関する部分は排除した。)、争点①につき、判決要旨1のとおり判断して、Yの上告を棄却し、争点②につき、判決要旨2のとおり判断して、原判決中、344万円に対する訴状送達の日の翌日から本判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却した部分を破棄し、同部分につき本件を原審に差し戻して、Xのその余の上告を棄却した。

 

4 争点①について

 (1) 被害者の直接請求権と社会保険者が代位取得した直接請求権が競合し、それらの合計額が自賠責保険金額を超える場合において、被害者が社会保険者に優先して自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができるか否かについては、従来、これを肯定する見解(被害者優先説)と自賠責保険金額を各直接請求権の額で案分した額に限られるとする見解(案分説)が対立していたところ、最三小判平成20・2・19民集62巻2号534頁は、市長が老人保健法に基づく医療の給付を行って直接請求権を代位取得し、これを行使した事案において、被害者優先説を採用した。同最判以降、基本的に案分説を採っていた自賠責保険実務の運用は変更され、老人保健法の事案のほか健康保険等の事案においても被害者優先説に従った取扱いがされているようである。しかし、労災保険の事案では、案分説に従った保険実務の運用が維持されてきたため(昭41・12・26自賠調第19号「労働者災害補償保険の保険給付と自動車損害賠償責任保険の損害賠償額支払との調整について」、厚生労働省労働基準局「第三者行為災害事務取扱手引」等)、本件ではその取扱いが問題となった(本件の加害者は任意保険に加入しておらず、その相続人は相続を放棄していたようである。)。

 (2) 案分説は、各直接請求権の同質性と平等分割の原則(民法427条)を根拠とする見解であり、労災保険給付は損害塡補を目的とする、あるいは損害塡補に当たる給付が含まれる点で健康保険等の給付とは異なるとする(北河隆之ほか『逐条解説自動車損害賠償保障法〔第2版〕』(弘文堂、2017)146頁〔八島宏平〕)。

 他方、学説の多数を占める被害者優先説は、求償権の代位取得は被害者の二重利得の禁止及び加害者の免責阻止といった保険の技術的ないし政策的要請等から認められるものにすぎず、損害塡補を目的とする被害者の直接請求権の行使を阻害してまで社会保険者が被害者と対等の地位に立つと解すべきではないこと、案分説に従うと、社会保険者と自賠責保険の保険会社のいずれに対し先に請求するかによって損害の塡補額に不合理な差異が生ずること等を根拠とし、労災保険も他の社会保険と同様であるとする(金澤理『交通事故と保険給付』(成文堂、1981)60頁、川井健ほか編『注解交通損害賠償法 第1巻〔新版〕』(青林書院、1997)170頁〔伊藤文夫〕、森冨義明「判解」最判解民事篇平成20年度117頁、藤村和夫ほか編『実務交通事故訴訟大系 第2巻 責任と保険』(ぎょうせい、2017)340頁〔松居英二〕等)。

 (3) 本判決は、上記のとおり保険実務の取扱いと学説等になお隔たりがあった労災保険の事案においても、自賠法16条1項が被害者の直接請求権を認めた趣旨及び労災保険法12条の4第1項が求償権の代位取得を認めた趣旨に鑑み、被害者優先説を採用することを明らかにしたものと解される。

 労災保険給付は損害塡補を目的とするものではあるが所得保障的機能も有しており、一方、他の社会保険給付も損害額からの控除により損害塡補の機能を果たしていることからすれば、損害塡補の性格を強調して労災保険給付を他の社会保険給付と別異に取り扱う合理的な理由はないと思われる(なお、私保険である損害保険においても保険法25条2項で被害者優先説が採用されている。)。また、第三者行為災害に係る損害賠償額算定の際の過失相殺と労災保険給付額の控除との先後関係の問題は争点①とは局面が異なるから、最三小判平成元・4・11民集43巻4号209頁が控除前相殺説を採用していることから案分説が導かれる旨の論旨の指摘は当たらないであろう。

 

5 争点②について

 (1) 自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払債務は、期限の定めのない債務として、民法412条3項により保険会社が被害者から履行の請求を受けた時に履行遅滞となるというのが確立した判例理論であった(最一小判昭和61・10・9集民149号21頁等)。しかし、平成20年商法改正により成立した保険法が損害保険の保険給付の履行期について21条で規定したのと平仄を合わせる形で、自賠法も損害賠償額支払債務の履行期について16条の9を新設した。本件では、経過するまでは保険会社が遅滞責任を負わないとされる同条1項にいう「事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」の意義が問題となった(Xは、訴外で直接請求権を行使せず、保険会社との間で交渉はしていなかったようである。)。

 この点の議論はほとんど見当たらず、原判決以降、支払の判断に必要な資料が訴訟に顕れた時、遅くとも口頭弁論終結時には遅滞に陥るとする見解(前掲・藤村ほか編327頁〔松居英二〕)が見られた程度である。

 (2) 本判決は、自賠法16条の9第1項が損害賠償額の適正かつ迅速な支払を図った趣旨に鑑み、保険会社が遅滞責任を負わないのは、保険会社において事故及び損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間が経過するまでであることを明らかにし、個々の事案ごとに判断されるべき遅滞時期について主な考慮要素を示したものと解される。

 同条項が倣った保険法21条2項を同条1項と対照してみると明らかなように、保険者が履行期に確認すべき事項は限定されており、保険者に立証責任のある免責事由等まで確認がされていなくとも遅滞責任が生じる余地はある。これは、保険者が保険給付を行う期限を定めなかった以上、必要最低限の確認をするために必要な期間に限って遅滞責任を負わないこととするのが相当なためと解されている(萩本修編著『一問一答保険法』(商事法務、2009)77頁)。とすれば、自賠法16条の9第1項にいう「損害賠償額の確認」は、判決確定等により保険会社が最終的に支払うべき損害賠償額の確認を意味するものとは解し難いであろう。

 多くの場合、被害者は訴外で直接請求権を行使し、提訴前に保険会社との交渉を経ており、その際、損害賠償額の算出基礎に関する資料も提出すべきとされている(自賠法施行令3条2項3号)から、訴訟に至って遅滞時期が争われる事例は必ずしも多くないと思われるものの、事実審における今後の事例の集積が待たれるところである。

 

 本判決は、被害者の直接請求権に関し、前掲最三小判平成20・2・19の採用した被害者優先説が労災保険の事案にも妥当する旨を判示した点、また自賠法16条の9第1項の解釈及び具体的な事案における遅滞時期の判断方法を初めて判示した点で、自賠責保険実務及び交通事件の裁判実務への影響が小さくなく、重要な意義を有するものと考えられる。

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