◇SH2271◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(129)日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス① 岩倉秀雄(2019/01/08)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(129)

―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス①―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、雪印乳業(株)の食中毒事件後と牛肉偽装事件後の施策を比較して、コンプライアンス経営の留意点について述べた。

 雪印乳業(株)の食中毒事件後の施策は、品質保証の仕組みや設備投資、研究所の設立等、ハード面の強化が中心で、組織文化(体質)への反省とそれを踏まえた組織文化の改革は十分に取り組まれていなかったが、牛肉偽装事件後には、雪印乳業(株)グループの組織文化(体質)に強い社会的非難が集中したため、ガバナンスや組織文化(体質)の改革に真剣に取り組んだ。

 また、筆者の組織学会及び日本経営倫理学会での報告から、コンプライアンス経営の要諦を以下の通り考察した。

 ①コンプライアンス経営は、制度面と組織文化面の両面からのアプローチが必要である。②不祥事発生組織は、組織文化に問題があることが多く、組織文化を迅速・ドラステックに変える努力をしなければ、不祥事を再発させやすい。③歴史ある組織は、時間の経過とともに組織文化の硬直化や変質が生じやすいので、常に自社の組織文化をチェックする必要がある。④組織文化の革新には、経営トップが決定的に重要で、経営トップの揺さぶり(変化の土壌つくり)⇒突出と手本の呈示⇒変革の増幅を制度化することが重要である。⑤組織文化の革新には、経営トップのリーダーシップ、外部の人材と内部の突出集団の組みあわせ・活用が重要で、⑥組織の全階層を巻き込み、各階層の役割とパワーを活用するべきである。⑦親会社の組織文化は天下りの経営者を通じて子会社に遺伝しやすい。⑧コンプライアンス・アンケート(グループ全体)結果やホットラインへの通報は、リスクとして背負うより直ちに対応することが結局、コストがかからない。業界の体質には注意が必要である。

 今回からは、雪印、全農、全酪連が設立した合併組織で、筆者が設立に関与した日本ミルクコミュニティ(株)のコンプライアンスについて考察する。

 

【日本ミルクコミュニィティ㈱のコンプライアンス①:会社設立の背景】

 日本ミルクコミュニティ(株)は、雪印乳業(株)グループの食中毒事件と牛肉偽装事件をきっかけとして、2003年1月、雪印乳業(株)の市乳事業、全国酪農業協同組合連合会(略称 全酪連)の乳業子会社であるジャパンミルクネット(株)の市乳事業、全国農業協同組合連合会(略称 全農)の乳業子会社の全国農協直販(株)の合併により設立された市乳専門の乳業会社で、株主は全農(40%)、雪印乳業(30%)、全酪連(20%)、農林中央金庫(10%)である。

 筆者は、同社の設立準備段階から、全酪連乳業統合準備室長兼市乳統合会社設立準備委員会事務局次長として同社の設立に関与し、同社設立後は、初代コンプライアンス部長として移籍、ゼロから同社のコンプライアンス体制を構築・運営した。

 雪印乳業(株)グループの事件は、雪印乳業㈱の経営に重大な危機をもたらしただけではなく、酪農・乳業関係者に「酪農生産基盤の毀損につながるのではないか」との深刻な懸念をもたらした。

 特に、わが国の酪農生産基盤を維持・発展させる役割を担う行政、農系金融機関、生産者団体は、「わが国の酪農生産基盤を弱体化させるわけにはいかない」という共通の想いと認識を持ち、1企業の存続問題を越えた行動を関係者に促した。

 既述したように、雪印乳業(株)は、食中毒事件後、経営陣の交代と体制の見直し、雇用調整、工場統廃合、他社との提携、子会社株式の売却、不採算部門の整理等、一連の経営再建策を実施した効果が見えはじめた矢先に「牛肉偽装事件」が発覚し、社会の信頼を決定的に失ない解体的出直しを迫られ、組織存続のための行動を加速させた。

 特に最大の課題は、規模は大きいが利益の少ない市乳事業をどうするかであり、「牛肉偽装事件」直後の平成14年2月から3月にかけて、行政、農林中央金庫、生産者団体、雪印乳業の4者による調整が水面下で緊急に進められた。

 その結果、雪印乳業自身は利益率の高い乳食品・業務用乳製品事業に経営資源を集中し、市乳事業は分離して全国農協直販(株)(略称 全農直販(株))及びジャパンミルクネット(株)と市乳統合会社を設立して再建するとし、その他の事業は分社化して他社との提携により再建するというスキームになった。

 雪印乳業(株)、全農直販(株)、ジャパンミルクネット(株)の3社は、それまで競争関係にあり、組織文化や意思決定プロセスの異なるそれぞれの組織が短期間に共同で事業推進体制を構築しなければならず、市乳統合会社の設立準備には、認識の一致と情報共有化、協力行動の推進に多大なエネルギーを要した。 

 乳業界では、市乳事業は規模は大きいものの利益率が低いことから「儲からない事業」と言われており、日本ミルクコミュニティ(株)の設立に対する業界の反応は、「儲からない事業を集約して規模を大きくしても利益が出るとは思えない」、「昨日まで激しい市場競争を繰り広げていた企業文化の異なる三者が1つになっても、相乗効果を発揮するどころか意思統一ができずに失敗するだろう」、「三者のブランドが一つになることで、アイテムを絞らざるを得ず、以前よりも店頭の売り場面積が減り、売上げも利益も大幅に減るだろう」等の冷ややかな見方が多かった。

 設立初年度は、合併時の混乱により大幅赤字に陥ったものの、2年目以降は経営を改革し、同社は「出るはずがない」と言われた利益を出し経営を軌道に乗せた。

 本稿では、筆者が執筆・編纂に参加した『日本ミルクコミュニティ史』[1](雪印メグミルク、2014年)をベースに、通常は表に出ない合併時の準備段階の課題や組織行動、合併会社のコンプライアンス活動等について考察する。



[1] 筆者が共同執筆・編纂した『雪印乳業史 第7巻』及び『日本ミルクコミュニティ史』は、2018年11月、第21回優秀会社史賞・特別賞(一般財団法人日本経営史研究所主催、優秀会社史賞選考委員会が2年に1回選定する、101社が選考対象)を受賞した。

 

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